25 マスター、よく頑張りましたね
初めて人を斬ったのはもう30年以上も前のことだ。
爾来、毎年のように斬ってきた。
すでに人斬りとしてはベテランの域。
それでも慣れるという感覚には縁遠い。
たぶん、永久にお近づきになれない。
なりたくもない。
……人として、な。
でも、暇だからと冒険者たちを招いておきながら、禁を犯したと難癖つけて斬首する俺は、とっくに迷宮の魔物と化しているのかもしれない。
少なくとも、まっとうな人間じゃないのは確実だった。
俺は血を切って刀を納めた。
柄を握った手が石みたいに固まっている。
無理やり指を引っぺがすと、返り血でべったりした手のひらが見えてぎょっとした。
指の間にはグハンスたちの残骸が見えている。
俺は呼気を整えて階層主の間を見渡した。
血の海。
肉塊が岩礁みたいに浮かんでいる。
これを自分がやったのか。
来るところまで来たな、と思う。
でも、不思議と充足感もある。
挑戦者を見るとこの階層を守ってやるぞという使命感がうずくし、戦いが終われば守り切ったという達成感が湧いてくる。
やはり、俺は人間側というよりダンジョン側なのだろう。
「お疲れ様です、マスター」
アルビアが巨大な白虎に乗って現れた。
「がるるがぅ!」
と白虎が子猫のノリでじゃれついてくる。
アルビアの従魔。
魔虎種の白化個体だ。
名前はガ・ルルガゥ。
頭をなでてやろうとして俺はぴくりと手を止めた。
白い毛並みを見ていると、俺の手で触れてはいけないような気がした。
「マスター、よく頑張りましたね」
真っ白な両手が俺の手を包んだ。
少し微笑むようにしているアルビアを見ていると、ゆるされたような気がして、自分が情けなくなる。
俺は照れ隠しに頬をぽりぽりした。
「……」
冷静になったからだな、遅まきながらアルビアが青ざめていることに気がついた。
目には涙。
俺が心臓をぶち抜かれるところを窓で見たんだろう。
アルビアは普段のメイド服の上から鎧をつけている。
俺に万が一あらば、ルルガゥに乗って加勢するつもりでいたようだ。
「すっかり心配をかけたようだな」
「チッ」
「え? 何に対するチ!?」
「わたくしのマスターを汚い血で汚しやがった連中に対する、チッ! ……です」
「ああそう」
普段通りで安心した。
「マスター」
アルビアは涙を拭って一歩詰めてきた。
なんか圧を感じる件。
「お風呂の用意ができてございます。どうかその後、寝室でわたくしをご所望ください」
「いや、それはちょっと」
「そうですか。では、寝室でお食事をご所望ですね。メインディッシュはわたくしにします? わたくしにします? それとも、わ・た・く・し?」
3択全部お前かよ……。
まあ、これも普段通りか。
「今日も4択目、仕事だ。この後とっちめないといけない奴がもう一人いるのでな」
「……チッ。その不埒者をわたくしがとっちめたい気分です」
アルビアは真っ白な顔に陰惨な闇をにじませている。
本当にやりそうで怖い。
「さて」
俺は主宮殿がある奥扉のほうに足を向けた。
鎧を脱いだら領主モードであの奸物を引見しなければ。
と思っていると、――がしっ。
背中に抱きつかれた。
アルビアが俺の肩甲骨のあたりに顔をうずめている。
ルルガゥが心配げな声でうなった。
アルビアは泣いているようだった。
「よかったです。マスターがご無事で」
「……」
俺はなんと返したものかと立ち尽くした。
普段通りかと思ったが、全然違う。
寝室がどうのと言っていたが、要するに、アルビアはもう少し一緒にいたいと言いたかったのだろう。
だいぶ心配させてしまったらしい。
心臓ぶち抜き映像のライブ・ビューイングだ。
ショック受けて当然か。
「あー、少し時間にゆとりができた。ゆっくりしていこうかな」
「至急、勝負服に着替えてまいります」
「そういう意味ではなく」
俺たちはボス部屋の隅に並んで座った。
アルビアはしくしく泣きながら俺の腕にまとわりついている。
ルルガゥがいたわしげに喉を鳴らした。
「駄目です。わたくしがマスターを独り占めするのです。ルルガゥはあっちでお肉でも食べてなさい」
「がう!」
「いや、ダメだぞ!? そのお肉、食べちゃダメなやつだからな!?」
「がう?」
「綺麗さっぱり食い尽くしなさい!」
「がう!」
「あ、コラ! がうじゃない……!」
ゆっくりしている場合ではなくなった。
俺はルルガゥを制止すべく、しがみついた。
その俺にアルビアがしがみつき……。
そのまま引きずられる。
シュールな光景が血みどろのボス部屋で繰り広げられたのだった。




