43 今日は建町記念日ですね、オサム様
オッサミアをまばゆく照らす朝日がヴラド公を焼いていた。
「あんた、人間を舐めすぎだ。夜明け前に来るなんて」
じっくり何日かに渡って攻められれば、俺もオッサミアもなすすべはなかったはずだ。
「うむ。ぬかったわ」
そんな気のない返事があった。
「だが、そう悪い気分でもないのだ。久しぶりに朝日を拝めたのでな」
ヴラド公は憑き物が落ちたような顔をしていた。
目を焼かれるのも承知で朝日を見つめている。
「頼みがある。我輩の妃たちを貴様に託したい。守ってやってはくれぬか、冒険者どもの魔の手から」
「承った」
俺は力強く頷いた。
「すまぬ……」
そう言い残してヴラド公は灰になった。
「ご領主様がヴァンパイアのバケモノを討ったぞぉ!」
「町を守ってくださったのだ!」
「ご領主様、万歳――ッ!」
そんな声を他人事のように聞きながら、俺は朝の風に吹かれていた。
隣にはシーフィアとアルビアがいる。
「ヴラド公は羨ましかったのかもしれないな」
俺の第三階層が夜のない階層であるように、第四階層には昼がない。
ヴラド公の目には、陽光の下に輝くオッサミアの町はどう映っていたのだろう。
窓1枚隔てた闇の中から輝かしいパーティーをじっと見ていた赤い目が思い出された。
「その気持ち、少しわかる気がします」
アルビアがぽつりと言った。
俺の陰に隠れるようにして朝日を見つめている。
人より肌の弱いアルビアもまた、太陽の下では生きていけない。
朝日を見る赤い瞳には、憧れと恐れが等しく同居している。
「……」
日射しの下に出られないアルビアでも、第三階層の偽空なら平気だった。
もしかしたら、ヴラド公もそうだったのかもしれない。
ブライオロス3世とも懇意だったようだし。
獅子顔の鎧武者と黒衣の吸血鬼。
二人が遺跡の上に並んで座し、緑と青の世界を眺める姿が頭に浮かんだ。
俺がブライオロス3世を屠ったことで、ヴラド公から偽物の青空までも奪ってしまったのかもしれない。
俺はシーフィアを見た。
風に銀の髪をなびかせて心地よさそうにしている。
どうもヴラド公は本当に紳士だったらしい。
『支え……きれぬ』
シーフィアが落下することをわざわざ俺に教えてくれたばかりか、最後の力で俺を押し出してくれた。
そういえば、『串刺しの森』も男の死体ばかりだ。
善人ではなかった。
だが、根っからの悪人というわけでもないのかもしれない。
すべては推測の域を出ない。
もはや確かめるすべもない。
ヴラド公の最期の望み。
俺にできるのは、それを汲んでやることだけだ。
「今日は建町記念日ですね、オサム様」
「そうだな」
朝日を見つめながら、俺は清涼な秋の風を胸いっぱいに吸い込んだのだった。
◇
日が高くなる頃には被害の全容が見えてきた。
人的損害については、多少の怪我人はいるものの死者はゼロだった。
眷属化した女たちもヴラド公の死とともに正気を取り戻した。
まだ貧血の症状はあるものの、それもリョーリアのニンニク精力剤で快方に向かっているそうだ。
物的損害で一番目立つのは城門周りが半壊している件だな。
町の顔だ。
早急に修繕せねば。
あとは民家の屋根にも多少の損害が出ている。
屋根にあいた人型の穴とかな。
「このたび町が受けた被害については、すべて領主である私が負担する! 先のことは考えず、今は祭りを楽しんでくれ!」
そう告げると、領民たちは、
「「おおおおおおおおおお!!」」
と大歓声を上げて中央通りのほうへ駆けていった。
いい歳した大人の楽しげな笑顔を見ていると、死闘があったことが嘘のように思えてくる。
実際、階層主同士で争ったにしては軽微な被害ですんだ。
でも、よかったよかった、ではすませられない。
今回の件は、すべて俺の責任だ。
暇だ暇だと時間を持て余しておきながら、ヴラド公と関係を修復する努力を怠った。
50年もあったのに菓子折りのひとつも持って行かなかった。
気が合わない人という認識のまま放置してしまった。
領主の怠慢が領民の命を危険にさらしたのだ。
みんな俺を、町を救った英雄のように持ち上げる。
誰も俺を責めようとしない。
だからこそ、自省しないと。
今回の失敗を焼き印のように心に刻もう。
二度と領民を危険にさらさないように。




