35 オサムさん。ボク、陰口嫌いなんで白状するんですけどね
冷え冷えとした廊下の向こうから凄まじいオーラが吹きつけてくる。
会議室があるこの階層に来ると、身が引き締まる思いがする。
身なりを正して装備を確認。
顔には微笑を浮かべ、俺は会議室の扉を開けた。
黒い大理石でできた広い部屋に龍やらグールやら異形の主が並んでいる。
俺は軽く挨拶してから円卓についた。
ぐだぐだだった前回の反省からか、今月の階層主会議は至って真面目に進んだ。
テーマは「持続可能なダンジョン運営」と「冒険者増に伴う環境負荷対策」――。
俺は冒険者たちの最近の流行や、高性能化の一途をたどる魔動兵装について言及し、ダンジョンのこれからについて展望を述べた。
すごくデキる男って感じだ。
この姿をアルビアにも見せてやりたかった。
……が、肝心のアルビアは魔物図鑑作りと食材集めに駆り出され、本日は不在。
残念。
「あ、そうだ。オサムさん、忘れないうちに渡しときますね」
主要な議題が片付くと、反動からか一気に空気が緩んだ。
第六階層主のシュヴァさんが黒光りする巨体を揺すって円卓を回り込んでくる。
「これ、お祝いの品です。町の50周年記念の!」
「いやいや、どうもご丁寧に」
十字型の尻尾に引っ提げた小包を俺はうやうやしく受け取った。
中でガラス瓶が触れ合うような音がしている。
例の龍界の秘酒だな、と察しがついた。
「……お酒なんでグラネエさんには見つからないようにお願いしますよ?」
「聞こえてるよ。アタシも馬鹿じゃないんだ。酔って暴れるようなヘマ、二度としやしないよ。……でも、あの酒、とんでもなくおいしかったねぇ」
グラネエさんが体をこちらに向けた。
俺は手早く小包を領主邸の自室に転送した。
危ない危ない。
「ありがとうございます、シュヴァさん。とっても貴重なお酒なんでしょ?」
「いいってことですよ。なんたってオサムさんにはお世話になりっぱなしですからね」
シュヴァさんは並び立つ牙を覗かせて、人のよさそうな笑い声を響かせた。
「わたしからも受け取ってほしいものがあります、オサム先輩!」
全体的にメラメラした美少女が落ち着きなく駆けてきた。
新任・第二階層主。
プリンツェメーラ・フレアグネだ。
大きな目が瞬きするたびに、まつ毛から火の粉が散った。
「わたしからは煉獄火魔葵の花束を差し上げますっ! あったかくって幸せな気持ちになれるんですよ!」
花束とは思えない火力のものを渡される。
こんなもん松明だ。
「アチチ……!? あ、ありがとう、フレアグネ。いけさせてもらうよ……暖炉に」
「先輩に喜んでいただけて、わたし嬉しいですっ!」
フレアグネはレインボーな火花を総身からまき散らした。
「アタシからは――」
「いやいやいや。グラネエさんのはちょっと」
何か取り出そうとするグラネエさんを俺は必死で止める。
「でも、これ、アンタのためにとっといたイイトコの肉だよ?」
「腐乱死体の、でしょ?」
「そんなの当り前じゃないかい。腐ってない死体なんか渡せないよ。アタシゃこう見えて礼儀にはうるさいタチでね」
「あー、そう……」
ネエさんとは永久にわかり合えそうもない。
「――我輩はこれにて失礼する」
黒マントをひるがえし、ヴラド公が離席した。
「あちゃー。オサムさんを持ち上げたもんだから機嫌崩しちゃいましたね、ヴラドさん」
転移光に包まれるヴラド公を見送って、シュヴァさんが面白がるように言った。
「あの人もいちおう領主だから、オサムさんのこと余計意識しちゃうんでしょうね。その点ほら、ボクは陛下だから。比べる相手もいないんで気楽なもんですよ」
「シュヴァ先輩! わたし、火精霊の姫個体なので王族ですよ!?」
「アタシゃ将軍だけど、まだ心臓が動いてたときゃ国王より偉かったんだよ。何度もでかい尻を蹴飛ばしてやったもんさ」
そんな他愛のない話を俺はどこか遠くの出来事のように聞いていた。
ヴラド公の目に、いつにも増して強いものを感じた。
「オサムさん。ボク、陰口嫌いなんで白状するんですけどね」
ほかの階層主たちが帰った後で、シュヴァさんが言いにくそうに切り出した。
「陰口?」
「ええ、ヴラドさんですよ。この前、第六階層のボクの島に来ましてね。……あの人、たぶん何か企んでますよ?」
シュヴァさんはえげつない爪で頬をゴリゴリと掻いた。
「どうも最近、ヴラド城に忍び込んだ冒険者がいたようで――」
ファトマスの件か。
とすぐにビビッと来た。
ファトマスがそそのかしたのはグハンスだけだと勝手に決めつけていた。
でも、もう1組いたのかもしれない。
グハンスたちが俺のもとに来たように、第四階層にも別のパーティーが忍び込んだのだ。
「けっこう手強い冒険者たちだったみたいで。ほら、あの人、奥さん何人もいるくせに愛妻家でしょ? 奥さんを狙われたってもうカンカンで。ボクもなだめるだけで精一杯でしたよ」
なるほど。
それで、そもそもの原因を作った俺に怒りの矛先が向けられているわけか。
「すみません、シュヴァさん。ご心配をおかけしてしまったようで」
俺は内心とばっちりだな、と思いながら陳謝した。
「いえいえ。ボクも喉に刺さった小骨が取れた気分ですよ。やっぱ陰口は本人に伝えるに限りますねアハハ!」
「あはは……。シュヴァさんの喉に刺される骨があるものなんですね」
「ドラゴンの骨は硬いですからねー!」
「え、シュヴァさん、同族食べるんですか!?」
「食べますよ? 人間も牛や羊を食べるじゃないですか」
「そう、ですね……」
衝撃だった。
シュヴァさん目線だと人間もほかの哺乳類も大差ないらしい。
「ヴラドさんはブライオロス3世さんと仲がよかったですからねえ。後任のオサムさんは友の仇でもあるわけで。いろいろ大変そうですね、オサムさんも」
「ええまあ……」
「気をつけたほうがいいですよ。夜は特に。ほら、ヴラドさんってネチっこいとこあるから」
シュヴァさんは大きな背中を向けて帰るような素振りを見せた。
そこで、ハッと振り返った。
「……おっと。ボクが陰口を言っちゃってますね。反省しないと! ――それじゃ」
まばゆい転移光を見送り、俺はしばし茫然と立ち尽くした。
明日は建町祭の前夜祭だ。
何事もなければいいのだが……。
そんな不安自体がフラグのような気がして落ち着かない気分だった。




