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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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62/85

答えを聞くのが怖い

 結局春香が合宿所を訪れることが出来たのは、北野の移籍話が報道されてから4日も経ってからだった。


(あれから、もう4日も経っちゃった……)

 

 もちろんその間にラインのやりとりはしていたが、北野がその話題には触れようとしないので春香も自分からは聞きづらく、結局その後の進展は分からずじまいだった。

 

 移籍話が持ち上がるまで、春香はFAのことをあまりよく理解していなかった。

 だから彼女はこのニュースを知ってから慌ててFA制度とは何なのかを調べた。そしてある知識を得た。そして知ってしまった。

 

 それは絶望以外のものをもたらさない知識、知らないままでいた方が幸福だったかもしれない知識だ。


 なのに知ってしまった。


 そして、そこから導き出される答えが1つしかないことも同時に……。

 

 

 

「やっと来たね」

 

 シーサーペンツの合宿所に着いた春香は、もう既に顔なじみとなっている守衛にそう言われた。中に入ると会う人会う人が異口同音に守衛と同じセリフを口にした。

 

「北野ならグラウンドだよ。ちょっと走ってくるって言ってさっき出て行ったから」

 

 選手の1人がそう教えてくれた。練習は、もうすでにとっくに終わっている。

 グラウンドに向かうと、いつものように1人黙々と走りこんでいる北野がいた。それはもう数えきれないほど目にしてきた光景だ。

 自分がここに来ると、いつも北野はグラウンドを走っている。当たり前のように走っている。

 

(北野さんが福岡に行っちゃったら、それももう見られなくなっちゃう)

 

 春香は今までの人生で経験したことのない、不安なような切ないような悲しいような寂しいような、そんな不思議な気持ちに襲われた。これが寂寥感というものだろうか。

 ここに来ればいつでも見られる光景だと、何の疑いも無くそう思っていた。ずっとずっとそうなんだと思い込んでいた。見られなくなる日が来ることなんて考えたことも無い。なのに……。

 

「やだよ、そんなの」

 

 春香は誰に言うともなく1人ポツリとつぶやいた。

 

 彼がこうやってただ走り込んでいる姿を見ているだけで、自分がどれほど励まされたか。口に出して本人に伝えたことは無いかもしれないが、ただそれだけのことが春香にとっては何よりのモチベーションになっていたのだ。


(北野さんが頑張ってるんだから、私も頑張らないと)


 ずっとずっとそう思って今までやってきたのに……この光景が好きだったのに……。

 

 


「あれ? 春香さん?」

 

 ようやく春香の存在に気づいた北野が驚きの声を上げた。これももう何度も繰り返されてきたことだ。

 

「こんにちは。やっと来られました」

 

 春香はそう言って無理に笑顔を見せた。自分でも少し表情がこわばっているなとハッキリわかっている。

 

「あの……私、何て言ったらいいのか……あんまり急なことだからビックリしちゃって、でもやっぱり会ってちゃんと話さなくっちゃって思ってはいたんです。でもお仕事とか色々あってなかなか来られなくって……」

 

 話が上手くまとまらず泡を食う春香を制すように、北野がゆっくりと口を開いた。


 「春香さん、聞いてくれる?」


 そう言われた瞬間、もうイヤな予感がした。

 

「俺、あれからずっと考えてたんだ。今も走りながらずっと考えてた。でもね、もっと悩むかと思ったけど、自分でも意外なくらいすんなり結論が出たよ」

 

 結論が出た、と北野は確かに言った。

 どんな答えを出したのか、春香も本当はもうわかっている。北野にはそれしか選択肢が無いからだ。

 

 だがそれでも彼女は、北野がどんな答えを出したのか確かめるために今日ここへ来た。

 

 自分は聞かなければいけない。たとえそれが自分の望まない結果だったとしても、北野自身から答えを聞かなければいけない。それが義務であるかのように彼女は感じていた。


(聞きたくないけど……でも聞かなくちゃいけないんだ。そのために来たんだもん)

 

 自分の求めているものと違う答えであることに一縷の望みを託し、その答えを聞くために彼女はグッと身構えた。

 

 今までの人生でこれほど緊張したことは無いかもしれない。

 これほどに何かを強く願ったことも無いないかもしれない。

 北野のケガの回復を願っていた時よりも、他のどんな時よりもだ。

 

 けれど耳をふさぐという選択肢は、最初から彼女の中には用意されていない。聞かなければいけないという想いと聞きたくないという想いが、彼女の中で激しく交錯した。

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