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落ち込んではいられない

「ウチの1軍キャンプって、昔からこんなにキツい練習してたんですか?」

 

 2日目の練習後、ホテルに戻ってから北野は1人のベテラン選手にそう尋ねてみた。


「なんで俺に聞くんだよ」

「あ、いや、深い意味はないっすけど、川田さんはベテランだから……」


 尋ねられた川田は、少しばかりの苦笑いを浮かべながら北野の質問に答えた。

 

「いや、こんなにキツくなったのは三原さんが監督になった去年からだな」

「えっ!? そうなんですか?」


 予想外の答えが返ってきた。北野は当然のように昔から厳しいキャンプだったと思っていたのに、川田はそうじゃないと言う。


「それまでのウチはもっとユルユルの雰囲気だったよ。ミスしても笑ってたし、誰も責めたりしなかったからな。三原監督はこのチームをイチから鍛え直して、結果の出せるチームに本気で作り変えたかったんだろう」

「でも急にそんなキツい練習に変わったら、選手に凄い反発されたんじゃないんですか?」


 それが良い悪いとは別にして、今までのやり方を大幅に変えたら、それは反発されるに違いない。自分なりのスタイルを築いているベテランなら尚更だろう。

 

「そりゃあ凄かったなんてもんじゃなかったさ。キャンプ初日なんて「高校野球じゃあるまいし、こんなのやってられるか」って、みんな文句タラタラだったしな。向井なんかあまりのキツさにキレて、監督に殴りかかろうとしたんだから」

「へぇ、そんなことがあったんですか」

「そうだよ。あれはヤバかった。もう少し止めるのが遅かったらアイツ、絶対殴ってたね。だけど三原監督は全く怯まないで、2日目も同じメニューを平然と俺らに課したんだ。3日目も4日目もな。こりゃもうやり方を変える気は無いんだって、みんな観念したね」


 川田の話を聞きながら北野は、驚きを通り越して絶句していた。

 

「でもな、不思議なことにさ、1週間くらい経ったらあんまりキツいと感じなくなってきたんだよ。身体が慣れてきたって感じかな。そのうち今まで以上に身体が動くことに気づきだして、今まで出来なかったことが出来るようになってきたんだ」

「そんなこと、あるんですか?」


 それがあったんだよ、と川田は言った。信じられないかもしれないが本当のことなのだと。

 

「まあ俺たちも信じられなかったからな。でも事実なんだ。ほんのわずかだけど、今まで追いつけなかった打球に触れられたとか追いつけたとかさ。自分たちにもまだまだ成長の余地があったんだってことに中堅やベテランの選手たちが気づきだしてからは、徐々に監督に対する不平は減っていったね。もっとも向井だけは相変わらず三原さんのことをキライみたいだけどな」

 

 川田はそう言って、愉快そうに笑った。

 

「まあ、だから、俺らがこの練習をこなせるようになったのも、実はつい最近ってことだ。と言うか、今だってみんな顔に出さないだけで、ホントはキツくて音を上げそうなのを必死にこらえて喰らいついてるんだぜ?」

「えっ!? そうなんですか?」

 

 北野の声は驚きで裏返ってしまった。1軍の選手たちが必死になって練習をこなしているようには到底見えなかったからだ。

 

「みなさん涼しい顔でこなしてるもんだとばかり思ってました」


 それを聞いて川田は、少し呆れたような表情を浮かべながら答えた。

 

「そんなわけないだろ。みんな見栄張ってヤセ我慢してるだけだ。脱落したら使ってもらえなくなるからな。誰かが練習から脱落しそうになってても、誰も目もくれないだろう? あれは薄情なわけじゃなくて、そんな余裕が無いからだよ。みんな自分のことだけで精一杯なのさ。余裕で練習をこなしてるヤツなんて多分1人もいないはずだぞ。それでも誰も弱音を吐かない。意地でも吐かないし脱落もしない。そうしなきゃポジションは掴めないし守れないんだ」

「はぁぁ……」

 

 思わずため息が出た。これがプロというものなのか。目から鱗が落ちるとはこのことだと思った。なんという凄まじい意地の張り合いなのか。

 

「だからさ、育成枠で入団2年目のオマエが今キツいのは当たり前なんだよ。むしろ育成なのにここにいるだけで凄いことなんだから、気にせずガンバレや。そのうち慣れてくっから」

 

 川田はそう言って、北野の肩をポンッと叩いた。

 

 話を聞いていて北野は、やはり1軍のキャンプに参加できてよかったのだと思い直した。バケモノだと思っていた人たちも最初は反発していたという。

 彼らはそこから短期間のうちに成長して現在がある。そして今だって楽々こなしているわけではない。

 

 ならば自分にだってできるはずだ。

 

(俺がブルペンで見劣りするのも当たり前じゃないか。俺はまだまだ鍛え足りない。落ち込んでるヒマがあったら、もっともっと練習しろってことだよな)

 

 3日目の朝も全身から疲れは抜けていなかった。

 今日も1日長く厳しい練習が始まる。

 だが北野はもう落ち込んではいなかった。むしろ何が何でも喰らいついていってやろうという闘志すら湧いていた。疲れた身体にムチを打って、北野はその日も練習に励むのだった。

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