これが1軍
慌しく荷物をまとめた北野は翌朝電車で羽田空港へ向かい、1軍キャンプが行われている宮崎へと飛び立った。期待と不安とヤル気が複雑に入り混じった、初めての1軍キャンプだ。
練習初日の朝、自分の使う用具を詰めたバッグを抱えて練習グラウンドに向かおうとした北野は、用具担当者に呼ばれ荷物を預けるよう言われた。
「えっ? 荷物、自分で運ばなくていいんですか?」
ホテルから練習グラウンドまでの移動はバスで、選手個々の荷物は用具担当者が一括して運ぶ。
(マジか。自分で荷物運ばなくていいんだ)
2軍では自分で抱えて歩くのが当たり前だった。ホテルと練習グラウンドまでの距離も遠くはないし、なにより北野自身それに違和感など全くなかった。
「グラウンドまでバスで移動かぁ。こりゃ楽でいいな。しかも荷物自分で運ばなくていいし」
北野は単純にそう思っただけだった。心密かに2軍の練習の方がキツいだろうと考えていたから、これならやはりそうだろうという思いを強くした。それこそ「ラッキー!」ぐらいの軽い気持ちでいた。
が、それはすぐに大間違いだったことに心底気づかされる。
楽だな、ではない。それは練習に全力を注げという意味だったということに。
(こ……これが1軍の練習? ウソだろ?)
練習開始早々、北野はまず驚いた。いきなりグラウンドの外周を10周ランニング。グラウンド内ではなく外周を10周だ。しかもこれはウォーミングアップに過ぎない。
ランニングが終わるとみっちり時間をかけてストレッチ、それからようやく本格的な練習に入っていく。スコアボードの時計をチラリと見ると、練習開始から早くも2時間近くが経過していた。
(これからが本番か……)
短距離ダッシュ、遠投、素振り、ノック。
若手だろうがベテランだろうが、誰もが等しく猛烈な量の練習をこなしている。しかも事も無げに平然と、だ。
(ちょっと待ってくれよ。この人たち、本当に俺と同じ人間なのか?)
練習量にショックを受けながらもなんとか脱落せずにいた北野だったが、次に彼は1軍のレベルの高さにショックを受けた。ノックだ。
正面から少し横に外れただけの何でもないゴロ。普通なら何の問題も無く捕球できるはずのゴロ。それを北野は満足に捕球できなかった。
捕球しようとグローブを差し出すものの、打球は想像以上のノビを見せてグローブを弾いてしまう。何度やっても結果は同じだった。ノッカーは1軍のコーチなのにだ。
(なんだこれ? 打球速過ぎだろ)
これは俗に言うプロとアマチュアのスピードの違いというやつで、実は昨年2軍のキャンプでも全く同じ経験をして酷く落ち込んだ。
1年鍛えたおかげで2軍レベルのスピードには慣れていたが、ただそれだけに過ぎなかったことをたった今思い知らされた。
(1軍と2軍って、こんなに差があるものなのかよ……)
昼になって練習が一旦中断しても、食欲など全くと言っていいほど湧かない。
しかし食べなければ午後から本当に脱落しかねない。それだけは絶対にイヤだった北野は一口ずつ口に含み、飲み物とともに胃に流し込むようにして昼食をとった。
(こんなのを明日からも続けていくのかよ……ついていけるのかよ、俺……)
自分では成長していたつもりだった。プロとしてそれなりの手応えも掴んでいたつもりだった。だがそんなものは、たった半日にして総て儚く消し飛んでしまった。
ヘトヘトの身体で午後からブルペンに行ったら、そこでも大きなショックを受けた。先輩ピッチャーたちのピッチングを見て、自分の投げるボールとの違いに目を見張った。
捕球音、コントロール、スピード、ボールのキレ。何から何まで自分とは段違いだ。
(なんだよこれ。俺の投げるボールと全然違うじゃないかよ……)
これほどまでに差があるものなのか。ただただ驚く以外になかった。
練習を終え宿舎に戻り、何とか食事を摂り風呂に入り自室に戻ったら、一気に一日の疲れがドッと押し寄せてきた。ベッドに倒れこむようにして仰向けに寝転んだ彼は、ボーッと天井を見つめた。
(1軍よりも2軍の練習の方がキツいだろうなんて、とんでもなく甘い考えだった。あの人たちは全員バケモンだ)
1軍ではシーズン中の練習は調整が主眼となるので猛練習などはしない。そんなことをしたら肝心な試合に影響するからだ。
逆に2軍は選手を鍛え成長させるのが主眼なのでシーズン中にも厳しい練習が行われる。それを知っているから北野もキツさからいえば2軍の練習の方がキツイだろうとタカをくくっていた。
それに春季キャンプは来るべき新シーズンへの調整の意味合いも強いので猛練習なんかしない、それをするならシーズンが終わった後に行われる秋季キャンプだろうと勝手に考えていた。
だがそれは全くの間違いだったと、今日その身をもって教えられた。
アピールどころの騒ぎではない。明日の朝起きたら筋肉痛になっているかもしれない。なにしろ尋常じゃない練習量だったのだから。
合流したその日は何くれと無く面倒をみてくれた選手たちも、いざ練習が始まると北野になど目もくれない。そしてそれは北野に限らず、他の1軍の選手同士でも同様だった。
どうしてなのかはわからないが、その理由を考える余裕すらない。とにかく練習メニューを脱落せずにこなす、それ以外に何も考えられなかった。




