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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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35/85

漂い始める暗雲

 日下部有。


 大学ナンバーワンのピッチャーと評価も高く、その評判通り今年の大学選手権では優勝を飾り、文字通りナンバーワンとなった宮城工科大学のエース。


 その年のドラフトで日下部は、当然のごとく大きな目玉の選手となっていた。

 先発陣の建て直しにやっきになっているシーサーペンツの三原監督としては、喉から手が出るほど欲しい選手だが、もちろん同じ事情を抱える他チームも考えは同じだ。日下部は、ドラフト会議当日は間違いなく多くのチームから指名されるのが確実視されていた。

 むしろ彼への関心は、いったい何チームが指名するのか、の方に向いている。交渉権獲得の可能性は二分の一なのか、五分の一なのか、十分の一なのか……だ。

 


 レギュラーシーズンはすでに終了を告げ、プロ野球界の関心はクライマックスシリーズと呼ばれるポストシーズンへと移っている。

 北野はといえば、残念ながら1軍への昇格を果たすことはできなかった。

 しかしながら2軍でコンスタントに登板し、以前とは比べ物にならないほど長いイニングを投げられるようにはなっていた。だが、時間が足りなかった。


 そして運も彼に味方しなかった。シーサーペンツが最後までAクラス争いを繰り広げていたため、未知数の新戦力ピッチャーを試す余裕がなかったのだ。


「もし早々にウチがAクラス争いから脱落していたら、オマエは絶対1軍に呼ばれてたと思うぜ」


 真鍋はそう言って北野を慰めた。


 ポストシーズンは基本的に最大でも7試合で決着のつく短期決戦であるため、それこそ今の北野を投げさせられるわけがない。もしそんなことをして負けたら、ファンからの激しい批判にさらされるだろう。


 それでも10月から宮崎で行われる教育リーグ、フェニックスリーグと呼ばれる若手育成の練習試合リーグへの参加が決まっており、来期こそと心に期すだけの材料はあった。



「日下部さんって、どんなピッチャーなんですか?」

 

 ドラフト会議の前日、北野は秋季練習を取材に来ていた新聞記者の1人にそう尋ねてみた。シーサーペンツが日下部を1位指名することは既に決まっているという。

 年上のドラフト1位選手はどんなピッチャーなのか。先発タイプなのかリリーフタイプなのか。自分とスタイルがかぶるのか否かが気になった。

 

 もしも日下部が入ってきたとしたら、来シーズンこそ1軍へと闘志を燃やす北野にとっては強力なライバル出現ということになる。気にならないといえばウソだ。

 

「良いピッチャーだよ。今年のドラフトで上位指名が予想されているピッチャーの中でも、そうだな5本の指に入るんじゃないかな。なにしろストレートが速いし変化球も多彩。コントロールだって悪くない。もしシーサーペンツに入ったら、北野くんとスタイルはかぶらないけど同じ先発タイプのピッチャーだから、直接の強力なライバルってことになるね」

 

 記者は質問に対して丁寧に答えてくれた。

 

「どれぐらい勝てそうなんですか?」

「そうだなぁ……もし来年開幕からローテーション入りしたと仮定したら……ふたケタ勝利は確実じゃないかな。実際どこの球団もそれぐらいの期待はかけているようだよ。個人的には1年間通して働けたら新人王も夢じゃないくらいの実力の持ち主だって評価してるけどね。もちろんそれはどこのチームに入るかによっても変わるだろうけど」


 北野は日下部の名前は知っていたが、実際にピッチングを見たことはないので、そんなに優秀なピッチャーなのかと少々驚いた。もしウチに入ってきたらやっかいな相手になりそうだなとも思った。


 北野は早く上にあがりたくて日々厳しく苦しい練習をこなしているが、キツイ思いせずに栄冠を掴めるなら楽な方を選ぶに決まっている。

 そんなウマイ話は無いから日々練習で汗を流しているだけだ。だからライバルは少ないに越したことはない。人間誰だって出来るだけ少しでも楽をしたいものだ。


 ドラフト会議では、当然のごとくシーサーペンツは日下部を1位指名した。

 結局8球団が同じように日下部を指名し、交渉権の獲得はクジに委ねられることとなった。北野は自主トレを一時中断して、食堂で他の選手たちとドラフトの中継を見ていた。

 1人また1人と球団の代表者がクジを引いていく。この中でたった1枚だけ当りクジがある。8分の1の確率で当りクジを引くのはどこなのか。皆が固唾を呑んで見守った。


(どこだ、どこが当たりを引くんだ)

 

 突然食堂内がドッと沸いた。テレビの画面上には、引いたクジを高々と掲げて満面の笑みを浮かべている三原監督の顔が大きく映し出されていた。シーサーペンツが日下部の交渉権を獲得した瞬間だった。

 

(ウチかぁ)

 

 北野はガッカリしたが、すぐに気持ちを切り替えた。苦労はしたくないけれども、もともと日下部が入ろうが入るまいがチーム内には既に何人もライバルが存在している。

 もとより何人もの候補を蹴落とさなければ1軍で投げることは出来ないのだし、その相手が1人増えたところで彼がすることは何ひとつ変わらない。自分を鍛え磨き上げる以外にすることなど無い。相手どうこうではないのだ。

 

(とにかく自分に出来ることをしよう。出来ないことを無理したって仕方ないんだから)

 

 やるしかない、北野はまるで呪文のようにそれを心の中で何度も何度も繰り返した。


 

 ドラフト会議から1週間後、早々に日下部のシーサーペンツ入団が正式に発表された。

 そして間を置かず北野に、もうひとつニュースがもたらされた。

 あの川田がトレードに出されることが決まったのだ。


(川田さんがトレード? あれだけ実績があるベテランでもトレードに出されるのか……)


 トレードとは球団間における選手の交換だ。自チームの弱点を補強するために他チームと選手の交換をする。当然相手も自分のところの弱点を補強したいわけで、双方の思惑が合致すればトレード成立となる。ただし、今回の川田の場合は金銭トレードで、相手チームからは選手ではなく金銭が得られる。

 

 川田は打撃面こそ低迷していたが、守備面では評価が高かった。打撃面のマイナスが大きすぎてシーサーペンツでは2軍に落とされてしまっていたが、トレード先では評価が逆だというわけだ。


(ドライだよなぁ……)


 そこに義理人情など入り込む余地はない。あるのは冷徹で冷静なチーム強化のリアルだけだ。年齢も貢献度も一切関係ない、もうひとつのプロ野球の側面なのだった。

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