第10話(最終回):悪役令嬢、最高の幸せを奪い尽くす
リリアーヌ王国は解体され、帝国の属領となった。
かつて私を「悪女」と罵り、処刑台へ送った民たちは、今や私の肖像画を家に飾り、豊穣を祈る。
……皮肉なものね。けれど、これが私の勝ち取った「現実」だ。
「レオノーラ様! 帝都の民たちが、陛下と閣下の御成りを今か今かと待ちわびております!」
侍女たちの弾んだ声。
私は、鏡の中に映る自分を見つめた。
纏っているのは、帝国の象徴である深紅と、私の魔力が宿る純白を編み込んだ、かつてないほど豪奢な婚礼衣装。
「……準備はいいか、私の女神」
背後から、漆黒の礼装に身を包んだギルバートが現れた。
彼は、私の腰に手を回し、うなじに深く、独占欲を隠そうともしないキスを落とした。
「陛下。……人前では、あまりおいたが過ぎませんように。私は今日、この大陸の『共同統治者』として立つ身なのですから」
「ふっ……。皆、君の慈悲深い微笑みに騙されているが、その中身が誰よりも強欲で、計算高い悪役令嬢だとは知らないからな」
ギルバートは、私の指先に愛おしそうに触れた。
「だが、それでいい。その強欲さで、私の心も、この世界の未来も、すべて奪い尽くしてくれ。……君が望むなら、私はいつでも君の『最強の剣』になろう」
バルコニーへ出た瞬間、地響きのような歓声が私を包み込んだ。
「レオノーラ閣下万歳! 皇帝陛下万歳!!」
数え切れないほどの人々が跪き、私に祈りを捧げている。
かつてのループで見た「処刑を喜ぶ群衆の顔」は、もうどこにもない。
あるのは、私の知略と魔導によって救われた、希望に満ちた瞳だけだ。
ふと、式典の警護の端に、ボロボロの軍服を着た男がいた。
アルベルトだ。
彼は、もはや私に声をかけることさえ許されない。ただ、私の足元に舞い散る花びらを拾い上げ、絶望と後悔に満ちた涙を流しながら、それを胸に抱きしめていた。
(……一生、後悔し続けなさい。それが、あなたの受けるべき罰なのだから)
私は彼を一瞥もせず、隣に立つギルバートの手を強く握った。
夜。
狂騒の式典が終わり、静寂に包まれた皇帝の私室。
ギルバートは、私の重い冠を優しく外すと、私を寝台へと押し倒した。
「……ようやく、二人きりだ」
彼の瞳は、昼間の冷徹な皇帝のそれではない。
ただ一人の女性を、心から渇望し、狂おしいほどに愛する男の目だ。
「レオノーラ。君は世界を手に入れた。……だが、君自身は、私の腕の中から逃げることは許さない」
「あら、陛下。……私を閉じ込めるのは、とても高くつきますわよ?」
「いくらでも払おう。私の命も、魂も、すべて君に捧げると誓ったのだから」
重なる熱い吐息。
かつての九回の絶望は、このたった一瞬の幸福のためにあったのかもしれない。
私は、愛する男の首に腕を回し、完璧な勝利の笑みを浮かべた。
「ええ、陛下。……奪い尽くさせていただきますわ。あなたの愛も、この世界のすべて(・・・)もね」
九度の死を超えた悪役令嬢は、今、最高に「悪役らしい」強欲さで、永遠の幸せを手に入れたのだ。




