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3軍

 年明け早々のある日、北野にとって思いもかけない良いニュースが飛び込んできた。教えてくれたのは真鍋いつきだった。

 

「おい、知ってるか北野。今年からウチは3軍を編成して、関東独立リーグに参戦するらしいぞ」

 

 先発しかできないくせにスタミナが全く足りない北野は、新人だった昨年1年間は体力づくりにひたすら明け暮れていため、2軍の公式戦であるイースタンリーグの試合にはほとんど登板していない。

 実力が足りないのだから仕方がないと納得はしている。しかし黙って我慢し続けられるわけもなかった。

 

「3軍を編成して独立リーグに参戦となれば話が違いますよね?」

 

 3軍を編成する理由が、2軍の試合にも出られていない選手たちに実戦経験を積ませるためなのは明らかだ。

 関東独立リーグのレベルは2軍と同等かやや落ちる程度だと又聞きで耳にしていた。

 

 ――それが本当なら、3軍で投げられる。今の俺にはそれだけで十分だ。

 

「それってあれですよね、俺は3軍の方になりますよね」

「まあオマエは育成だしスタミナに難があるし、当然そうなるだろうな」

 

 めずらしく真面目な顔をした真鍋が続ける。

 

「でもな、3軍だからってバカにすんなよ。間違いなく登板する機会は増えるからオマエにとってはチャンスなんだぞ。ピッチャーは試合で投げてなんぼだし、試合で投げることでしか掴めないモンってのが実際あるからな」

「試合で投げる機会、増えますかね?」

「当たり前だろ。むしろ投げたくなかろうがスタミナが保たなかろうが投げなきゃならないから、今よりずっとキツくなるぞ」

「でも……投げられるんですよね、試合で」

 

 実戦で投げたい。それは隠しようのない本音だった。それがこれからは思う存分投げられる。試合で投げて経験を積んで力を蓄えて。漠然としていた将来への道が急に開けたような気がした。

 

「オマエが1軍で初登板する時には俺も上がっていたいもんだな。そしたらオマエが7回まで投げて、俺が8回9回抑えてオマエに勝ち星付けてやるよ」

 

 何気ない一言だったが、それは北野の心の琴線に意外なほど触れた。

 

「ああ、それいいですね。俺といつきさんのリレーでチームが勝つ。最高じゃないっすか」

「おっ、ノリ気だな。んならそれを目標に俺も頑張るとすっか。後輩のオマエに置いてきぼりは御免だからな」

「よーし、なんか燃えてきたぁ。ちょっと走ってきます!」

 

 北野はそう言うと、着替えるために自室へ戻っていった。

 

「はは、単純なヤツだ。でも俺も負けてられないよな」

 

 真鍋とて自分の能力に見切りをつけているわけではない。チャンスがあれば絶対にモノにしてやろうと常に狙っている。

 

「俺もちょっとウェイトトレでもやるかな」

 

 何気なく吐いた言葉は北野のやる気に火を点けただけでなく、自身のやる気をも引き出すことになった。


  


「北野さん北野さん。3軍ってなんですか?」

 

 数日後、合宿所を訪れた春香が顔を合わせるなりそう尋ねた。

 

「春香さん、どこでそれを? まだ正式発表前のはずなんですけど」

「チームのスタッフさんが話しているのが聞こえただけなんですけど、私には何のことだかわからなくって」

「ああ、なるほど」

 

 北野は彼女に3軍とは何かを説明した。

 

「じゃあ北野さんにとってはチャンスってことなんですね」

「もちろん。スタミナの不安はあるけど、試合で投げられるわけですからね。去年と比べたら雲泥の差ですよ」

「練習で投げるのと試合で投げるのとでは違うものなんですか?」

「そりゃあもう。試合で投げることでしか得られないものってのがあるんですよ。それにピッチャーは試合で投げてなんぼですから」

 

 真鍋からの受け売りを、さも自分の言葉であるように春香に話した。そうとは知らぬ春香は感心しきりだった。

 

「とにかく、これは僕にとってステップアップのチャンスなんです。3軍で力を蓄えて2軍でも投げられるようになれば、支配下選手登録だって夢じゃないんですから」

「なんだか急に明るい未来が見えてきた感じがしますね」

 

 話を聞いているうちに春香も何だかワクワクした心持ちになっていた。

 


 数日後、正式に3軍が編成され関東独立リーグに開幕戦から参戦することが発表された。予想通りメンバーは2軍でも出場機会に恵まれていない選手ばかりで、北野の名前も含まれていた。

 3軍になった選手は形としては最底辺だが、誰一人として自分をそんなふうに卑下している者はいない。

 誰もがこれをチャンスと捉え、ここで実戦経験を積んで成り上がってやるという上昇志向に溢れている。

 スポットライトを目指しているのは北野や真鍋だけではない。プロの世界に身を置く以上、全ての者がそれを目指しているのだ。

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