1軍キャンプへ
その日の練習後、北野は若生二軍投手コーチに呼ばれた。
「オマエ、明後日の第2クールから1軍のキャンプに参加してこい。明日は休日だから明日のうちに飛行機で宮崎に発って、明後日からの練習に合流するんだ」
「へっ?」
「聞こえなかったのか? 明後日から1軍のキャンプに合流だ。わかったな?」
「は、はい! わかりました」
そう返事はしたものの、北野は狐につままれたような思いだった。
――俺が、一軍のキャンプに?
まだ育成の自分が、昨年は途中から試合にも投げさせてもらえなかった自分が、どうして1軍キャンプに合流するのだろうか。
しかし行けと言われたからには行くしかない。彼は大急ぎで宿舎に戻った。
最初1軍キャンプに参加してこいと言われた時には面食らった北野だが、すぐにこのチャンスを逃す手はないと気持ちを切り替えた。ここで力量をアピールして評価を上げることができれば、支配下登録される可能性もゼロではない。
そこまでいかなくても、今後与えられるチャンスは確実に増えるだろう。悪いことなど何ひとつない。切り替えた途端に、だんだんと気持ちが高揚してきた。
話を聞いた真鍋は、すぐに支配下登録しようって気にさせてこい、それぐらいの気持ちでぶつかれば必ず得るものはあるぞ、と励ました。
「ところでいつきさん、1軍のキャンプって、やっぱり凄いんですか?」
真鍋は大きく首を左右に振った。
「さあねぇ。俺は三原さんの下でキャンプをやったことないから何とも言えないなぁ。ただ話を聞いたところによると、メチャクチャ厳しいシゴキで選手を鍛えまくってるみたいだな」
「シゴキですか……」
北野の表情が僅かに曇る。
「らしいぜ。でもあの人が監督をやったチームは、その後みんな投手王国って呼ばれるくらいピッチャーの層が厚くなるんだよな。それと三原さんって一芸に秀でた選手を上手く使うことでも定評があるよな」
「一芸に、ですか?」
「そう。足だけは速いとか、バントだけは誰よりも上手いとか、この変化球だけはプロレベルとか。普通はそういう選手でも総合力をそれなりに高めないと使ってもらえないんだけど、三原さんはそれを上手く使いこなして戦力アップに繋げるんだとさ。だからチェンジアップだけはプロレベルって言われるオマエでも使えるって判断するかもよ? そもそもオマエは一芸に秀でてる典型だしな」
「さすがにそれはないでしょ……俺まだ育成だし先発しかできないし」
「今は育成でも、それとこれとは関係ないだろ。1軍のキャンプに参加してこいって言われるのは、少なくとも期待はされてるってことじゃねえかよ」
俺も早くまた1軍キャンプに呼ばれるようにならなきゃな、と言って真鍋は北野の肩をポンッと叩いた。
「何事も経験だ。とにかく自分の総てを出してアピールしてこい。ダメならダメで、自分に何がどれだけ足りないのかわかるかもしれないし、とにかくポジティブに考えて頑張ってこいや」
言われてあらためて気がついた。足りないのはスタミナだと思っていたし、それは実際そうなのだが、それ以外にも足りないものは幾らでもあるだろう。スタミナ以外の何がどれだけ足りないのかを知っておくのは今後のためになる。
(練習自体は2軍の方が絶対キツいだろうし、ついていけないってことはないだろ。通用しないのは当然としても、今の自分がどれぐらいのモノなのか知るのも必要だよな)
真鍋の顔を見つめ力強く頷く北野の顔には、決意の色が浮かんでいた。
三原監督が北野を1軍キャンプへ呼んだのは、当然北野のピッチングを自分の眼で実際に見たいからだ。
――なにごとも自分の眼で見てみないことには何もわからんからな。
シーサーペンツの春季キャンプは4勤1休、つまり4日練習して1日の休みを1クールとして全4クールをこなす。
第1クールは基礎練習中心が基本だが、第2クールからはどんどん練習の強度もレベルも上がっていき、実戦的な練習も増えてくる。三原がこのタイミングで北野を呼んだのは、より実力に近いものを見たかったからだ。
「しかし、思いきりましたね。育成を1軍のキャンプに呼ぶなんて」
1軍投手コーチが、少々の呆れを含ませた口調でそう言った。
「いやぁ、どうにもこうにも見てみたい欲求を抑えきれなくてね」
「ずいぶんご執心のようですが、そんなにスゴイんですか? その育成は」
「リリーフだとからっきしダメで先発しかできない。そのくせスタミナが無いそうだ」
「ダメじゃないですか……」
「ところがチェンジアップだけなら今すぐ1軍で通用するそうだぞ」
投手コーチの表情がにわかに変わりだした。1軍で今すぐ通用する球を投げる育成?
「若生さんいわく、見たこともない変化をするそうだ」
「あれほど指導歴の長い若生さんが、ですか。それはまた」
「どうだい? これだけで見てみたくなってきたろう?」
「若生さんがそこまで言うなら、ちょっとそのチェンジアップを見てみたくはありますね」
「だろう? だからまあ特例的に呼んでみたわけさ」
「……と言うことは、その育成を戦力としてお考えで?」
「いや。そこはほら、私の単なる個人的興味だよ」
三原はそう言って、イタズラ好きな子供のような顔で笑った。




