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34 残しちゃらめえ……!


 ルルガゥの背中で揺られていると、頭上を覆っていた枝葉が突然開けた。

 岩場に囲まれた窪地のような場所。

 ここは冒険者が滅多に来ない場所だった。

 入念に人がいないのを確かめてから、俺は岩場に腰を下ろした。


「それじゃアルビア、まず巨腕潰蟹ヴォーパル・クラブを呼びなさいよ。あの馬鹿でかい雑魚ガニよ」


 イラスティリアがイーゼルを立てながら言った。

 アルビアは管理者権限で第三階層の魔物を自由に動かすことができる。


「嫌です。わたくしはマスターの命令にしか従いません」


 そう言う割に、アルビアの赤い瞳は物欲しそうな光を宿してイラスティリアに向けられている。

 交渉の余地があるらしい。


「あーハイハイ。後でオサムの絵も描いてあげるわよ。ほらさっさと呼びなさいよ」


「魔物1体につきオサム様の御真影を1枚いただきますので」


「わかったわよ、もー。面倒臭いわね、あんた……」


「商談成立です」


 俺は二人のやりとりをあっけに取られて聞いていた。


「俺の絵というのは?」


「こちらでございます、マスター」


 アルビアがポストカードの束をトランプみたいに広げた。

 その1枚1枚に俺が描かれている。

 食事中の俺。

 寝ている俺。

 書類の山に絶句する俺。

 あくびしている俺。

 町を散策する俺、などなど。

 盗撮写真みたいなリアリティで俺の何気ない日常が紙面に切り取られている。

 ぞわっとした。


「え、なにこれ……」


 答えたのはリョーリアだった。


「イラスティリアちゃんが描いてくれる素敵なオサムちゃんグッズよぉ。みんなで持ち寄って自慢し合ったり、交換したりしているのぉ」


 トレカみたいに!?


「わたしのお気に入りはぁ、この5枚かなぁ」


 半裸で木刀を振るう俺や風呂上りの俺などなど。

 露出度の高いものばかりが俺の前に広げられた。

 フ・リョーリア、お前もか。


 ショックを受けているうちに茂みの奥から巨大なカニが這い出してきた。

 行儀のいい犬みたいにおすわりして泡を吐いている。


「あたしはテキトーに絵を描いているから、あんたたち戦いなさいよ」


「戦う必要はないだろう。せっかくおとなしくしているんだから」


「躍動感とかほしいじゃないの。早くしなさいよ、ざぁこ!」


 とんだ無茶ぶりである。

 俺とルルガゥが仕方なくカニの相手をすることになった。


「ちょっと動いてんじゃないわよ! 被写体のくせにじっとすることもできないの? ほんとざぁこ、ばぁかばぁか!」


「あいつ、俺が絵の具の熊に乗らなかったことを根に持っているんだぞ、きっと」


「がぅ……」


 ルルガゥもあきれているようだった。


「アルビアちゃん、わたしは暴食極豚グラトニー・ホッグを呼んでほしいかなぁ。なるべく大きいのを」


「わかりました。でも、リョーリア、階層管理者としてのわたくしはダンジョン側です。人間側に便宜を図ることはできません。呼び寄せた後は自力で討伐してください」


「わかってますよぉ」


 グラトニー・ホッグは第三階層でも十指に入る凶暴な魔物だ。

 あのおっとり系のリョーリアママが魔物と戦う……。

 1ミリも想像できなかった。


 ドドドドドドド、とジャングルが揺れる。

 木々を薙ぎ倒し、岩を粉砕して、巨大な豚が現れた。

 真っ直ぐにリョーリアめがけて突っ込んでいく。


「がうがう!」


 カニの脚を1本食いちぎったルルガゥが褒めて褒めてとばかりに俺に飛びついてきた。

 一瞬視界が白いモフモフでいっぱいになる。

 次に見たとき、グラトニー・ホッグは巨大なブロック肉に変わっていた。

 リョーリアがチャキンと包丁を納める。

 まるで、つまらないものを斬り終えたサムライのように。


「困るわよねぇ。おいしい食材ほど手強いんだものぉ」


「瞬殺しておいて何言ってんのよ、あんた……」


 そう言うイラスティリアも絵の具の弓矢でヴォーパル・クラブを瞬殺している。


「お前たち、いつの間にそんなに強くなったんだ?」


 何体か魔物を倒した後、焚き火を囲んでそんな話をする。


「ふっふん! 夜な夜な猛特訓して強くなったのよね、あたしたち!」


「シーフィアちゃんが言い出したのよねぇ。オサムちゃんに守ってもらうばかりじゃダメダメなんですよぉって」


「ちなみに、マスター。この階層で一番強いのはわたくしかと」


「がぅ!」


 アルビアはこの階層の魔物や精霊を自由に動員できる。

 ある意味、俺より強い。


 駄弁っているうちに食欲を誘う香りが漂い始めた。

 リョーリアがぱかっ、と鍋蓋を持ち上げる。

 ぐらぐら煮立った鍋から赤い甲殻と純白の身がはみ出している。

 カニ鍋だ。


「お残しはぁ、ぷんぷんなんですよぉ?」


「このうまそうな料理を残せる奴がいようものか」


「いないわね! そんなざぁこ!」


「まったくでございます」


「がるるがぅ!」


 汁をズズズ……、とすする。

 そして、全員無言になる。

 息継ぎも忘れて手と口だけをひたすら動かす。

 皿の底まで舐めるようにむさぼってから顔を上げると、天に召されたような面持ちのエルフ娘たちが見えた。

 俺も召され顔になっているはずだ。

 そんなレベルのおいしさだった。


 リョーリアの料理手腕は『神の腕』と称されている。

 王国中から弟子入りを乞う料理人が列をなすほどの実力だ。


「ダンジョンの獲れたて新鮮食材でリョーリアのごはんを食べられるなんて、俺たちより幸せな奴は存在しないに違いない……」


 アルビアとイラスティリアがこくこくと頷いた。

 グラトニー・ホッグのステーキに食らいついているルルガゥもガウガウ言っている。


「ほう! かぐわしき香りをたどって来てみれば、なんぞ楽しき宴の真っ最中ではないか! ウハハハハ!」


 聞き覚えのある豪快な笑い声が轟いた。

 藪を漕いでひげの男が現れる。

 ピザパーティーのときに乾杯したおじさんだ。

 冒険者だったのか。

 その割にはろくな装備もない。

 以前にも増してボロっとした格好になっていた。


「ウハハハハハ! この5日ほどダンジョンをさまよい歩いておってな。わしは空腹ぞ!」


 ウハハおじさんは俺の隣にどっかりと腰を下ろし、当然のように膳を受け取った。


「どれ、わしにも舌鼓を打たせるがいい! ズズズズズ……ッ!」


 イラスティリアが素早く筆を走らせた。

 筆先から本物にしか見えない餅が現れる。

 絵に描いた餅だ。

 それをスッとおじさんの前に差し出し、ぶひゅひゅひゅひゅ、と笑い声を殺している。

 なんて悪い子なんだ。

 俺はススッと押し返しておいた。


「実にうまい! カニ……否、神の味がするぞウハハハハハハ!」


 おじさんもご満悦だった。


「それにしても、リョーリア。あんた、最近一段と肉がついたわねー」


「ふぇえ!? ほっそほそなんですよぉ?」


「下腹ぽよんぽよんじゃないの。絵にして残そうかしら、後世に」


「残しちゃらめえ……!」


「ぐえッ」


 イラスティリアが吹っ飛んで茂みの向こうに消えていった。

 お残しはゆるさない。

 それが我らのリョーリアなのだ。


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