26 必ず報いがあります
グハンスたちを斬った日の夕刻。
俺は険しい顔で領主の座にかけていた。
「ファトマス、よく来たな」
よく顔を出せたものだな、という意味も込めたので俺の声は侮蔑的な響きを帯びていた。
「いやあハイ。短兵急と申しますか、衛兵が商会まで押しかけて来たときには一体何事かと周章狼狽したものでございますハイ」
前回の低頭ぶりが嘘のようにファトマスは肩をそびやかしていた。
こころもち頭を下げているが、そのせいでかえって挑みかかるような顔になっている。
横に控えたシーフィアがムッとするのがわかった。
「ずいぶんと強気のようだな」
「はて、なんのことでございましょう」
「ここに呼ばれた理由はわかっているはずだ」
「わたくしのごとき俗物にご領主様の深甚なるお考えを推し量るなど、とてもとても」
ファトマスは面白がるような笑みを浮かべている。
そういう態度で来るだろうことは予測していた。
実際、しらを切られるのが一番やりづらい。
ため息を堪えて、俺は切り出した。
「グハンス率いる『踏嵐す者』が消息を絶った。何か知らないか?」
「グハんす? デスペ? あいや面目次第もございません。わたくし世情にはとんと疎いものでして、そのようなものは寡聞にして存じ上げませんな」
「先だって君がここに連れてきた冒険者の名だ」
「ああ、そのようなこともございましたな。失念しておりました。ほう! 消息不明と! それはそれは痛ましいことでございますな」
白々しい。
だが、今日に始まったことではないので目くじらは立てない。
「目撃者によると、どうやら彼らは第三階層のボス部屋に立ち入ったらしい。先般、君が規制緩和を求めていたあの場所にだ」
「左様でございますか」
「何か知らないか?」
「いえ。何も存じ上げませぬな」
「率直に言おう。私は君が彼らをそそのかしたものと見ている」
「証拠はございますか?」
ファトマスは食い気味にそう問うた。
証拠は……ない。
ゆえに、俺は即答できなかった。
それをファトマスは技ありでも取ったような顔で見つめている。
「君がグハンスらを使嗾した旨、証言がある」
証拠を求められて証言を出す。
この斬り返しが甘いのは自分でもわかっている。
「無論、そのような事実はございません」
やはりと言うべきか、ファトマスは涼しい顔でかわしてみせた。
「世の中には実に様々な風聞があるものでございます。それにいちいち真贋をつけていては、それだけで1日が終わってしまいましょう。ご領主様、どうぞその証言者めをわたくしの前に連れてきてくださいませ。わたくしがホラを吹かぬよう言って聞かせますゆえ」
証言者は俺自身が斬って捨てた。
マヌケな話だ。
「いやあ、しかし、なにですな」
攻めどきと見たか、ファトマスはカッとまなじりを裂いた。
海千山千の老商人だけに剣客のような凄みが出ている。
「急に呼びつけられて来てみれば、粗茶の一杯も出ぬ上に、毛ほども心当たりのないことでさも悪党のように糾弾される始末……。これには温容をもって任じるわたくしをして鬼相を禁じ得ませんな」
好き放題言ってくれる。
だが、こちらは状況証拠ばかり。
決定打を持っていない。
俺は口をつぐむしかなかった。
「それにしても冒険者様方は実に勇敢ですな。いえ、蛮勇と申しましょうか。わたくしにはおよそ理解できませぬ。おのが力量もわきまえず、愚にもつかぬ名誉欲のために、あたら花散らすとは。馬鹿は死なねば治らぬとはいえ、笑止の沙汰でございますな」
ファトマスは声を立てて笑った。
他人事のように笑い飛ばすことで無関係だと主張したいらしい。
「……」
俺は軽いめまいを覚えた。
それほどの怒りを感じていた。
グハンスはたしかに手に負えない悪ガキだった。
憎まれることのほうが多かっただろう。
だが、俺はまだ幼かった彼が大きくなっていく一部始終を見てきた。
冒険者になり、初めて魔物と戦ったことを嬉々として話してくれたときには、自然と笑顔にもなった。
そんなグハンスを斬らねばならなかった。
それは俺自身が生んだ業の報いかもしれない。
それでも、きっかけを作った者に相応の罰を与えてやらねば気がすまない。
そう思うのはいけないことだろうか。
「……」
俺はぎゅっと握りしめていた肘掛けから手汗を拭い取った。
感情的になるのはよくないな。
「いかがでございましょう、ご領主様。わたくしの疑いは晴れましたかな」
ファトマスはもう勝った気でいる。
疑いは晴れるどころか、むしろ確信に変わった。
しかし、確証は依然としてない。
「いずれにしましてもハイ! わたくしには心当たりなきことでございます。これ以上追及されるおつもりならば相応の証拠を示していただきませんと」
「……今日は下がってくれていい」
内心殴ってやろうかと思いながら、俺はそれだけ絞り出した。
今日は、とか付け加えたのは負け惜しみのようなものだった。
結果だけ見たら惨敗だ。
完全に言いくるめられた格好。
証拠がないのだ。
どうしても追及側が不利になる。
「それでは失礼いたしますハイ」
「ファトマス」
ご機嫌な丸い背中に冷ややかな声がかかった。
あまりにも冷たい響きで、一瞬誰の声かわからなかった。
が、この場には俺とファトマスを除けば、シーフィアしかいない。
「必ず報いがあります」
シーフィアは凄まじい目をしていた。
横合いから見上げただけで悪寒を覚えた。
こんな視線を真正面から浴びせられたらさぞや肝が冷えるだろう。
そう思ってファトマスを見ると、やはり短剣で胸を刺されたような顔をしていた。
勝者の余裕は完全に霧散していた。
ファトマスは逃げるような足取りで領主の間を去っていった。
「申し訳ありません、オサム様。思わずカッとなってしまいまして」
そう恥じ入るシーフィアは普段の心優しいシーフィアそのものだ。
あのすごい目は俺の見間違いか?
「それで、どう処されるおつもりですか?」
「ふむ。心象は限りなく黒なんだがな。いかんせん証拠がない」
「この地の領主はオサム様です。処すべきかと」
「処す処す言うな。法治を歪めて、お手盛りで信賞必罰を決めれば暗君の誕生だ」
何事にもやり方があって、尻が汚れているからと手で拭けば手が汚れる。
「必要な材料を揃えないとな」
「ですが、オサム様」
「そうだな。奸智に長けたファトマスのことだ。証拠は何ひとつ残していないだろうな」
金と刀で解決できる問題なら俺は誰よりも躍動できる。
だが、知恵となると人並みだ。
成金の脳筋で申し訳ない……。
「きっと大丈夫ですよ、オサム様。罪にはそれにふさわしい罰が用意されているものです」
シーフィアは屈託なく笑った。
天女のごとき笑みだ。
でも、なぜか胸騒ぎを感じた。
これ以上のトラブルは困るぞ?
こういう忙しさなら、暇なほうがマシだ。




