初収録の日
以前自らが誘った通り、真鍋いつきは北野を半ば強引に引き連れ収録現場を見学し始めた。
「あ、いつきさん。あのコですよ」
イヤイヤながらついてきた北野が指さす先には乙倉が、そしてその隣には一人の少女がいた。
「あぁ、あのコがアシスタントの女の子か。確かに広報のヤツが言ってた通りカワイイじゃないか。って、おいオマエ、なんであのコのこと知ってんだ?」
真鍋にそう問われた北野は、朝の出来事を手短に話した。
「なんだよオマエ。さっきまでそんなこと何も言ってなかったじゃねーかよ」
「だって別に聞かれなかったし……」
アホゥ! と言って真鍋は北野の頭を軽くこづいた。
収録が終わるやいなや、真鍋は北野を再び引き連れて乙坂の元へと向かった。もちろんお目当ては乙倉ではなくその隣にいる女の子だ。
「よう、おまえら。元気でやってるか? 相変わらず仲が良いんだな」
挨拶をするために自分の元を訪れた2人に乙倉はそう声をかけた。
「いやぁ、まあ出来の悪い弟みたいなもんですからね。ほっとくわけにもいかんですよ」
真鍋がそう軽口を叩いたが、その視線はチラチラと乙倉の隣りにいる春香へと向けられていた。
「いつきさんが強引に連れ回すだけですよ。俺は練習したいのに」
北野がそう言うと脇腹に真鍋のパンチが飛んできた。
「乙さん、引退してすぐにテレビのレギュラーだなんて凄いっすね」
真鍋がそう言うと、乙倉がニヤリと笑った。
「そんなお世辞は言わなくていいよ。お前らのお目当てはこのコだろ?」
乙倉は笑いながらそう言うと自分の隣りに並んで立っている少女を2人に紹介した。
「紹介するよ。今度の番組で俺のアシスタントを務める椎名春香さんだ。可愛いコだろ?」
乙倉がそう紹介すると春香はペコリとお辞儀をした。
「初めまして。私、新しく始まるシーサーペンツの番組で乙倉さんのアシスタントを務めることになりました、椎名春香と申します。野球に関してはまだ良くわからないことがいっぱいなんですけど、皆さんを応援する番組を担当することが出来て凄く嬉しいです。選手の皆さんとチームの魅力を視聴者の方々にたくさんお伝えできるよう頑張りますので、これからよろしくお願いします」
挨拶をしてからもう一度今度は深々とお辞儀をする春香を見て北野は、言葉遣いといい態度といい今時の高校生にしては随分礼儀正しいコだなぁと改めて思った。
(俺もちょっと前まで高校生だったけど、こんなにしっかりキチンと挨拶できてなかったなぁ)
中高生年代の子供たちの言葉遣いや礼儀作法が乱れていると世間一般で言われていることは彼も知っている。
しかし目の前の少女からそんな乱れた粗雑な雰囲気は感じられなかったし、たった今教えられてやっているような付け焼刃的な違和感も感じなかった。
きっと普段から目上の者や年長者にはこういう言葉遣いと態度なのだろうと自然に思えたし、両親が躾に厳しかったのだろうと容易に想像できる。
「あ、でも北野さんははじめましてじゃないですね。さっきは本当にありがとうございました」
春香はあらためて北野にそう礼を述べた。
「なんだ北野。もう知り合いだったのか」
「いや、知り合いって言うほどでも……」
横で真鍋がニヤニヤしていたが北野は気づかなかった。
「それにしても、ずいぶんシッカリとした真面目そうなコですね」
真鍋が感心したような口調でそう言うと、乙倉は少し自慢げな顔をした。
「今時のコとは思えないだろう? まあ野球に関しては素人同然だから、おまえらも色々教えてやってくれよ」
真鍋と乙倉が話している横で、北野は会話に参加しつつ春香のことをチラチラと見ていた。春香は褒められているのが照れくさいのか少し頬を紅く染めていた。
(見た目はどこにでもいそうだけど、実はどこにもいないってタイプのコだな。まあこんな礼儀正しい高校生自体がめったにいないだろうし。けどまあ、いつきさんが言う通り確かに可愛いコではあるか)
北野がそんなことを思いながら見ていると、何かを感じたのか春香がふいにこちらを向いたため2人の目が合った。
(うわっ、やべっ)
北野は慌てて視線を逸らした。別にやましいことは何もないのだが咄嗟に目を逸らしてしまった。そんな北野の様子を見て、春香はわけがわからずキョトンとした。
「春香ちゃんはいくつなの? 高校生って聞いたけど」
真鍋いつきがそう言った。初対面で会って間もないのにもうちゃん付けで呼ぶあたりがいかにも真鍋らしいと北野も乙倉も思った。普通始めのうちは椎名さんとか呼ぶものだろうに。
「はい。高校一年生です」
「そっかぁ。あ、俺は真鍋いつき。ここでピッチャーやってます。何かわからないことがあったら遠慮なく何でも聞いてね」
真鍋はそう言うと右手をスッと差し出した。至極自然に、さも当たり前であるかの様に。
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
突然のことに困惑しながらも春香は、差し出された右手に応えるべく自分も右手を差し出した。その瞬間真鍋は左手も差し出して春香の右手を自身の両手で包み込むように握った。
(こ……この人は……)
北野は呆気に取られた。初対面の女の子に対して流れに沿って自然に握手をした上に両手で握り締めるなんて自分には絶対できない。
しかもいきなり『春香ちゃん』とか『ちゃん』付けで名前を呼んでいる。真鍋のお調子者っぷりはもちろん充分に知ってはいたが、あらためて色々な意味で凄い人だと思った。見習おうとは全く思わなかったが。
「いやぁ、こんな可愛いコとお近づきになれるなんて、こりゃあ今年はツイてるなぁ。はははぁー」
握った手を上下に何度も振りながら真鍋は上機嫌でそう言ったが、手を握られている春香は目を白黒させながら、少しひきつったような笑みを浮かべているように北野には見えた。
「あぁ、真鍋に紹介した俺が間違ってた。ごめんな椎名さん」
ようやく乙倉が割って入り、春香に謝りながら真鍋の手を自分の手でピシャリと叩いた。
「イッテェ!」
真鍋は慌てて握っていた手を離した。
「じゃあ椎名さん、他の連中のとこに挨拶に行こうか」
乙倉はそう言うと春香の背中を押して2人そそくさとその場を去って行った。まるで真鍋から引き離すかのようで、それはまさに逃げるようにという表現がピッタリだったが、春香がホッと安堵の表情をしていたのを北野は見逃さなかった。
「いいねぇ。なんか真面目っぽくて可愛らしいコだったな」
乙倉と春香が姿を消すと、真鍋が北野にそう話しかけた。
「そうですね。言葉遣いもなんか丁寧な感じだし、あんな女の子いままで見たことないですよ」
北野はそう言って真鍋に同感したが、それに対する返答には全く同感出来なかった。
「あれで高校生だもんなぁ。スタイルもなかなか良さそうだったし、こりゃこれからが楽しみだな」
その時の真鍋の顔を何と表現するべきか。これはそう、スケベオヤジの顔だ。
「楽しみって、何が楽しみなんですか。っつーか高校生相手にどこ見てんですか、いつきさん。どこのエロオヤジですか」
「バカヤロウ。男ってなぁみんなそんなもんだろうが」
「いや、でもいつきさん年いくつですか。高校生相手にそれはないですよ。男はみんなそうとか一緒にしないでくださいよ。それはただのスケベオヤジですからね」
「俺は自分に素直なだけだ。オマエだって口に出さないだけで考えてることは同じだろうが!!」
オマエだって同じだろうなんて言われたのでは、さすがに北野も否定せざるを得ない。自分は真鍋ほど女の子に関心はない。断じてスケベオヤジなどではない。そもそもオヤジじゃない。
「いや、ないです。ないわー、いつきさん。それはないわー」
「ウソつけ!!」
「あ~ヤダヤダ。俺はいつきさんみたいにだけはなりたくないですよ。だいたい、いきなり手を握るとか何考えてんすか。彼女ドン引きしてましたよ?」
「うるせー、コノヤロ!!」
「あっ! ちょっ! いつきさん、苦しいから!! ギブギブギブッ!!!」
北野を羽交い絞めにする真鍋の姿を見て一人の選手が「お~い北野! いい加減付き合う相手はよく選んだ方がいいぞ!」と大声で叫ぶ。
選手たちの間にどっと笑いの渦が巻き起こった。




