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39 これぞ我輩の『影竜公』たる所以よ


 濃い闇が垂れこめる杉の木広場。

 ヴラド公は赤黒い剣を無警戒に構えている。

 俺はじりじりと間合いを詰めた。

 こんな町のど真ん中で戦えば、領民に多大な被害が出る。

 まずは場所を変える。


 俺は低い姿勢から突っ込んだ。

 居合の一撃を繰り出す。

 血の剣がそれを受けた。


「『草薙』――!」


 ゼロ距離で斬撃を飛翔させ、ヴラド公を夜空の彼方に撥ね飛ばす。

 俺はぐっと地面を踏み込んだ。


「オサム様! 私も戦――」


 そんなシーフィアの声を置き去りにして、俺も夜空に蹴上がった。

 大上段の高みから渾身の力で叩きつける。

 剣と刀が重なった。

 刹那の鍔迫り合い。


「『荒魂あらみたま』――ッ!」


 三種の神器『夜叉神ノ勾玉』の、4つの権能のひとつ。

 鬼神のごとき怪力を得て、俺はヴラド公を大地に叩き落とした。

 町の外――城門前で派手な土煙が上がる。

 俺は流星のように突っ込み、刀を振り下ろした。

 受け太刀された硬い感触が返ってくる。

 砂塵の合間に凄まじい形相が見えた。


「まさか、この程度なのか? 第三階層主の力は。我が友ブライオロスはこの程度の雑魚に後れを取ったか!」


 ヴラド公が俺を弾き飛ばした。

 信じられない膂力だった。

 俺は地面に電車道を引き、城壁ぎりぎりでようやく止まった。


「小石のごとき矮小の身で我輩の前に転がり出でるか。まっこと万死に値する大罪よ。まずはその四肢もぎ取って踏みやすくしてくれる」


 ヴラド公の手のひらで赤と黒が混じり合う。

 影と血を操る能力と聞いている。

 俺が知るのはそれだけだ。


「打ち据えよ。――『血濁ノ打擲(ヴラド・リィ・ブロウ)』」


 血の濁流。

 鉄砲水のように押し寄せてくる。

 刀で受けると、


「重ンもッ!?」


 肘から先がちぎられそうになった。

 流すだけでやっと。

 後ろで巨岩が砕ける音。

 城壁の一番厚い部分に大穴ができていた。

 血の濁流は大蛇のごとくうねり、なおも巨体を打ち付けてくる。


「『血濁ノ荊棘(ヴラド・リィ・ソーン)』――」


 ヴラド公は剣を地面に突き立てていた。

 剣先が地にめり込むのに合わせて、俺の足元から紅蓮の刃が生えてくる。

 鼻先に風を感じる。

 危なかった。

 少しでも反応が遅れていたら串刺しだった。

 俺は苦し紛れに斬撃を返した。

 が、壁となった血の濁流に阻まれた。


「一本では足りぬか? 欲深き奴め。ならば、好きなだけくれてやろう」


 無数に枝分かれした血の剣。

 それがぐさり、と地面を突いた。

 やばい。

 俺は渾身の力で上に跳んだ。


「――『群標・血濁ノ荊棘(ヴラド・リィ・ソーン)』」


 地面が消えた。

 赤い海になっていた。

 海は剣山になった。

 無数の切っ先が俺を追うように伸びる。

 俺は空中で身をよじった。

 腕に痛み。

 大丈夫。

 軽傷だ。

 この程度の傷ならすぐに癒える。


「触れたな? 我が刃に」


 俺の思考を読んだようにヴラド公は嘲弄した。


「咎人には苦痛を手向けるが世のならわし。我輩の前で絶叫することを許す。――『荊棘ノ惨罰(ヴラド・リィ・ペイン)』」


「が……ァ!?」


 激痛がした。

 腕がちぎれたのかと思った。

 傷口で血の薔薇が咲いていた。

 鋭利な花弁が肉を開いていく。

 噴き出した赤いミストが俺の顔に生暖かい風となって降りかかる。


「『和魂にぎみたま』……!」


 癒やしの権能で痛みはわずかに消えた。

 だが、傷口は閉じない。

 むしろ、広がる。

 治癒阻害の副次効果か。

 このままでは早々に失血死だ。


 俺は目元の血を拭った。


「初めから勝てる気はしていなかったが……」


 初手で町の外に飛ばしてからヴラド公は一歩たりとも動いていない。

 膝は伸びきり、気だるげな後ろ体重で、片腕はマントの中。

 汗ひとつ見えない。

 力の差が圧倒的だ。

 階層がひとつ違うだけでここまで変わるのか。

 まだヴラド公は本気を出していない。

 出されると、たぶん3秒もたない。


「座興にもならん。もう飽いたわ」


 ヴラド公は興味をなくしたように視線を切った。

 コウモリの翼を広げ、夜空に舞い上がる。


「この騒ぎだ。町の者どもは皆、眠りから覚めたであろう。ならば、下賤なる者どもの目に刻んでくれる。真の階層主のなんたるかをな」


 さあ、くるがいい、とヴラド公は何かに向かって言った。

 風向きが変わった。

 ヴラド公の手のひらの上。

 血の玉が生まれた。

 それは膨張して、赤黒い巨大な竜となった。

 イラスティリアが絵の具で描く動物に似ている。

 でも、その大きさも、異様さも、秘められたエネルギーも比べ物にならない。

 竜の翼が暴風を吹き下ろす。

 その背の上から、ヴラド公は高らかに言った。


「これぞ我輩の『影竜公』たる所以よ」


 もはや俺など見ていなかった。

 赤く光る目が町を見下ろしている。

 ゾッと寒気がした。


「秘剣・二の太刀『罪刈つむがり』――!」


 俺はヴラド公の首めがけ刀を振るった。


「効かぬわ」


 血の盾が不可視の斬撃を止める。

 え?

 剣や盾(ガード)をすり抜け、罪人の肉体だけを斬る技のはずだが。

 血も肉体の一部ってことか……。


「この忌まわしい町を地獄の業火にくべてやろう」


 竜の口の奥が赤く光った。

 その光で町が血の色になる。

 この50年、感じたことのない膨大な魔力がそこにあった。

 町の半分が消し飛ぶ。

 肌身でそれがわかった。


「どれ、貴様の血も使こうてくれよう。自らの血で町が焦土と化すを見届けるがいい」


「ぅぐ……!」


 傷口から蛇が這い出すようにして血が出ていく。

 俺は血を刀で斬った。

 それで吸血は止まった。

 だが、だいぶ吸われた。

 階層主の血だ。

 エネルギー源としては破格のはず。


 竜の口が太陽でもくわえているみたいに煌々と光る。

 知っている顔が脳裏をよぎった。

 全身がぶわっと寒くなる。


「……む?」


 ヴラド公が戸惑いの声を上げた。

 竜の口にあった熱球が風に吹かれたロウソクの火のように揺れている。

 竜の造形もいびつに歪んでいる。

 ヴラド公が俺を見た。

 鬼の形相だった。


「貴様、血に何を混ぜた……?」


「……血に?」


 ちょっと考えて、あっ、となる。


「おニンニクの精力剤……」


 リョーリアからもらって飲んだ。

 その成分が血にも混じっているかもしれない。


「ニンニクだとぉ!? お、おのれぇ……」


 竜の巨躯が水風船のようにぶくぶくと膨らんだ。

 そして、ヴぉばああんん、と弾けた。

 血の豪雨が降ってくる。


 赤い雨粒に打たれながら俺は震撼していた。

 竜すら殺すとは……。

 リョーリアさんパッネぇ……。

 どうなってんだ、あいつ。


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