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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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28/87

フレッシュオールスター

 フレッシュオールスターの当日、グラウンドで北野は懐かしい顔と再会した。中学の頃にバッテリーを組んでいた神谷直だ。


「よう、北野! 久しぶり!」


 北野よりも先に友人の存在に気づいた神谷は、懐かしそうに目を細めながら北野の元へと歩み寄った。


「ああ、中学の卒業式以来かな? あ、いや、翌日福岡に行くオマエを見送りに行ったっけ。そん時以来だな」


 北野と神谷の2人は中学生の頃にバッテリーを組んでいて、中学を卒業すると神谷は福岡の強豪校に野球留学し、北野は地元の高校へと進学した。

 高校3年の時にレギュラーとして甲子園大会に出場し活躍した神谷は、福岡アルビオンからドラフトで指名を受けそのまま入団した。

 打撃面で課題は多いがリード面は一級品。それが現状での彼の評価だ。


「っつか、神谷もこの試合出るって知ってビックリしたよ。もう1軍の試合にも出てるくせに」

「別にレギュラーじゃないからな。2軍の試合にも出てるから出場資格はあるんだとさ」

「めんどくさいから、俺の投げてる時には打席に立つなよな」

「それは西本監督に言ってくれ。俺としては成長した北野と対戦したいけどな」


 しばらく昔話などで談笑し、やがて神谷は自軍ベンチへと戻っていった。


(神谷か……できたら対戦するよりバッテリーを組みたかったけどな)


 北野は中学の頃を思い出していた。神谷は不思議と投げやすい、自分と息の合ったキャッチャーだった。またアイツのリードで投げてみたいな、などと思ったりもする。


「まあでも、今日のところは敵だからな。対戦したらキッチリ抑えてやるぜ」


 春香もこの試合を見るだろうか。もし見るのなら恥ずかしいピッチングはしたくない。彼女に自分のそんな姿を見せたくない。


 


 オールイースタンのキャッチャー福山と北野は、試合前に簡単な打ち合わせをした。難しいことはできない。球種の確認とサインの確認程度だ。

 

「一応確認しておくけど、オマエの球種ってストレート・チェンジアップ・カーブでいいんだっけか?」

「そうです」

「ウリはチェンジアップだって聞いてるんだけど」

「はい。そうです」

 

 その時福山は考え違いをしていた。北野のパラシュートチェンジを実際に見たことが無いので、普通のチェンジアップだと思っていたのだ。

 

「なら今日はチェンジアップを決め球にしていくからな。グイグイ攻めてこいよ」

 

 彼はそう言うとキャッチャーミットをはめた左手で北野の胸をポンッと叩いた。グイグイ攻めろの一言で北野の腹は完全に据わった。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 


 主審の発したプレイボールのコールが球場内に響いた瞬間から、北野はもうキャッチャーミットしか目に入らなかった。試合前のウォームアップでは自分でも驚くほど調子が良かった。

 

 ――今日はイケそうな気がするぞ。

 

 1番バッターの菊池は現在ウエスタンリーグの盗塁王で、塁に出すとかなり目障りなバッターだ。

 キャッチャーの福山は初球内角へのストレートを要求し、ほんの少しストライクゾーンから外した位置にミットを構える。

 驚いたことに北野は、その構えたミットから寸分違わぬところに見事に投げ込んできた。

 

(たまたま……だよな?)

 

 試しに2球目も同じコースにストレートを要求してみた。ただし今度は、ほんの少し内側にストライクとなるよう構えた。

 そしてまた北野は構えたところにピタリと投げ込んできた。バッターは2球ともバットを振らず見送った。

 

(マジか。アイツ、こんなにコントロールの良いピッチャーなのか? 育成だろ?)


 初めて組んだ育成ピッチャーに対して、福山は混乱した。

 

(アイツ、実戦でバケるタイプなのか? いや、もしかしたらゾーンに入ってるのか?)

 

 集中が極度に高まったゾーンに入っている時は、普段出来なかったことも出来るほど何もかも思い通りにいくのだと体験した者は言う。福山は驚きの次に胸が高鳴るのを感じた。

 

(よし。今日のアイツが絶好調だっていうなら、バンバン三振狙っていくか)

 

 3球目も内角高めのストライクゾーンにストレートを要求した。

 このバッターが内角にやや難があるのはデータでわかっている。バッターは苦手なコースに手を出せず、カウントはワンボール・ツーストライクとなった。

 

 4球目は外角低めのストレート。バッターはかろうじてファールにして三振を逃れた。

 

(あっぶねー。さっきからえらくコントロールの良いピッチャーだな、コイツ。しかもストレートがめちゃくちゃノビてきやがる)

 

 菊池は1回バッターボックスを外し、精神集中してから再び立った。

 

 5球目、福山はチェンジアップを要求した。北野は頷き、力の限りキャッチャーミット目掛けて投げ込んだ。

 ストレートだと判断した菊池はバットを振った。だがボールはまるで急ブレーキをかけたかのように一瞬止まり、そこから急激に曲がりながら鋭く沈み込むように落ちた。バットが空しく空を切った。北野は後ろを向き小さくガッツポーズをする。

 

(なんだ今のは。止まった。確かに止まって見えた。それから曲がって沈みやがった。しかも揺れていたぞ。フォーク? いや、あんなフォークあるか?)

 

 三振を喫した菊池には、自分を討ち取った最後の球がどんな変化球なのかまるでわからなかった。今までに見たことがない軌道と変化だったからだ。

 

 驚いたのはキャッチャーの福山も同じだった。

 

(おっどろいたな! あんなの投げるなんて聞いてないぞ。危うく後ろに逸らすところだったじゃねえか)

 

 タイミングを外された上に一瞬止まってから鋭く曲がり落ちる。こんな二重にタイミングを狂わされる変化球は見たことがない。彼は慌ててタイムを取り、マウンド上の北野のもとへ駆け寄った。

 

「おい北野。なんだ今の球は」

「えっ? いや、何って、チェンジアップですけど」

「ウソだろ? あんなチェンジアップ見たことないぞ」

「ええ、まぁ。パラシュートチェンジっていうんですけど」

「パラシュートチェンジ? ああ、なるほど。たしかにパラシュートが開いて急減速って感じだった。まあアレがチェンジアップかどうかは今はいい。とにかくこの球で勝負しよう。アレは初見じゃ絶対打てないから」

「わかりました」

 

 福山は戻り際に北野の胸をミットでポンッと叩いた。

 


 先頭バッターとして三振に仕留められた菊池は、2番バッターの今井に注意を促した。

 

「気をつけろよ。育成だからって舐めてるとヤバイぞ。最後の変化球、何だかわからなかったよ。しかもコントロールがメチャクチャ良いぞ」

 

 今井は半信半疑だった。そんな凄いピッチャーが育成枠であるわけがないと思えてならなかったからだ。

 だがすぐにその伝言が事実だったことを身をもって知ることになる。3球三振。今まで見たこともない変化をする球を初見で捉えるのは、あまりにも難し過ぎた。

 

(イケるイケる。今日はイケる。このまま全力で押し切っちゃえ)


 北野は自分でも気持ちがノッていくのがわかった。気分ガアガる。調子もいい。なんだか何をどこにどう投げても打たれる気が全くしない。

 

 


「どうした今井。粘りが心情のオマエさんが3球三振とは、らしくないじゃないか」

 

 オールウエスタンの監督である福岡アルビオンの水原2軍監督は、ベンチに引き上げてきた今井にそう声をかけた。

 

「それがその……あのピッチャーの変化球が、今までに見たこともない変化をするもんで」

「見たこともない変化?」

「多分チェンジアップだと思うんですけど、まるで一旦止まったようにブレーキがかかるんです。それでそこから少し揺れながら大きく沈み込んで、しかもそれが少しカーブ気味に曲がりながらなんですよ。あれだけブレーキがかかった上に揺れて曲がりながら大きく落ちたんじゃあ、ちょっと捉えられません」

 

 水原は先頭バッターの菊池も呼んで話を聞いた。

 

「俺も同感です。おまけにストレートがえらくノビが良くてコントロールがバツグンときてる。短いイニングだったら1軍でも通用するレベルのピッチャーですよ」

 

(北野翔か……これはまた面白いピッチャーが出てきたな)

 

 水原はマウンド上の北野に熱い視線を向けた。

 


 迎える3番バッターの持田は現在ウエスタンリーグの首位打者で、長打力も兼ね備えている。

 

(さすが3番だけあって振りが鋭いや。失投したら簡単にスタンドまで持ってかれそうだ)

 

 カウントはワンボールワンストライク。福山はカーブを要求した。次で決める伏線として緩いボールを見せておこうという狙いだ。北野は頷いて振りかぶるとカーブを投げ込んだ。だがほんの少しだが狙ったところよりも甘いコースに入った。

 持田は見事なボディバランスとバットコントロールでボールを捉え、打球は快音を残してレフトスタンドへと一直線に舞い上がった。

 

(ヤバイ!!)

 

 北野は思わず後ろを振り向き打球を目で追った。高さも距離も完全にホームランコースだったが、打球はポールに対してギリギリのところに飛んでいた。


 ――切れろ! 切れろ!

 

「ファウル!!」

 

 線審がジェスチャーと共に大きな声でそう告げた時、北野は振り返りキャッチャーに向かって思わず苦笑いをした。持田は舌打ちをして悔しそうな表情のまま打席に戻った。

 

(あっぶねぇ。完全にやられたかと思った)

 

 カウントはワンボールツーストライク。4球目、北野は全力でストレートを投げ込んだ。外角低めの最高のコースに決まった。バッターは手が出ず見送るしかなかった。北野はヨシッ! と内心でガッツポーズをした。

 

「ボール!」

 

 北野の手応えとは裏腹に審判の判定はボールだった。キャッチャーの福山がすかさず抗議したが、もちろん審判は一歩も引かなかった。

 

(外れてたかぁ……決まったと思ったんだけどなぁ)

 

 北野は返球を受け取ると帽子をかぶり直し、深呼吸をして気持ちを鎮めてからサインを覗き込んだ。サインはチェンジアップだった。

 

(よし。今度こそ決める)

 

 全力のストレートを投げた後のパラシュートチェンジ。効果はバツグンのはずだ。北野は大きく振りかぶり、キャッチャーミットだけを見て思い切り腕を振って投げ込んだ。

 だがその投球は失敗だった。手からボールが離れる感触が成功した時と違っていた。コースも高めに浮いてしまっている。

 

(しまった!)

 

 しかし次の瞬間持田が完全に体勢を崩し、力ないスイングで空振りをするのが見えた。投げた本人的には失敗だったが、逆にそれが功を奏したのかボールは思っていた以上の変化をしてくれ、巧打者の持田もこれを捉えることが出来なかった。結果オーライだ。

 

 3者連続三振。観衆はどよめき、それはすぐに歓声へと変わった。北野は少し恥ずかしそうに頬を紅潮させながらベンチに戻った。オールイースタンの野手たちはベンチに戻るすがら北野の頭や肩や背中をパンパンと叩いて賞賛した。

 

(でも最後の球の方が変化は大きかったな。投げ方ひとつでまだまだ引き出しを増やせるってことか)

 

 失投だったがそれを逆手に取られた。まだこの武器を完全に自分のモノにしているわけではない。しかしこのメンツを相手にして3者三振に打ち取った事実は確実に自信となった。

 


「北野さん、凄い!」

 

 テレビ番組収録のため控え室に入っていた春香は、そこでフレッシュオールスターの中継を見ていた。

 

「3人とも三振なんて凄いなぁ。あぁ~球場で観たかったなぁ。ああー、次の回が終わるまでスタッフさん呼びに来なかったらいいなぁ。北野さんが投げきるとこを最後まで見たいよ」

 


 2回のマウンドで北野と相対するのはオールウエスタンの4番バッター、福岡アルビオンの北条だった。将来アルビオンの1軍で4番を務めるだろうと目されているホームランバッターだ。

 

(北条さんか。対戦したことは無いけどオーラのある人だな)


 前の回に抑えた3人と同様、北条もまた打つ気満々アピールする気満々だ。当たり前のことだが相手にも事情があり、彼らもまた1軍でスター選手となることを目指している。

 そんな者同士が本気で蹴落としあう。それがプロの世界であると、北野ももう知っている。

 

(この回で俺は終わりだし、全力でいかないとな。後悔だけはしないように)

 

 バットのグリップに滑り止めスプレーを入念に吹きつけ、グッと両手を絞りこむようにして滑りを確認すると、北条は自らの頭をバットでコンコンと軽く叩いた。まるで自らに気合を入れるように。

 

(北条さん、めっちゃ気合入ってるな。気迫がここまで伝わってくるぜ)


 だがそれは、それだけ自分を認めてくれていることに他ならない。3軍の育成枠ピッチャーに対して本気になってくれてるということだ。

 

 北野は嬉しかった。胸がワクワクして楽しくてたまらなかった。本気の勝負とは、こんなにも胸が高鳴るものなのか。できることならもっと投げていたい。

 

 初球2球と北野は、サイン通りストレートを内外と低めに投げ込んだ。相変わらずキャッチャーが構えたミットに気持ち良く吸い込まれて良い音をたてる。

 内角外角高め低めとストレートと変化球を織り交ぜながら北野は丁寧に投げ続ける。北条は打ち取られまいと必死にボールを見極め喰らいつき、際どいボールはファールで粘り続けた。


 観客席の誰もが1球1球息を飲み、2人の勝負の行方を見守っていた。

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