28 ホワイトブリ……
ファトマスが変わり果てた姿で発見された。
領主の間に引見した翌朝のことだった。
場所は杉の木広場。
急報を受けて駆け付けた俺が見たのは目を覆うような光景だった。
「ファトマスが……裸吊り!?」
――にされていた。
ロープで雁字搦めにされ、一本杉の枝に逆さまに吊るされていた。
顔はボコボコで、虫の息。
そして、でっぷりとした腹には「天誅」と赤い塗料で書き殴られていた。
木の根元には見慣れぬ看板があり、ファトマスが犯したと思われる悪行の数々が事細かに列挙されていた。
ご丁寧に証拠の品まで置かれている。
こうして、ファトマスは救助されるとともに衛兵に連行されたのだった。
そして、衝撃の事件から数日が過ぎ、衛兵団から捜査報告が上がってきた。
驚いたことに、ファトマスは自らの犯行をことごとく認めているらしい。
あのファトマスが、だ。
脱税、闇金融、同業他社への嫌がらせなどなど。
掘れば掘るだけ出てくると衛兵も半ばあきれた様子だった。
しかし、取り調べが裸吊りの話に及ぶと、ファトマスは途端に口をつぐんだ。
真っ青な顔でガタガタ震え、子供のように泣きじゃくるばかりで要領を得ないらしい。
面会に訪れた家族も、まるで人が変わったみたいだと嘆いていたそうだ。
「ふーむ」
と俺は領主の座に背を預け、天井を仰いだ。
「あのファトマスが自供するなんてな。今日の天気は晴れときどき槍だな」
「よっぽど怖いことがあったのでしょうね」
紅茶をカップに注ぎながらシーフィアがにっこりと笑った。
そうかもしれない。
ファトマスが走狗に使っていたゴロツキ連中も裸に剥かれて縛られていたそうだが、数日経った今も歯の根が合わぬほど震えているらしい。
得られた証言はただひとつ。
「ホワイトブリ……」
ファトマスは独房でうなされながら、そんなことをつぶやいたそうだ。
白い鰤、か。
オッサミアのそばを流れる川は海まで続いている。
回遊性の高いブリなら遡上してきてもおかしくはないが……しかし、なぜブリ?
しかも、白いという。
白身のブリ?
異世界の海中事情はよくわからん。
そういうのも、いるのかもしれなかった。
「一体誰の仕業だろうな」
このオッサミアでは時折こういった事件が起きる。
勧善懲悪というか、世直しというか、どうも闇夜に紛れて何者かが暗躍しているらしい。
「オサム様はどう推理されているのですか?」
シーフィアは俺に背を向け、カタ、コト、とティーポットを片付けながら問うてきた。
心なしか声が硬い。
「さてな」
ちまたでは仮面の掃除人なんて流言もあるようだが、しょせんは噂。
あてにならん。
今ある情報から素直に推理すると、
「白身のブリが川から這い上がってきてファトマスを裸吊りにした」
となる。
「……へ?」
シーフィアが小首をかしげている。
いや、忘れてくれ。
ただの妄言だ。
「しかし、困りものだな」
領民たちは悪徳商人に天罰が下ったと好意的に受け止めている。
でも、結局のところは私刑だ。
認めることはできない。
模倣犯が現れても困る。
「早急に対処すべきだろうな」
「まあ、よいではありませんか」
「っ? シーフィアにしては投げやりな意見だな」
「そ、それよりオサム様、建町50周年記念祭はもう間近ですよ。気の早いお貴族様はそろそろ王都から到着される頃合いでは?」
「そうだった……!」
ファトマスやグハンスに気を取られて失念していた。
オッサミアの記念すべき建町50周年祭!
建町以来最大規模のイベントになる予定だ。
王都からも名だたる貴族がお越しになる。
失敗は許されない。
捜査は衛兵に任せて、俺はこっちに専心すべきだろう。
「さて、じゃあ町を視察するかな」
領都は領主の顔だ。
お貴族様に顰蹙を買わぬよう、ひげが伸びたり肌が荒れたりしていないか、身だしなみをチェックしておかねば。
「お供いたします。……と申し上げたいところですが、私は賓客の皆様をお迎える準備がありますし」
オサム様と町デートするチャンスなのに……、とシーフィアは小さな声でボヤいた。
ぐぬぬぬぬ、って顔をしている。
「まあ、一人でぶらついてくるさ」
俺は根が平民だからな。
供回りがいると落ち着かない。
ということで、町に繰り出すことにした。




