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不思議なコ

 ミーティングが終わると、選手たちはホテルのロビーへと足早に向かった。もちろんこれから始まる春香の収録を見るためだ。春香は、自分で思っている以上にシーサーペンツの選手たちから絶大な支持を得ていた。

 北野もそのご多聞に漏れない。彼はミーティング後のコーチとの話が終わると、その足で収録現場へと足を向けていた。


 春香はといえば、スタッフとなにやら入念に打ち合わせをしていた。


(春香さんって、仕事の時はあんな顔するんだな……)


 それはいつもの彼女とはまるで違う、真剣な、そう、仕事に打ち込むプロの表情そのものだった。本人は「まだまだ駆け出しなので」と謙遜するが、北野にはそうは思えない。


(なんか、いいな。良い顔してる)


 やがて北野がいることに気づいた春香は、打ち合わせが終わるやいなや、収録が始まる前にもかかわらず彼の元へ飛んできた。


「北野さん! 北野さん!」


 その顔はさっきまでとは打って変わって、北野が知るいつもの彼女の顔だった。


(なんかやっぱ、こっちの方がしっくりくるな)


 仕事中の真剣な表情もいいが、春香にはやっぱり明るくはじけるような笑顔が似合う。そんなことを考える自分が不思議に思えた。


「北野さん! 聞いてます?」

「えっ!? あ、ごめん、考え事してた。なに?」

「もうっ! だから、シート打撃、凄かったですね。私、北野さんが投げてるところ初めて見ましたけど、いっぺんでファンになっちゃいました」


 ――ファッ、ファン? 春香さんが俺のファンになった?


 嬉しいよりも、驚きと照れくささが先にあった。自分のファンだと他人から言われたことなど今まで一度もない。実際言われてみると、なんだかむずがゆく感じる。


「見てくれてたんだ。ありがとう」

「みんな褒めてましたよ。あんな育成、見たことないって」

「嬉しいけど、コーチに今のままでは1軍で使いようがないってハッキリ言われちゃったしね。手放しでは喜べないなぁ」


 北野はコーチから言われたことを春香に話した。それを聞いて少し残念そうな不服そうな顔をした春香だったが、すぐに気を取り直したかのように「じゃあ、スタミナがつけば1軍なんてすぐじゃないですか」と言った。


「いやいや、そんな簡単じゃないって。スタミナって、鍛えてもなかなかつかないもんなんですから」

「大丈夫ですよ。北野さんならできますって。私、知ってますから」


 何をどう知っているのかわからないが、根拠のないことでも春香に言われると本当にそうだという気がしてくる。それもまた彼女の不思議なところだよな、と北野は思った。


「あ、じゃあ私そろそろ行かないと。北野さんも収録見て行ってくださいね」

「うん。そうさせてもらうよ」


 春香は手をヒラヒラと振りながら、小走りに収録場所へと戻っていった。もう選手たちも

ずいぶん集まっている。


(そりゃあみんな、ファンになっちゃうよなぁ)


 そんなことを考えながら、北野は選手たちの中に混じっていったのだった。


 


 その日の夜に行われた収録は大成功で、終始なごやかな雰囲気の中無事撮り終えた。春香が1人1人頭を下げてお願いして回った結果、依頼された選手たちは誰もが快く引き受けた。その中には向井が野手のリーダーだと言った小松の姿もあった。

 

 他の選手たちは収録現場に集まり、春香が何をやらかすかと期待して見学していた。もちろん北野もその中の一人だ。選手たちの期待通りに色々とやらかす春香に、収録現場は大盛り上がりとなった。

 


 収録が終わった後、ホテルのロビーをブラブラしていた北野がそろそろ自室に戻ろうとすると、春香がその背後から声をかけた。

 

「あの、明日って練習お休みなんですよね?」

「ええ。本当は練習したいんですけど、完全休養日だって厳しく言われてダメなんですよね。それが何か?」

「あのぉ、明日の朝に向井さんと小松さんから釣りに誘われたんですけど、よかったら北野さんもご一緒しませんか?」

「えっ!?」

 

 予想もしていなかった誘いに、北野は大いに戸惑った。釣りに行くのはかまわないが、一緒に行くのが向井と小松というのはキツい。エースと4番、チームを代表する顔だ。

 向井は自分にとって雲の上の人であると同時に畏怖の対象だ。

 小松にしたって長年4番を務めている風格は圧倒的なものがある。まだ育成の自分とは格の違うその2人と一緒に釣りだなんて、胃が痛くなると思った。

 

「いや……それはちょっと……」

「えーっ、行きましょうよぉ。釣り、したことないんですか?」

「いや、釣りはしたことあるけど、そういうことじゃなくて……っていうか春香さんは釣りしたことあるんですか?」

「いえ、ありませんけど」

「私、明後日学校があるから明日帰るんですけど、向井さんが小松さんと釣りに行くから一緒に来いって。それでスタッフさんが、だったらその様子を撮って番組で放送しようって。でもほら、お2人とも私よりもずっと年上だし、スタッフの人たちも年上の人ばっかりだから、年の近い北野さんが一緒に行ってくれたらちょっと気が楽かなぁなんて思って……ダメですか?」

 

 少し上目遣いでそう言う春香に、思わず胸がドキリとする。これは反則だろうと心の中で思った。なぜか耳が熱くなり胸が高鳴る。

 

「ダメ、ですか?」

 

 春香は上目遣いのままもう一度そう言った。

 

「いやでも、俺は誘われたわけじゃないから一緒に行ってもいいものかどうか」

「あ、じゃあ私、お2人に聞いてきます」

 

 そう言うやいなや、春香は小走りで向井と小松を探しに行ってしまった。止める間もなかった。

 

「年の近い俺がいる方が気が楽って……絶対そんなことないだろ」

 

 春香はもうすっかりチームの誰とも打ち解けている。おそらく一緒に釣りへ行ったところで何の問題も無いだろう。なのにどうして俺を誘うんだろうかと北野は考え込んだ。考え込んだがやはりよくわからなかった。

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