36 フフッ。わかっちゃいたが、なーんにも楽しくないな!
涼やかな秋の風が人々の活気を運んでくる。
風に目を細め、俺は城下の町を見渡した。
日が暮れておぼろげになったオッサミアに、橙色の川が幾筋もできている。
通りを賑わす屋台の灯りや、煌々と燃える篝火が遠目には光の川に見えるのだった。
パン、パパン、と音がする。
建町記念日、前日――。
50周年を祝う前夜祭の、始まりを告げる花火の音だった。
バルコニーに立つ俺が見えたのだろう。
城下から俺の名を呼ぶ声がした。
声は重なり合い、次第に大きなうねりとなって轟く。
オサムコールだった。
面映ゆい。
俺は熱くなった頬をぽりぽりしつつ、手を振り返した。
一段と声が大きくなる。
「オサム・ダンジョー殿か。いやあ、まっこと素晴らしい御仁だ。これほど民の信を集めるとは」
「辺境に名君ありよ」
「まさしく。やはり立ち姿にも凄みがありますな」
「ええ、ええ。同じ人間の迫力とは思えませんよ」
領主の間に集まった近隣領主や王都の貴族たちがそんな話をしている。
これから前夜会だ。
50年経っても俺の根っこは庶民。
貴族に囲まれていると、白鳥の群れに紛れ込んだガチョウの気分になる。
それでもだ。
ダンジョンから離れられない俺に会うべく、名だたる貴人たちに遠路はるばるご足労いただいたのだ。
精いっぱい、おもてなしせねば。
俺は腹を決めて貴族の輪に入っていった。
お貴族様のパーティーというと、やはり白鳥のような優美なイメージがある。
実際ゲストはゆったりと羽を伸ばしている。
しかし、ホストともなると大変だ。
俺は表向き優雅に振る舞い、水面下では溺れまいと必死でバタ足していた。
なんせ賓客の数は3ケタだ。
挨拶だけで目が回る。
頻繁な衣装替えや化粧直しで水を飲む暇もありゃしない。
「フフッ。わかっちゃいたが、なーんにも楽しくないな!」
「明日は本祭。明後日は後夜祭ですね。頑張りましょう、オサム様っ!」
ドレス姿のシーフィアがにっこりと微笑んで小さくガッツポーズした。
はい可愛い!
眼福だ。
ちょっとやる気ゲージが回復した。
◇
ダンスの時間が終わり、食事が始まると俺も少しはゆっくりできるようになった。
というのも、貴族たちが料理に釘付けになっているのだ。
「す、すごい。これがフ・リョーリア殿の料理か……!」
「このお肉を見てくださいまし! 宝石のように照り輝いておりますわ!」
「王都でもこれほどの美味にはありつけぬぞ。ふおおお……」
リョーリアは今夜のために第三階層の魔物肉や魔物野菜を山のように用意していた。
それを俺の世界のレシピで調理している。
宝石のように照り輝く肉というのは照り焼きチキンのことだった。
ほかにも、オッサミアでしか食べられない絶品ダンジョン料理がずらりと並んでいる。
舌の肥えた貴族たちも目の色を変えていた。
こういったパーティーでは料理が山のように残されるのが普通だが、リョーリアの神腕に素材のよさが加わって、早くも皿の白さが目立っている。
メイドたちが運んだ分だけ貴族たちの腹の中に消えていく。
もはや社交もマナーも忘れ、ただ与えられるがまま食い続ける豚みたいになった貴族もいる。
いや、気持ちはわかるよ?
リョーリアの料理を食べたら、もうそれ以外考えられないよな。
もちろん、団子より花というゲストもいる。
イラスティリアの画才は王都まで轟いているらしい。
ツインテを夜会巻きにしたイラスティリアが絵画好きの貴族に囲まれ、得意げに筆遣いを披露している。
アブス少年の力作も好事家をうならせていた。
しかし、一番の花はやはりあの二人だろう。
月の女神を彷彿とさせる銀髪の乙女、ル・シーフィア。
雪の精霊のごとき幻想美を振りまくエ・アルビア。
二人の美少女が貴族の子弟らを虜にしていた。
にこにこしていれば引く手あまただろうに、二人は機嫌が最悪だ。
俺に嫁の話が持ち上がるたびに狂犬のような顔で割り込んでくる。
シーフィアはこれ見よがしに耳飾りを見せびらかし、アルビアも左手薬指を強調……。
「オサム様には」
「マスターには」
「「先約がございます――!」」
と、いつも喧嘩ばかりしている二人が双子みたいなシンクロ率で貴族令嬢をシャットアウトしていく。
俺より忙しそうだな。
後2日、せいぜい頑張ってくれ。
「……」
ふと大きな気配を感じた。
心臓がどくんと胸の中で跳ねる。
俺は気配のほうに目をやった。
まばゆいシャンデリアに彩られた光の世界。
そこから窓ガラス1枚挟んだ向こう側。
夜の闇が満ちる外の世界に青白い顔が逆さまに浮かんでいた。
ほんの一瞬しか見えなかった。
だが、今のはヴラド公だ。
真っ赤に光る目がまだ残像みたいに窓の外に残されている。
「……」
凍った手で背中をなでられたようだった。
胸の中で心臓が激しく警鐘を鳴らしている。
窓の向こうに見えたヴラド公は、どす黒い炎のような凄まじい形相をしていたのだった。




