41 オサム様のいる場所が私の居場所ですから!
「勝ちにいかせてもらう」
俺は一気に踏み込んだ。
ヴラド公が血の剣で受ける。
日の出が近いからか、青白い薄ら笑いがよく見えた。
「愚かなことよ。雑兵も寄せ集めればそれなりとなろうものを、貴様がこうして我輩と剣を交えていては矢の1本とて放てはしまい」
そうだな。
距離を取り、数の利を活かして飽和攻撃を仕掛ける。
それが一番合理的だ。
でも、俺はなるべく領民を巻き込みたくない。
ヴラド公を退けたとしても、そのとき誰か1人でも欠けていたら領主としては敗北だ。
ゆえに、
「貴公は私が斬る!」
俺は雨のような細かい攻撃を絶え間なく重ねた。
一撃の重さでは分が悪い。
だが、速度は互角と見た。
そもそも、ヴラド公は中・遠距離タイプ。
剣の腕は存外大したことはない。
俺の刺突が黒マントの端を浅く斬った。
「不敬な……!」
ヴラド公が初めて両手で剣を握った。
速さと重さが増す。
俺は押し込まれながらも流し、返す刀で黒マントの襟を断った。
ぎょっとした様子でヴラド公が後ろに跳ぶ。
俺はすかさず間合いを詰める。
「さきほどより力が弱まっているな」
ヴラド公の強さは血の量に依存するらしい。
血の竜が破綻したとき、集めた血の大部分を失ったに違いない。
傷の回復だってタダではないはず。
ヴラド公は確実に疲弊している。
「『血濁ノ荊棘』――」
地が裂け、行く手を阻むように剣が生えてくる。
……が、攻撃のキレも規模も最初ほどじゃない。
俺は無視して突っ込んだ。
剣が伸びきる前に上を突っ切り、瞠目するヴラド公に刀を振り下ろす。
「舐めた真似を……!」
血の剣がぐにゃりと形を変え、俺のローブに切れ込みを入れた。
善戦している。
でも、押し切れない。
このまま戦いが平行線をたどれば、朝が来る。
ヴラド公は撤退を余儀なくされる。
それでこの場は俺たちオッサミアの勝ちだ。
しかし、太陽が沈めば……。
ネチっこいヴラド公のことだ。
諦めたりしないだろう。
何か……。
なんでもいい。
事態を打開する手掛かりがあれば。
「……くっ」
突如ヴラド公が守りの姿勢を取った。
銀の閃光がヴラド公と重なる。
それは空中で猫のように体をよじり、音もなく着地した。
じゃぎん、と三日月型の短剣を構えている。
「私も戦います! オサム様とともに!」
シーフィアだった。
メイド装束で短剣を持つ姿が不思議なほど様になっている。
……と感心している場合じゃない。
「シーフィア、下がっていろ!」
普段は頼りにしている。
でも、相手は階層主だ。
領主秘書の出る幕じゃない。
「いいえ、下がりません!」
シーフィアはてこでも動かぬという構えだ。
そんなやりとりをヴラド公は陰湿な笑みで眺めている。
「ちょうどよい。貴様の血をもらい受けよう」
血の鞭が空気を裂いた。
「あ」
と俺がマヌケな声を上げたのは、シーフィアが八つ裂きになったからではない。
信じられない速度で鞭をかわしたからだ。
銀の閃光がジグザグに駆け、ヴラド公とぶつかる。
ヴラド公も「うあ」とかマヌケな声を上げていた。
青白い頬に赤い斜線が引かれた。
首を狙った短剣が頬をかすめたのだった。
「シーフィア……?」
俺は物問いたげな感じで名を呼んだ。
今、俺並みの速度で動かなかった!?
「こんなときのために、ひそかに特訓していたんです。オサム様の隣で戦うために」
はにかむ感じで言われた。
ひそかに特訓、か。
たしか、イラスティリアもそんなことを言っていた。
夜な夜な猛特訓して強くなった、と。
俺の見ていないところで頑張っていたのか。
誰よりも努力家なのに、それを一分も表に出さないのはシーフィアの強いところだ。
「下がれと言われても下がりません! オサム様のいる場所が私の居場所ですから!」
そこまで言い切られては仕方ない。
「よし! なら、一緒に畳みかけるぞ!」
「はいっ!」
俺が正面からぶつかり、シーフィアが間隙を突く。
考えなくても息が合う。
阿吽の呼吸で間断なく猛攻を加える。
俺の刀がヴラド公の鼻を縦に割った。
「貴様ア!」
「――そこっ!」
「んブ……ッ」
今度は側頭部にシーフィアのかかとが刺さる。
「我輩を足蹴にするとは……!」
青白い顔が真っ赤になった。
怒りは視野を狭める。
シーフィアを凝視するヴラド公の側面から俺は深く踏み込んだ。
「隙あり!」
逆袈裟の一撃。
ヴラド公の体が宙に浮かんだ。
「ぐぬあああああああ……ッ!」
ようやく悲鳴を聞けたな。
「回復の間を与えるな!」
「はい、オサム様!」
追撃をかけると、ヴラド公は堪らず空に逃げた。
もどかしそうにしていた壁上の領兵や冒険者たちがここぞとばかりに動き出す。
矢が、魔法が、光の玉が白んだ空に浅い弧を描く。
それが一ヶ所に収束。
どごん、と爆ぜた。
俺の『罪刈』が火炎の中心にいたものを地面に叩き落とす。
赤い裏地の黒マントに火の粉がくすぶっている。
ヴラド公は膝を屈していた。
肩で息をしている。
だが、笑ってもいる。
妙な寒気がした。
猛攻だった。
とはいえ、あのプライドの高いヴラド公が膝をつくのは意外だ。
柄にもない。
膝ばかりか手のひらまで地についている。
……手。
「ッ」
俺は寒気を覚えて叫んだ。
「シーフィア、下だ!」
「ぇ」
遅かった。
地面から伸びた血の腕が触手のようにシーフィアを絡め取っていた。




