4 オサム・ダンジョーだ。この町の町長をしている
「……っ!」
「・・、……ッ!?」
「、……!」
墨を塗ったような夜の森に声がする。
1人2人じゃない。
結構な数がいる。
何かに追われているのか、激しい足音と叫び声に悲鳴がまじっている。
獣のうなり声も。
待ち人来たれりってやつだが、どうもピンチらしい。
もちろん助ける。
「こっちだ!」
と俺は闇に向かって叫んだ。
篝火にありったけの薪を放り込んで火勢を強める。
入り乱れた足音がこちらに向きを変えたのがわかった。
もつれ合うようにして人影が現れる。
20人はいるか。
若い女の子ばかりなので面食らった。
「こんなところに村が……」
誰かがそう言う。
町のつもりだったのだが、そうか、村ですか。
「あそこにおじさんがいるわ」
おじさんって……。
いやまあ、おじさんだが。
まだお兄さんと呼ばれたい時分。
切羽詰まっているからだろうな。
オブラートに包む余裕がないらしい。
大目に見てやらんでもない。
「たすけて! ル・シーフィアがおとりに……!」
俺の腰に刀があるのを見て取り、少女の一人がそう叫んだ。
次の瞬間には俺は風になっていた。
真っ黒な森を矢のように走り、獣のうなり声のほうに向かう。
銀髪の少女が木の棒を握っているのが見えた。
おとりになったというル・シーフィアだろう。
その向こうに狼が3頭。
「こ、こないで!」
とル・シーフィアが棒を振り回す。
しかし、牙が触れると棒は木っ端微塵に砕けた。
大きな体が3つ同時に伸び上がる。
きゃああああ、という悲鳴を間近に聞きながら、俺は親指で刀を押し出した。
きら、きら、きら、と刀身が光る。
同じリズムで狼たちは甲高い悲鳴を上げた。
一転して静寂が訪れる。
俺は刀の血を切ってから鞘に納めた。
「第三階層の獣たちと比べると子犬だな」
こんな雑魚でもいちおうは魔物だったらしい。
やっぱりダンジョンはレベルが違うのだろう。
「立て。明るいところにいこう」
そう呼びかけてもル・シーフィアと呼ばれていた子は腰を抜かして泣くばかり。
俺は仕方なくお姫様だっこなんてキザな真似をして、篝火のそばに連れていった。
怪我は……なし。
とりあえず、一安心だ。
「シーフィアぁあ……!」
「よかった無事で!」
「もうおとりなんて馬鹿な真似しないでくださいまし。心配したんですのよ!?」
「ごめんねみんな……」
少女たちはへなへなと抱きしめ合い、泣き始めた。
俺は腕組みして手近な家を背もたれにした。
口元を引き結び、目は鋭く。
胸を張って胸筋を強調。
これぞ強い男って感じでたたずむ。
というのも、少女たちはみんな途方もない美少女揃いなのだ。
女子高に赴任した先生の気分。
いや、アイドル養成所の新米マネージャー?
なんでもいい。
とにかく俺は今、格好をつけている。
舐められたくないし、かっこいいと思われたいからだ。
男って馬鹿だねぇ、と心の中のグラネエさんが笑った。
まったくだ。
篝火のオレンジ色が少女たちの姿をくっきり描き出している。
疲れた顔だ。
着ている服はよれよれ。
履いている靴はぼろぼろ。
精も根も尽きた様子に昨日今日どころじゃない長い苦難の日々が表れている。
ミイラ男みたいに包帯でぐるぐる巻きの娘もいる。
「あの、助けてくださってありがとうございました!」
ル・シーフィアって子が精いっぱいに頭を下げた。
「私、ル・シーフィアといいます。どうかお名前を聞かせていただけませんか」
「オサム・ダンジョーだ。この町の町長をしている」
俺はハスキーボイスを意識して答えた。
ハスキーボイスが何かは知らない。
たぶん、ハスキーな声だな。
ハスキーってなんだろう。
……犬?
「みんな耳が長いんだな」
俺は気づいたことをつぶやいた。
この世界にエルフやドワーフがいることは、ほかの階層主から聞いて知っていた。
ケモ耳娘もいるらしいが、残念ながらこの中にはいない。
「……っ」
ル・シーフィアがさっとフードをかぶった。
ほかの子もそうする。
耳を隠したようだった。
怯えた様子で俺を見ている。
「隠さないといけないものなのか? 俺は世情に疎くてな」
「私たちはその……純血種ですから」
ル・シーフィアは答えた後で、口を押えた。
言うべきじゃなかった、って顔。
「純血種エルフか……」
その話も聞いた。
純血種は不老で、事故や病気をしなければ永遠に生きられるらしい。
加えて、端麗な目鼻立ち。
もちろん子にも遺伝する。
となると、その価値は計り知れない。
エルフ娘に首輪をつけてブヒヒと笑う悪徳貴族の姿が俺の脳裏によぎった。
けしからんな。
「私たち、エルフ狩りに遭って……」
ル・シーフィアの声は消え入りそうなほど小さい。
助けてもらいたい。
でも、あまり多くを語ると足元を見られるかも。
そう思っているのだろう。
俺がそんなブヒヒに見える?
「なら、ここに住むといい。ちょうど入植者を探していたところだ。好きな家を使ってくれ」
俺はなるべく恩着せがましくならないようにドライな声で言った。
「私たち、お金が……」
「いらない、いらない。その代わりといってはなんだが――」
「体、ですね」
「ぇ……」
決然とした顔でル・シーフィアが俺に詰め寄った。
「わかりました。でも、私だけでゆるしてください。精いっぱい尽くしますから」
そう言って泣く。
「シーフィアだけに辛い思いはさせないから!」
「私たちも一緒ですわ!」
みんなでわんわん泣く。
俺、そんなにブヒヒ顔?
ショックだ。
でもまあ、世の中ギブ&テイクだ。
タダで家をあげると言われたら、俺も裏を疑う。
ここはきちんと対価を提示するべきか。
「金も体もいらない。だが、その代わり、労働力をもらう。町興しに協力してくれ。畑を耕し、苗を植え、牛や羊を育てて、たくさんの人を呼ぶんだ。俺はここをもっと大きな町にするつもりだ。君たちにはその先駆けになってほしい」
要するに、町民になってくれ。
「そんなことでいいんですか」
ル・シーフィアは目をぱちくりさせた。
そんなことって……。
ド辺境のゴーストタウンで町長を名乗る謎のおじさんに「町民になってくれ」と誘われる。
だいぶホラーだろ。
断られて当然の無理なお願いだと俺は思っているぞ?
「やっぱり怪しいよな。嫌ならいいんだ。狂気の新境地を模索するから……」
「嫌じゃありません!」
きっぱりとル・シーフィアはそう言った。
「私たち、里を焼かれて、エルフ狩りから逃げ惑って、ずっと放浪の身で。もう限界だったんです。どうかここに置いてください!」
ル・シーフィアは必死の形相で哀願し、ふと屈託なく笑った。
「それにオサム様は信頼できます! 目の奥がとっても優しいですから!」
え、あ、そう?
俺は口の端がムニムニするのを気合で抑えつけた。
階層主を動揺させるとは。
こやつ、やりおる……。
「よかったね、みんなっ!」
篝火が照らすばかりのオッサミアに笑顔がいくつも輝いた。
町に命が吹き込まれた気がして、俺は胸が熱くなるのを感じていた。
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