第1話:九度目の断頭台、十度目の「お茶会」
ギロチンの刃が落ちる直前、私は笑った。
「……次こそは、あの子の『幸運』、全部いただくわね」
ガシャン、と重鈍な音が響き、視界が反転する。
熱い痛みが走った次の瞬間――私は、見慣れたバラの刺繍が施されたソファに座っていた。
「お姉様? どうかなさったの? 顔色が悪いわよ」
目の前で小首をかしげるのは、義妹のミア。
純真無垢な瞳、守ってあげたくなるような華奢な肩。この国の人々が「聖女」と崇める、私の人生を八回ぶち壊した元凶だ。
(……ああ、戻ってきた。十度目の、十六歳の春に)
視線を落とすと、テーブルの上には湯気を立てるアッサムティーと、ミアが「お姉様のために」と焼いてきた(実際には侍女に作らせた)焦げたクッキー。
これまでの九回、私は必死だった。
ミアに嫌われないよう善人を演じ、婚約者の王太子に縋り、無実を訴えた。
けれど、結果はすべて処刑か追放。
なぜなら、ミアには「周囲の好感度を強制的に底上げし、都合の良い奇跡を起こす」という、物語のヒロイン補正のような力があったから。
「お姉様、このクッキー、一生懸命作ったの。食べてくださる?」
ミアが計算し尽くされた「捨てられた仔犬」のような瞳で私を見る。
以前の私なら、毒が入っていないか怯えながらも、無理して笑顔で口にしただろう。
けれど、今の私は違う。
八十年間(累計)も死に様を見せつけられれば、聖女の「奇跡」の種明かしなんて、とっくに済ませている。
「ごめんなさい、ミア。私、お医者様に止められているの」
「えっ……? 何を……?」
「『嘘つきが焼いた毒入りより苦いお菓子は、心臓に悪い』って」
パリン、とミアの手から皿が落ちた。
彼女の顔から表情が消える。
「……お姉様、何を仰っているの? 冗談よね?」
「冗談なものですか。それよりミア、あなたが明日『偶然』見つけるはずの【癒やしの聖杯】……。あれ、先ほど私がお父様に献上しておいたわ。王家への忠誠の証としてね」
ミアの顔が、今度こそ真っ白に染まった。
聖杯は、彼女が「聖女」として覚醒するための最初の舞台装置だ。
「あ、あれは……私が、夢で見た……」
「夢? あら、私は確かな古文書を読んだのよ。さあ、お茶会の時間は終わり。私はこれから、あなたが『運命』で出会うはずの騎士団長様に会いに行かなくてはならないの」
私は立ち上がり、一度も口をつけなかったティーカップを置いた。
今世の私は、もう聖女の引き立て役なんてやってあげない。
あなたが手にするはずの栄光、人脈、そして「奇跡」――。
そのすべてを、悪役令嬢らしい強欲さで、私が先に「合法的」に奪い尽くしてあげるわ。




