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37 やってくれたな……


「オサム様……!」


 シーフィアとアルビアがドレスの裾を持ち上げて駆けてきた。

 二人も異変に気づいたようだ。


「今の恐ろしい気配はなんでしょう?」


「マスター、もしかして……今のは」


 アルビアは見当をつけているようだ。

 先月の階層主会議の場にいたから覚えがあったのだろう。

 俺は窓の外に警戒の目を向けながら言った。


「今のはヴラド・シャドラキュリア公。第四階層の主だ」


「それって『影竜公』と呼ばれるあの……!?」


 冒険者の間ではそんな畏称で呼ばれている。


「階層主がどうして……」


 シーフィアの疑問はそっくりそのまま俺の疑問でもある。

 俺が言うのもなんだが、階層主が町に現れるのは異例だ。

 町にはノータッチという取り決めがある。

 立ち入り禁止というわけではないが、町に立ち入る場合は俺に一言告げるのが暗黙の了解だった。

 ま、そんな了解をヴラド公が守るとは思えないが。


「ちょっと好奇心で覗いていただけかもな」


 そうだといいな、という願望。

 でも、自分でもそんなはずはないと半ば確信している。

 目が合ったときに感じたあの悪寒……。

 ただですむとは思えない。


 二人も同じ思いらしい。

 シーフィアもアルビアもすっかり青ざめている。


「二人とも、警戒しておいてくれ」


 杞憂だと思いたい。

 だが、シュヴァさんの話もある。

 なおざりにはできない。


「俺は貴族たちのもてなしで手が離せない。君たち二人が頼りだ。異変があれば知らせてくれ」


 そう言うと、二人は揃って頬を熱くさせた。





 俺が貴族相手に腹芸している間に、ヴラド公への備えは着々と進んでいた。

 シーフィアは衛兵たちを巧みに配し、驚きの手際で情報網を構築した。

 アルビアは管理者権限による転移能力で夜のオッサミアを飛び回ってくれている。

 イラスティリアが描いた人相書きも各地の衛兵詰所に届けてくれた。

 町に異変があればすぐにわかるはず。

 とりあえず、今できることはやった。

 あとは何も起きないことを祈るばかりだ。


 領主邸での前夜会がお開きとなった。

 はち切れんばかりに腹を膨らませた健啖家貴族。

 ザクロ酒でしたたかに酔った貴婦人たち。

 みんな満足そうに帰っていく。


「大成功ですね、オサム様!」


 シーフィアが愁眉を開いて無邪気に笑った。

 俺も肩の荷が下りた気分。


 しかし、こういうのは気を抜いた瞬間が一番危ない。

 俺はすぐさま動きやすい衣装に着替えて、刀と木刀をたばさんだ。


 そのまま何事もなく時が過ぎる。

 衛兵が血相変えて飛び込んできたのは、日付が変わった頃だった。


「町で女たちが暴れ回っています……!」


「「……?」」


 報告を聞いた俺とシーフィアは揃って首をかしげた。


「酔っ払いか?」


「いえ。血をよこせ、などと喚いておりまして。首筋には噛まれたような痕が」


「ああ」


 と俺は頷き、今度はシーフィアだけが首をかしげた。


血爵種ロードと呼ばれる上位個体のヴァンパイアは吸血で眷属を増やせるんだ。魅了チャームの魔法みたいなものだな」


 吸血痕があったのなら間違いあるまい。

 ヴラド公の仕業だろう。

 今日は城下でも前夜祭が行われている。

 出歩いている人は多い。

 標的はいくらでもいるってわけだ。


「至急、全領民に自宅待機令を発令しろ。眷属化できるのは異性だけだ。女性は特に気をつけるよう伝えよ。すでに眷属化した者には教会で治療を」


「ハッ」


 駆けていく衛兵を見ながら、俺は内心頭を抱えていた。

 眷属化した者は数日でヴァンパイアと化す。

 その中から血爵種ロードが生まれれば、ネズミ算式に増えていくことになる。

 ゾンビ映画みたいなことがこの町で起こる。


「やってくれたな……」


 俺に不満があるなら俺を狙えばいいものを。

 シュヴァさんはヴラド公を「ネチっこい」と評した。

 その理由がわかった気がする。


「あなたたちも行きなさい」


 シーフィアがエルフ娘たちに指示を飛ばしている。


「事はオサム様の名誉に関わります。なんとしても綺麗にしなければなりません。しかし、汚れが汚れです。必ず2人1組で行動すること。決して無理はしないように。いいですね?」


 やけに熱がこもっている。

 こんなときに掃除の相談?

 広場にある巨大オサム像に生卵でも投げつけられているのだろうか。

 ヴラド公ならやりそうだ。





 シーフィアが構築した情報網がうまく機能している。

 衛兵が働きバチのように行き来し、最新の情報をもたらしてくれる。


「眷属化された者が60名を超えました。およそ女とは思えぬ凄まじい膂力で暴れております。しかし、被害の拡大は限定的かと。我々衛兵が駆けつけるまでもなく、町民らが取り押さえてしまうので」


「そこは、さすがに冒険者の町だな」


 俺はこぼれそうになった笑いを呑み込んだ。

 どうもヴラド公は眷属でゾンビパニックを起こそうとしたらしい。

 しかし、オッサミアには数千人もの冒険者がいる。

 そう簡単に崩せる城ではない。


 あと2時間ほどで夜が明ける。

 太陽はヴァンパイアの弱点。

 ヴラド公とて例外ではない。

 今夜の軍配はどうやら我々に上がりそうだ。

 問題はその後か。


「それと、不確かな情報ですが、謎の集団が暗躍しているとの報告が数例あります」


「……謎の?」


「それがメイド装束に仮面という奇異な出で立ちでありまして――」


「ふ、不確かな情報を持ち寄るべきではありません!」


 珍しいことにシーフィアが怒声を発した。

 美人は怒ると怖い。

 衛兵は逃げるように下がっていった。


「申し訳ありません、オサム様。私としたことが大きな声を出してしまって……」


「いや、お互い少し疲れているのだろう」


 身辺多忙なこの時期に余計な心配事を抱えて寝ずの番だ。

 寝食不要の俺と違って、シーフィアは生身の人間。

 神経が逆立つのも無理はない。


「願わくは、このまま朝日を拝みたいところだが」


 どごおおおおおんん、と。

 領主邸が揺れた。

 がらがらと石材が崩れる音がする。

 やはり、思い通りにはいかないらしい。


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