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29 ぼく、でかいパン食べたい!


 町の中央広場には世界樹みたいな巨木がそびえている。

 例の奇跡の一本杉だ。

 ほかの木を切ったから、この木に栄養が集中したらしい。

 町の発展に合わせて巨大化し、今では『オッサミア大魔杉』と呼ばれて、町のランドマークになっている。


「おや、オサム様。町をご視察ですかな?」


 ブリッジ気味に木を見上げていると、視界の上のほうに老人が映った。

 町の初期メンバーの一人、農夫のファマロじいさんだ。

 建町当時を知る人も少なくなってきたな。

 と一抹の寂しさが胸を突いた。


「おはようございます、領主様!」


「ご領主様のおかげで今日も繁盛してますよ!」


「どうですか、うちのパンをおひとつ!」


「うちのスープも飲んでってくださいよ! 領主様!」


 買い物客やら商店の店主やらがどわっと集まってきた。

 一人でブゥテンバルド軍を追い払った話がまだ生きていて、領民は親しみをもって俺に接してくれる。

 パンやスープはまたいただくとして、


「みんな、何か困っていることはないか? 直訴する絶好の機会だぞ」


 俺は声を張ってそんなことを問いかけた。

 何かしら領政に不満があるなら、建町記念日までに片付けておきたい。

 ……と思ったのだが、みんな腕組みしてウーンとうなるばかりだ。


「この町はご領主様のおかげでなんの不自由もありませんからねぇ」


「まったくだ。オッサミアに不満がある奴はきっと天国でもブーブー言うだろうさ」


「領主様こそ困りごとはないかい? あたしたちが力になるよ!」


 あはは……。

 それは頼もしい。

 が、しかし、なんとも張り合いのない。

 領民に不満がないと領主の出番がない。

 暇になってしまう。

 俺にしかできない無理難題を突き付けてくれるほうが嬉しいのだが。


「ぼく、でかいパン食べたい!」


 はなたれ小僧が出し抜けにそんなことを言った。


「この木みたいにでっかいの!」


 キラキラした笑顔で両腕を広げ、そして、少し不安そうに首をすぼめる。


「だめ?」


「ほっほっほ。オサム様のことじゃ。きっと叶えてくださるぞよ」


 うむ。

 ファマロの言う通りだ。

 さすが初期メン。

 よくわかっているな。


「よし、坊主! でかいパン、作るか!」


 俺はニキッと笑って請け合った。





 でかいパンを焼くには、でかい窯がいる。

 ドワーフの職人たちに特急料金でお願いすると、わずか1日で巨大な窯を造ってくれた。


「中で生活できそうだな」


 覗き込んだ俺の声がぐわんぐわん反響している。


 さて、設備は整った。

 次はパンのほうだが、


「平たい生地にすればぁ火が通りやすいかしらねぇ」


 リョーリアに相談するとそんな助言を得られた。

 なら、パンというよりピザを目指すか。


 料理開始。

 まずは、市場でアホほど買い込んだ小麦粉をクソでかボウルにぶち込む。

 そして、バケツリレーで注水。

 白い泥遊びみたいなことをする。


「ぼくもやりたーい!」


 と昨日の坊主が参戦し、


「「わあああああああ――――っ!」」


 と町の子供たちも輪に加わる。

 そして、純白の泥合戦が勃発した。

 町民が入れ替わり立ち替わりやってきては、アホなことやっとる、って顔で帰っていく。

 ホントだよ。

 小麦粉が可哀想だ……。


 手に負えなくなってきたところで、料理とガキの扱いに長けたリョーリアママが登場。

 俺は恥も外聞もなく泣きついた。


「リョーリア、俺に料理を指南してくれ。ピザを作っているはずなのに泥の海しかできん……」


「ぴぃざってオサムちゃんの故郷のお料理ぃ!? わたしぃ、興味しんしんなんですよぉ!」


 おっとり系のリョーリアが珍しくググイと食いついてきた。

 リョーリアは俺の故郷――元の世界の料理に関心があるようで、しきりにレシピをせがんでくる。

 そういえば、ピザはまだ教えていなかった。

 ちょうどいい。

 伝授しよう。

 その代わり、あとは全部やってくれ……。


 餅は餅屋ってのは本当だ。

 リョーリアに任せるとトントン拍子で進んだ。

 もちろん俺もただ見ているだけではない。

 財力に物を言わせて市場のウインナーとチーズを買い占めてやった。

 贅沢に全部載せといこうじゃないか。

 領主たる俺にのみ許されし究極の散財ピザを見せてくれる。


 太陽が天頂に至った頃、窯の中から得も言われぬ匂いが漂ってきた。

 少しツンとするのはトマトソースの香り。

 そこにチーズの芳醇な香りが混ざる。

 ああ、たまらん。


 匂いに釣られて集まってきた領民たちの前で巨大窯がご開帳。

 直径10メートルはあろうかという特大ピザが陽光の下に現れた。

 おおおおお、と大歓声。

 大魔杉の年輪をイメージして並べた具材が実に鮮やかだ。


「それじゃあ、切り分けるわねぇ」


 リョーリアが包丁を手にピザの前に立った。

 と、そのとき俺の脚に幼子がじゃれついてきた。

 それに気を取られ、ほんの一瞬目を離す。

 視線を戻したとき、すでにピザはカットされた状態になっていた。

リョーリアがサムライみたいな所作で包丁を納めた。


「え、今何し――」


 おおおおおおおお、と。

 さっきより数段大きな歓声が俺の戸惑いを掻き消した。

 何かすごいことが行われたことだけは確かだ。

 まあいいか。


 俺は自腹で買ったザクロ酒の大樽を開けた。

 子供向けにキャロットジュースの樽もある。


「それじゃ、乾杯といこう! 私の奢りだ! みんな好きなだけ食べてくれ!」


 帽子を投げ上げて歓呼する領民を尻目に、俺はチーズしたたる肉厚の生地にかぶりついた。


「……ふむ」


 率直な感想を言えば、大味だ。

 でも、うまい。

 青空の下、大人数で食べる食事というのは特別なスパイスが働くのだろう。

 2000人前はあったピザがあっという間に消えていった。


「この1回ポッキリで窯を壊すのはもったいないな」


 町のパン屋に払い下げて、『大魔杉の年輪ピザ』をオッサミアの新名物にするというのはどうだろう。

 子供たちの満足そうな笑顔を見ていると、うまくいきそうな気がする。


「ウハハハハ、領主よ! これは実に美味なるパンよな! ウハハハハッ!」


 子供よりエンジョイしている大人もいる。

 両手に酒杯を持ったひげのおじさんが大爆笑している。

 全体的にボロっとした御仁だが、豪放磊落というか妙なカリスマを感じる。


「この酒も美味なり! どれ、わしと杯を交わそうではないかウハハハハ!」


「うはは……」


 勢いに押されて、乾杯。

 なんにせよ、オッサミア初のピザパは大成功で終幕したのだった。


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