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乱入者たち

 その日の収録は午後から始まる予定だった。

 

 春香が機材の準備をしているスタッフたちに挨拶を済ませ、今日のインタビュー相手である投手コーチへの質問事項をディレクターたちと確認していると、グラウンドの入口の方から妙に浮ついた声が聞こえてきた。

 

「わあ、本物のグラウンドだぁ」

「ねえねえ、あの人たち選手? カッコよくない?」

 

 聞き覚えのある声が二人分。まさかと思いつつ、春香はゆっくりと声のする方に顔を向けた。


「あ、気づいた気づいた。春香ぁー」

 

 鉄製のフェンス越しに、こちらに向かって大きく手を振っている二人の姿があった。

 一人は明るい茶髪をポニーテールにまとめている。もう一人は黒髪のボブヘアーで小柄な女の子。二人とも目をキラキラさせながらグラウンドを見回している。

 

 浅野小春と、的場雪乃。春香の同期二人が、なぜかこの収録現場に姿を現していた。

 

「春香ぁ! 来ちゃったぁ!」

 

 小春が悪びれる様子もなく叫んだ。雪乃はその隣で「お邪魔しまーす」と言いながらすでにフェンスの扉に手をかけている。

 

「ちょっと待って待って待って! 勝手に入っちゃダメー!」

 

 春香は小走りで二人のもとへ向かった。

 

「どうしたの二人とも。急に現れるからビックリしちゃったよ」

「いやぁ、プロ野球選手って実際どんな感じか見てみたくて。ねえ雪乃」

「うん。あと春香さんが仕事してるとこも見たかったし」

「それはいいけど、グラウンドは関係者しか入れないから、勝手に入っちゃダメだよ」

「そうなの?」

「そうだよ。ここはチームの人たちの仕事場なんだから」

「それもそうか……」


 小春は少し考え込むと、やがて思いついたかのように「じゃあスタッフの人にお願いしてきてよ」と、とんでもないことを口にした。


「お願いって、何を?」

「だから、私たちも関係者ってことでさ。いいでしょ?」

「えぇぇぇ!」


 春香はもちろん断ったが二人は諦めず食い下がる。そんな三人のやり取りを見て近づいてきた人物がいた。乙倉だ。


「どうしたの、春香ちゃん。お友達かい?」

「あ、乙倉さん。すいません、お騒がせしちゃって」

「初めまして! アタシ、浅野小春っていいます!」

「相原雪乃です!」


 二人の圧に一瞬怯んだ乙倉だが、そこはやはり年長者、すぐに平静を取り戻して「乙倉裕貴です。よろしく」と挨拶を返した。


「二人は見学に来たのかい?」


 乙倉がそう尋ねると、慌てて春香が「違うんです!」と否定した。だが小春と雪乃はメゲなかった。


「そうなんです! 一度プロ野球選手の練習を見てみたくて」

「そうかい。だったらもっと近くで見てみるかい?」

「乙倉さん!」


 驚いた春香が慌てて止めようとしたものの、小春と雪乃は「やったぁ」と喜びながらグラウンドの中に入ってしまっていた。


「もう、仕方ないなあ。選手やスタッフの皆さんの邪魔だけはしちゃダメだよ?」

「わかってるって。おとなしく見学してるからさ」


 小春はそう言うが、それを額面通りに受け取るほど彼女たちと春香の付き合いは浅くなかった。


 

 軽いキャッチボールをしていた北野は、やがてグラウンドの隅で起きている出来事に気づき、春香とその両隣に立つ見知らぬ二人の女の子を交互に見て少し目を丸くした。


「こんにちは、北野さん」


 キャッチボールを終えた北野の元を、小春と雪乃を引き連れた春香が挨拶をしに来た。

 

「春香さん、お友達?」

「え、あ、はい。同じ事務所の同期の子たちで……すみません、お騒がせしちゃって」


 恐縮する春香の後ろから、小春がズイッと前に出る。

 

「はじめまして。浅野小春といいます。春香とは事務所が一緒で、同い年で、親友です」


 雪乃も続いて挨拶をする。

 

「的場雪乃です。春香さんにはいつもお世話になってます」

「……北野翔です」

 

 北野がグローブを持ったまま会釈すると、小春はグラウンドをぐるりと見回した。

 

「ここで毎日練習してるんですか? 大変そうですね」

「まあ、そうですね」

「春香から聞いてたんですよ、北野さんのこと。色々と野球のことを教えてくれてるって」

「あ、そうなんですか」

「春香ってば北野さんの話ばっかりするんで、どんな人かと思って」

「こ、小春ちゃん!」

 

 春香が真っ赤になって小春の腕をつかんだ。だが小春はケロリとした顔をしている。

 

「だって本当のことじゃん。ねえ北野さん、春香ってここではちゃんとやれてますか? 仕事のこととか」

「え? ああ、はい。すごく真面目にやってますよ。選手みんな春香さんのことを気に入ってますし」

「そっかあ。良かった」

 

 小春は心底ほっとしたように微笑んだ。さっきまでの軽さとは少し違う、素直な表情だった。

 その間にも雪乃はグラウンドの中をきょろきょろと見回し、遠くでウォーミングアップをしている選手たちに目を輝かせていた。

 

「春香さん、あの人たちにも挨拶していい?」

「ダメだよ」

「なんで」

「練習の邪魔になっちゃうでしょ」

「ちょっとだけ」

「ダメだってば」

 

 雪乃はしょんぼりした顔をしたが、三秒後にはまた別の方向に視線を向けていた。飽きない子だと春香は思った。

 そこへ真鍋が通りかかった。春香たちの方を一瞥して、見慣れない顔が二つあることに気づき、足を止めた。

 

「春香ちゃん、友達?」

「はい、同じ事務所の後輩と同期で……本当にすみません、すぐ」

「いやいや、全然かまわないよ。可愛い女の子の見学は、何人でもみんな大歓迎だから」

「それはいつきさんだけでしょ」


 北野が冷静にツッコミをいれるが、真鍋は一顧だにしない。

 

 真鍋はにこやかに二人の方を向いた。

 

「俺は真鍋いつき。北野の先輩ね。二人とも、よろしく」

「浅野小春です。春香の親友です」

「的場雪乃です。よろしくお願いします」


 真鍋は当然のように二人と握手を交わす。初めて春香に会った時と同様に。

 

「そっかそっか、二人とも春香ちゃんと同じ事務所なのか。道理で芸能人って感じがすると思ったわ」

「真鍋さんもプロ野球選手ですもんね。どっちも狭き門ですよね」

「そうねえ。お互い大変だよね」

「何が一番大変ですか?」

「そうだなぁ……やっぱ毎日が競争ってとこかな。みんなが同じ目的で限られた数の椅子を巡って争ってるわけでしょ? 気を抜くヒマなんてないし、毎日焦りとプレッシャーにさらされて、それがキツいかな」

「あー、それわかります。精神的にってのが一番キツいですよね」

 

 真鍋と小春がなぜかすんなり打ち解けているのを、春香は少し離れたところから見ていた。北野がそっと隣に並ぶ。

 

「友達、賑やかな人たちですね」

「……すみません、本当に。いつもはあんなじゃないんですけど」

「いや、面白いと思いますよ。特に小春さんって人、なんか真鍋さんと似たタイプというか」

 

 言われて春香は真鍋と小春を見比べた。たしかに似ている。物怖じしない感じと、初対面の相手をすぐ自分のペースに引き込む感じが。


「私は、あの二人を同じ場所に放っておくのが一番怖いです」

 

 そう言われて北野は思わず吹き出してしまった。たしかにこの二人は、合わせると妙な化学反応を起こしそうな予感がする。


「まあでも、今はまだ自主トレだし、いいんじゃないですかね。それに、他の人たちも話しかけたくてウズウズしてるみたいだし。声かけたら喜ぶと思いますよ」


 そう言われて周りを見渡すと、練習中の選手たちがチラチラとこちらに視線を向けていることに気づいた。




 収録が始まると、小春と雪乃はスタッフたちの邪魔とならない場所に陣取り、おとなしく見学していた。

 雪乃は選手が近くを通るたびに小声で「かっこいい」と言い続けていたし、小春は春香が仕事をしている様子をじっと観察していたが、少なくとも声を上げて騒ぐことはしなかった。

 

 収録が終わると、春香はほっと息をついた。今日はミスなく終われた。

 

「春香、ちゃんとしてたじゃん」

 

 小春が近づいてきてそう言った。その声には、からかいや茶化しではなく素直な感心の色がある。

 

「当たり前でしょ。仕事なんだから」

「いや、なんか想像してたよりずっとしっかりしてたから。えらいじゃん」

「えらいじゃんって、何よ。からかわないで」

「褒めてるんだってば」

 

 雪乃は少し離れたところで、さっき挨拶した選手の一人と話し込んでいた。いつの間に仲良くなったのか、連絡先を交換しようとしているように見える。

「雪乃ちゃん、ダメだよ」と春香が慌てて止めた。

 

「えー、なんで」

「選手の方に迷惑でしょ」

 

「迷惑じゃないよね?」と雪乃は隣の選手に確認した。その選手は苦笑いしながら「まあ……」と言葉を濁した。

 

 春香が雪乃を引き剥がしている間に、小春がぽつりと呟く。

 

「いいな、春香は」

「何が?」

「なんか、ちゃんと自分の場所を見つけた感じがして」

 

 春香は小春を見た。いつもの軽い口調ではなかった。

 

「私さ、まだ何も決まってないじゃん。何がしたいとか、何が向いてるとか、全然わかんなくて。春香には歌があるし、雪乃はアイドルって決めてるし。私だけなんか、ふわふわしてる感じがしてさぁ」

 

 春香は少し考えてから言った。小春が以前から「自分には色がない」と自虐していることは春香も知っている。


「自分には色がないっていう話?」

「そう。こんなんでいいのかなって、いつも思うよ」

「でもそれって、これからどんな色にでもなれるってことでしょ? 良い事だと思うけどな」

「そうかなぁ。そうならいいんだけど。まあ、焦っても仕方ないんだけどさ」

 

 小春はそう言って笑みを浮かべたが、それはさっきまでとは少し違う、どこか寂しさの混じった笑顔だった。


 

 帰り際、グラウンドの出口のところで、三人は北野と鉢合わせた。

「今日はお疲れ様でした」と北野が言うと「こちらこそ、お騒がせしました」と春香が頭を下げ、小春がすかさず口をはさんだ。

 

「北野さん、春香のこと、これからもよろしくお願いします」

「え、あ、はい。こちら、こそ……?」

「小春ちゃん、何言ってるの!」

「いいじゃん別に」

 

 春香が赤くなって小春を引っ張っていく。雪乃がその後を「ばいばーい」とばかりに手を振りながらついていく。

 北野はその後ろ姿を見送りながら、なんとなく頬が緩むのを感じていた。

 

(賑やかな人たちだったな)

 

 でもそれは全くもって悪い意味ではなかった。


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