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天然少女

 収録の準備が始まったのに気づいた北野は、芝生の上に座り込んだ。そして向井が姿を現したのを見てホッとした。

 

(春香さん、許してもらったんだな)

 

 ヤジ馬の選手たちが一人また一人と集まり、いつのまにやら30人近い見学者の群れとなった。


 

 春香の人生初インタビューが始まった。だがその直後に北野は耳を疑った。

 

「実は私、インタビューをするのって萩原選手が生まれて初めてなんですよ」

 

 間違いに気づいたディレクターが慌てて大声で指摘した。

 

「椎名さん! 名前! 名前間違えたよ!」

「えっ!? ウソ!?」

 

 向井のことをよく知っている選手たちは、誰もが凍りついたように押し黙った。

 ところが予想に反して向井は怒らなかった。

 それどころか、春香の失敗に対して微かに笑みすら浮かべている。それはチームの誰も見たことのない光景だった。

 

「オマエなぁ春香、次やったら許さないってさっき言ったばかりだろうが。それでまた間違えるかよ、普通」

 

 皆が顔を見合わせた。

 

(この少女は一体何者なんだろう)

 

 選手たちの注目が一斉に一人の少女へと向けられた。

 

 春香はひたすら謝り続けた。しかし向井は怒る素振りも見せず、平身低頭謝る彼女に対してなお笑みを浮かべながら「一応これでもこのチームのエースなんだから、名前ぐらいちゃんと覚えてくれよな」と言った。

 

「あのぉ向井さん、そのコと知り合いなんですか?」

 

 若手野手の一人が不思議そうに尋ねた。

 

「いや、今日初めて話した」

「でも今、思いっきり名前間違えてましたよね。いつもだったら絶対怒り出すパターンじゃないですか」

「まあ色々あってな」

 

 そんなやり取りを聞きながら北野は一人呆れ返っていた。

 

(天然だ。このコ、本物の天然だ)

 

 さんざん気をつけろと注意したにもかかわらず名前を呼び間違えて取材拒否され、平謝りしてようやくインタビューにこぎつけただろうに、またすぐ呼び間違える。これが天然じゃなかったら何なのだろう。

 段々可笑しくなってきてしまった北野は、とうとう腹を抱えて大笑いし始めた。

 

「もう!! 北野さん、笑い過ぎ!! ひっどーい!!」


 そんな北野に気づいた春香は、頬を膨らませて抗議する。

 

「北野さんが私のことドジっ娘だなんて言うからぁ!! だいたい北野さんが向井さんは気難しくて怖い人だから気をつけろなんて言うから、だからかえって意識して緊張して間違えちゃったんです!! みんな北野さんが悪いんですからね!!」

 

 それを聞いた向井は北野に一瞥をくれ、周囲の選手たちは一斉に北野の方へ顔を向けた。

 

「お、なんだ北野。オマエ、あのコの知り合いなのか?」

「え、ええ、まぁ」

「向井さんに向かって、あの人は気難しいとか、よく言えんなぁ」

「うんうん、ウチの大エース様に向かってその言い草は無いわー」

 

 選手たちは内心では北野と同じことを思っているのを棚に上げ、面白がって口々にはやし立てた。

 

「え、いや、だからそれは違くてですね」

「だいたいオマエ、どこであんな可愛いコと知り合ったんだよ。しかももうえらく仲良さそうにしやがって」

 

 後ろにいた真鍋が、すかさず火に油を注ぐ。

 

「そうなんだよ。コイツ、初収録の時にあのコとここまで一緒に来てさぁ、それからすっかり仲良しになっちまって」

「なんだコイツ、高校生に手ぇ出してんのか? おまわりさーん!! コイツです!!」

「自分だけうまいことやりやがって。許さん!!」

 

 あっという間に選手全員からヘッドロックをかけられるわ叩かれるわ蹴られるわで集中砲火を浴びた北野は必死に弁解した。

 

「いや、だから、別にそんなんじゃないッスよ! 違うんですってばぁ!」

「あのぉ、すみません皆さん」

 

 番組のディレクターが口を挟んだ。

 

「収録を再開したいと思いますので、もう少し静かにしていただけると」

 

 ようやく解放された北野だったが、その後も背後から左右からチョコチョコと小突かれ続けた。


  


 収録を再開した春香は、今度は無難にインタビューを務め上げ、無事収録を終えた。

 収録が終わると春香は北野に向かって右手でVサインを作って見せた。まるで子供のように無邪気な満面の笑顔だったが、そんな彼女の背後に自分を睨みつけている向井がいることに気づいた瞬間、北野はその場を逃げ出そうかと思った。

 

「おい、北野!」

 

 案の定向井は手招きをした。

 

「は、はい!!」

 

 飛び跳ねるようにして返事をした北野は、まるでロボットのようなギクシャクした動きで向井の元へ向かった。

 

「オマエ、あのコに俺は気難しいから気をつけろって言ったのか?」

「え、いや、それは、その」

「……言ったのか?」

 

 向井は無表情で、ドスの効いた声でもう一度繰り返した。

 

「……言いました……スンマセン」

 

 観念して正直に謝ると、すかさず頭にゲンコツが飛んできた。

 

「いってぇ!」

「てっきり真鍋のヤツだと思っていたが、オマエが犯人だったのか」

「犯人?」

「オマエはまったく、あのコに俺のことを怖い怖いってさんざん吹き込みやがって」

「えっ? いや、それはだって……別にさんざんってほどでは」

「これ以上俺のイメージを悪くすんな」

「は?」

 

 ――この人、実は自分が強面なのを気にしてるのか?


 北野は口をポカンと開けたまま呆けてしまった。

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