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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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31/85

夏祭り

 本格的な夏真っ盛りの8月、シーサーペンツの合宿所では、毎年お盆の頃にファン開放イベントが行われる。2軍の選手のみの参加だが、球団の施設内に立ち入れる機会は年に1回この時しかないので、毎年多くの来場者が訪れる。つい先日支配下選手となった北野も、晴れ晴れとした気分でこのイベントに参加していた。

 

 北野は子供たちを交えた野球の試合に参加していた。ツーアウトながら自チームが得点のチャンスを迎えた場面で、バッターボックスに立っている少年に向かって北野は大声で叫んだ。

 

「さあバッター、サードが穴だからね! 思いっきりサードに打てば絶対ヒットになるよ! サードだよサード!」

 

 それを聞いたサードを守っている真鍋いつきが、北野を指差しながらこれまた大声で言い返した。

 

「うっせー! 聞こえてるぞ北野! 後で覚えてろよ!」

 

 その瞬間バッターが思い切りバットを振りぬき、打球はサードの真鍋の横に飛んできた。打球に追いついた真鍋はグローブを差し出したが、ボールはグローブから弾かれて宙を舞った。エラーだ。

 地面に転がるボールを慌てて掴んだがファーストには既に間に合わなかった。真鍋は大げさに天を仰ぎ、そのままヘナヘナとその場に倒れ込む演技をした。場内は爆笑に包まれた。

 


 2試合終えたところで北野は一度試合から抜けた。春香がこのイベントでステージの司会をすると聞かされていたので、見に行ってみようと思ったのだ。

 

 特設ステージのある場所に着くと丁度始まるところだった。

 初めて見る春香の仕事ぶりは初々しいという言葉がピッタリだった。

 

(なるほどね)

 

 春香が短期間で人気を得ることが出来た理由が、実際に仕事ぶりを目の当たりにして理解できた気がする。

 ステージ上で一生懸命に仕事をこなしている彼女からは、観客を少しでも楽しませようとしている本気さが伝わってくる。そんな気持ちが伝わってくるから、自然と彼女を応援してあげたい気にさせられる。だからこんなに短期間で人気が出てきたのだと北野は思った。

 

(もっとも春香さんは、ホントはイベントの司会としてじゃなくて、歌手としてステージに立ちたいんだろうなぁ)

 

 イベントを終えた春香は満面の笑みで観客に手を振りながら舞台袖に下がろうと歩き出した。だが次の瞬間足がもつれたのか前のめりに派手にステージ上で転んでしまった。


「いったぁい!」

 

 春香はすぐに起き上がると「大丈夫です」「ありがとうございました」と言いながら顔を真っ赤にしてそそくさと舞台袖に消えていった。

 

(ドジなのは知っていたけど、ステージでも同じなのかよ)

 

 北野は驚くやら可笑しいやらで思わず笑い出してしまった。顔を赤くして下がっていく時の可愛らしさときたら……。


(あんなのもう、反則だよな)

 


 グラウンドに戻ってベンチの脇で試合を眺めていると、仕事を終えた春香がやってきた。

 

「お疲れ様です!」

「あぁ春香さん。お疲れ様」

「北野さん、私の仕事ぶりどうでした? 見に来てくれていたんでしょ?」

「よかったですよ。一生懸命に仕事してるのが見ていて伝わってきて、自然と応援してあげたいって気持ちになりました」

「そうですね。みんなすっごく盛り上がってくれたので嬉しかったです」

「でも一番盛り上がったのは……」

「キャー!!! その先は言わないでー!!!」

 

 春香は北野が言わんとしていることに気づいて、北野の口を自分の両手でふさごうとした。

 

「あれ、ホントに恥ずかしかったんですからぁ……もう言わないでくださいよぉ」

 

 春香は耳まで赤くしていた。

 

「ホント良かったですよ。最近人気急上昇だっていう理由がわかりました」


 春香は「ホントですかぁ?」と疑いの眼差しを北野に向ける。

 

「あ、そうだ春香さん。子供たちに混じって試合に出てみれば? バッターとして打ってみたら? そしたらお客さんも喜ぶんじゃないですか?」

「えっ?」

 

 俺ちょっとコーチに聞いてきますよ、と言って北野は春香の意向も確認せずコーチの下に行き、しばらく話をしてまた戻ってきた。

 

「試合、出ても良いそうですよ。どうせなら春香さんが出ることをお客さんにも教えて盛り上げろ、だそうです」

「ちょっ、そんなぁ~。無理ですよぉ」

 

 固辞する春香の背中を強引に押し北野は彼女をベンチへ連れて行った。事情を知った選手たちは面白がって沸き立ち、ある者はバットを彼女に持たせ、ある者はヘルメットをかぶせ、寄ってたかって春香をバッターボックスへと立たせた。

 

「なんでこうなるのぉ?」

「よーしよしよし。春香ちゃんがバッターになるんだったら、ここは特別にお兄さんがピッチャーをやってあげようじゃないか」

 

 真鍋はそう言って半ば強引にピッチャーを代わり、やる気マンマンで投球練習を始めた。

 

「まーたあの人は目立とうと思って」

 

 ため息をつく北野とは対照的に、バッターボックスに立つ春香は緊張の面持ちだった。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。いつきさんも本気で投げたりしないでしょうから」

「そーゆー問題じゃないですよぉ」

「大丈夫、大丈夫。外野のフェンスをだいぶ手前に仮設置してるんですから、パカーンって当てれば充分フェンス越えしますよ」

 

 春香が覚悟を決めてバッターボックスに入った。そんな彼女に対する第一球、なんと真鍋は本気で投げ込んだ。

 

「きゃあっ!!!!」

 

 ものすごいスピードで自分に向かってくるボールを見て春香は思わず叫び声をあげてしまった。いくら軟式のボールでも、こんなのが当たったらとんでもなく痛いだろう。

 

「怖い~。こんなに速いの打てないですよぉ」

 

 選手たちからも観客席からも、真鍋に向けて大ブーイングが浴びせられた。

 

「真鍋、大人気ねぇぞ」

「春香ちゃんにケガさせないで~」

「ここは打たせて盛り上げろよぉ」

 

 だが当の本人はまったく意に介す様子を見せず、むしろ煽るようなポーズさえ見せた。まるでプロレスの悪役レスラーのように。そんなやり取りを誰もが心から楽しんでいる。

 

 第2球、今度は真鍋も緩い球を放った。春香は思い切りバットを振ってみたが空振り。

 

「やっぱりいきなりじゃ無理ですよぉ。当たらな~い」

「もういっそ目をつぶってイチニィサンで思い切り振っちゃえ」

 

 選手たちからそんな声が飛んだ。スタンドから子供たちの声援も聞こえてくる。

 

(もうこうなったら、ホントにイチニィサンで振ってみよう。真鍋さんは真ん中の緩いボールしか投げないって言ってたし)

 

 第3球、真鍋は宣言通りにまたも真ん中へ緩いボールを投げた。声援を背に受けて春香は何も考えずイチニィサンのタイミングで思い切りバットを振った。

 

(あれ?)

 

 空振りすると思われたバットに何かが当たった感触が伝わった。その瞬間ワァっとひときわ大きな歓声が上がった。

 

(えっ? えっ? えっ? なに? どうしたの?)

 

 何が起こったのかわかっていない春香はバッターボックスで呆然と立ち尽くしていたが、やがて観客席から拍手と歓声が沸き起こった。マウンド上の真鍋がグローブをはめたまま拍手をしているのが見える。

 

「春香さん! ホームラン、ホームランだよ! 早くベース一周して!」

「えっ? うそ、ホームラン? ホントですか?」

 

 キャッチャーの選手から「ホントだよ。早く一周回っておいで」と言われて、やっと彼女は一塁へと走り出した。

 

 歓声と拍手の中で一塁コーチと三塁コーチの選手とハイタッチをし、何度も観客席に向かって手を振り頭を下げながら、ゆっくりとホームインした彼女を選手たちが盛大に出迎えた。その中にはなぜか打たれた真鍋いつきも混ざっている。

 

「やったね春香さん。打てたじゃん」

 

 出迎えた北野がそう言うと、春香は満面の笑みを浮かべながら元気いっぱいに「はいっ!」と答えた。

 

「ホームランって、すっごく気持ち良いですね。一周回ってくる間にいっぱい声援を受けて、とっても嬉しかったし楽しかったです」


 生まれて初めて打ったホームラン。春香はまたひとつ野球の魅力に触れることができた。知れば知るほどこのスポーツのことを好きになっていく。

 

「北野さん! 野球ってすっごく楽しいですね! やったぁ!」

 

 そう言って真夏の日差しを浴びながら満面の笑みで笑う春香は、まるでヒマワリのように輝かしく、そして太陽よりもキラキラと眩しく見えた。

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