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30/44

30 ものすごく低レベルな煽りだな……


「おん?」


 ある朝のことである。

 起きると、目の前によだれを垂らした顔があった。

 ボーイッシュで耳長。

 そして、よれよれの白衣。

 そんな少女が俺の寝間着を小さな手で握りしめ、くかー、と幸せそうな寝息を立てている。

 朝チュンだ。


「おはようございます、オサム様。今日も気持ちいい秋晴れの――」


 いつものごとく俺を起こしに来たシーフィアがビタッと凍りついた。

 いや、違うんだ……。

 俺がこんないたいけない子を閨に連れ込む悪いおじさんに見えるか!?

 見えるとしたら……。

 ショックだ。


「ごくり……」


 以前、アルビアが俺の寝室に忍び込んだときは、シーフィア山がドカンと噴火した。

 それを思い出して俺は身構える。

 が――


「もう、レッチェったら。またオサム様のベッドに忍び込んで」


 シーフィアは困り眉で頬を膨らませただけだった。


「こら、起きなさい。レッチェ」


「んむー」


 この気持ちよさげに眠っている子は、エ・トルクレッチェ。

 エルフ娘たちの中では年少組だから、みんなから可愛がられている。

 ボーイッシュで弟っぽいところが余計可愛く見えるらしい。


「んー、オッサムン。たまにはボクとあそぼ……」


 トルクレッチェは眠たげにまぶたをこすり、懐いた猫みたいに身を寄せてきた。

 シーフィアがすかさずブロックする。


「ダメですよ。オサム様は公務でお忙しいのですから」


「それなんだがな。今日は鍛冶屋通りで花火の準備状況を視察しようと思っているんだ」


 建町祭の夜に花火大会を予定している。

 火を使うから安全管理は徹底したい。

 花火大会の受け持ちは鍛冶屋通りのドワーフたちだが、その道すがら、


「トルクレッチェの工房にも寄るつもりだ」


「そんなぁ。私もオサム様と遊びたかったのに」


 シーフィアが子供のようなことを言った。

 遊びじゃなくて公務な?





 朝食をすませ、トルクレッチェと領主邸を出る。


「裏門から出るのは久しぶりだな」


「んー。ボクはいつもこっち……」


 トルクレッチェは当たり前のように俺のローブを握っている。

 松葉杖みたいに寄りかかってくるので歩きにくい。

 こんな子だが、オッサミアいちの魔道具職人だ。

 城塞兵器から調理器具まで何を作らせても超一流。

 オッサミアの技術水準を跳ね上げた天才発明家である。


 トルクレッチェの工房は鍛冶屋通りの一番奥、領主邸の陰にぽつんとたたずんでいる。

 年中、日が当たらない陰気な場所だ。


「オッサミアきっての天才発明家がなにもこんなところに居を構えなくてもいいだろうに。トルクレッチェなら中央通りの一等地に工房を持てるだろう?」


「んー。だって、ここが一番オッサムンのとこに近いし……」


 そんなふうに言われると俺も頬が緩んでしまう。

 シーフィアたちが甘やかすのもわかる。

 おー、よしよし!


 猫可愛がりしているうちに、工房に到着。

『オッサミミ工房』という看板の下にずんぐりした影が3つあった。


「ム! ようやく来おったか、金床娘よ!」


 瓜二つ……否、瓜三つのドワーフトリオが俺たちの前に仁王立ちした。


「「わしらはあのドワーフ界の大名工『金鎚きんつい』のドワンコフが一番弟子――」」


「『青ひげ』のワラッフ!」


「『黄ひげ』のキノイエフ!」


「末っ子のレンガンフ!」


「「三人合わせて『三つ巴三兄弟』――!」」


 かっこつけたポーズでそんな口上をのたまった。

 一番弟子が3人いるとか、末っ子だけ二つ名がないとか、三つ巴だと喧嘩しそうとか、ツッコミどころがてんこ盛りだ。

 手先以外は大雑把――。

 それがドワーフ族なのだ。


 三兄弟はメラメラする目でトルクレッチェを睨んでいる。

 エルフとドワーフが犬猿の仲なのはありがちだが、少なくともエルロキア王国では両種族の間に軋轢はない。

 ただし、ここ、鍛冶屋通りだけは別――。

 ものづくりに誇りを持つドワーフたちにとって、「オッサミアいちの魔道具職人」の座は特別なもの。

 そこに座っているのがエルフ(トルクレッチェ)では面目丸潰れだ。


 もちろん、トルクレッチェもトップを譲るつもりなど毛頭ない。

 よって、こういう構図が成り立つ。


 エ・トルクレッチェVSドワーフ職人衆――。


 この30年、両勢力はトップの座をかけた熾烈な開発競争を繰り広げている。

 辺境領地にすぎないオサマバードがテクノロジー先進国をやっていられるのは、この変人たちのおかげなのだった。


「「金床娘よ、今日こそ決着をつけようぞ!」」


 トリオは声をハモらせ、人差し指を突き付けた。

 職人同士の決闘か。

 これは熱い展開だ。

 しかし、とうのトルクレッチェは眠そうな目で空を眺めている。


「ねえねえオッサムン、どうして空は青いのかな」


 完全にどこ吹く風だ。

 三兄弟を目の端にも入れていない。


「ムぐぐぐ……。弟子3人では不足と申すか。おのれぇ……」


「いんや兄者。この小娘め、わしらに勝てぬと見て及び腰なのじゃ、きっと」


「なんと!? 眼中になしという顔で、実は内心ビビリ散らかしておると申すか……!」


「あ、ほれ! 今、耳がぴくりと動いたぞい。図星じゃ図星じゃ!」


「ワフフフ! 見た目通り尻の青いガキということかの!」


「耳長バーカバーカ! ワフフフフ!」


「ものすごく低レベルな煽りだな……」


 俺は可哀想な目で三兄弟を見下ろした。

 こんな安すぎて値札もつかないような喧嘩を買う奴、異世界中を探しても見つかるまい。


 ……と思ったのだが、俺のすぐ横で見つかった。

 誰あろう「オッサミアいちの魔道具職人」トルクレッチェ様だ。

 三兄弟にガン飛ばしながら、わかりやすくブチギレている。


「ねえねえオッサムン。ボク、ちょっとこの土いじり馬鹿トリオを廃棄処分してくる。ちょっと待ってて」


 待たない待たない。

 ピキっているトルクレッチェは貴重だ。

 もう少し眺めていたい。

 それに勝敗にも興味がある。


「よし!」


 と俺は手を打った。


「ここは公平を期し、俺がジャッジを務めよう!」


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