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23 ……クソがよ


『百獣遺跡』階層主の間・最奥部。

 主宮殿の一室で、俺は鎧に腕を通した。

 和洋折衷の武者鎧で、ずいぶんと年季の入った出で立ちをしている。

 これは前・階層主から譲り受けたものだった。


『獅子武王』ブライオロス3世――。


 ライオンの顔を持つ武将で、豪儀な男だった。

 彼亡き後は俺の私物になっている。

 普段身につけている刀『逢魔叢雲剣あまのむらくものつるぎ』もそのひとつだ。


「――よし」


 兜の緒を締めると腹も決まった。

 気分は戦国武将だ。


「マスター、ご武運を祈っております」


 アルビアはいつもの無表情だったが、声の端が震えていた。


「まあ、そう案ずるな」


 頭にポンと手を乗せて、俺は主宮殿を出た。

 階層主の間はしんとしている。

 苔の匂いがして、どこか落ち着く。

 俺はかつてブライオロス3世が立っていた場所に仁王立ちした。


 巨大な石門扉が開いたのは四半時ほど経った頃だった。

 4つの影が警戒した足取りで駆け込んでくる。

 先頭に立つのはリーダーのグハンス。

 その隣で盾を構えている巨漢が盾役のクンタ。

 影の中に身を潜める小柄の少年がレンジャーのヤレン。

 最後尾で杖を持っているのは女神官のプリスタだ。

 4人ともヤンキー顔だから、妙な一体感があった。


 ところどころ砂が積もった石床は歩くとザ、ザッ、と大きな音がする。

 それが静まり返るのを待って、俺は声をかけた。


「君たちがここに来たということは、ヘビザブローは死んだのだな。扉の前にいたベノムロード・トリコブラのことだが。あれは怪我して弱っていたところを私が拾い育てた魔物でね。よく懐いてくれていたんだ。……やってくれたな」


 素直に腹が立つ。

 禁を犯したうえにペットまで殺してくれるとは。


「……?」


 グハンスが首をかしげた。

 宇宙人でも見たような表情だ。


「ここに立ち入れば死刑。みんな、それは知っているな。とくにグハンス、君には口を酸っぱくして言い含めたはずだ。君はルールと窓に恨みでもあるのか? 片っ端から破らずにはいられないようだが」


「あ……」


「…………ぇ?」


「?」


「……」


 俺がここにいることが信じられないらしい。

 4人は何度も見間違いかと目を凝らし、仲間同士でぽかーんとした顔を突き合わせている。

 ここを訪れる奴はみんなそうなる。

 当然と言えば当然だがな。


「見間違いではない。そろそろ口を利いてくれないか?」


「なんでてめえが……」


 グハンスはようやくそれだけ絞り出した。

 そして、媚びるような笑みを浮かべた。

 昔、シーフィアの下着を盗もうとして俺にとっ捕まったときも同じ顔をしていた。

 笑ってもゆるさんぞ、と俺は言ったのだ。


「いや、悪いな。驚かせて。だが、君たちが見ているものが答えだ。あるがままを受け止めてくれ。それに何か問題があるかね? 敵の姿がどうであれ、倒すつもりで来たのだろう?」


 俺が小馬鹿にする口調で言うと、彼らはわかりやすくムッとした。

 グハンスがオイオイオイ、とうなりながら前に出る。


「いいのかよ? これ」


「何がだね?」


「領主が階層主なんてやっていいのかよって言ってんだ」


「それは認識の相違だ。領主が階層主をやっているのではない。階層主が領主をやっているのだ」


 グハンスはまた首をかしげた。

 しばし、呆然と俺を見つめ、戸惑いを誤魔化すように剣呑な顔になる。


「同じことだろうが。お前は領民を騙していたんだ」


「それも違う。私は領主であるときは領主として領民に尽くしてきた。だからこそ、今のオッサミアがあり、君の両親が結ばれ、君が生まれ、今そこにいる」


 嘘ではない。

 俺はいい加減な気持ちで領主を名乗ったことはないし、ダンジョン側が有利になるよう冒険者たちを誘導したこともない。

 自分なんかが領主でいいのかと自己嫌悪を抱きながら、俺なりに突っ走ってきたつもりだ。


「だが、私は同時にこの階層の主でもある。ここへ踏み入る者には全霊であたる所存だ。容赦はしない」


「容赦しねえだってよ。へへ」


 4人は顔を見合わせて笑った。

 そうやって、どうにか平常心を取り戻そうとしているようだった。


「おう領主サマよぉ、あんた、このことがバレたらおしまいだぞ? 町の連中、どう思うだろうなぁハハハ」


「バレることはない。誰も町に帰れないからな」


「ハッ。見え見えのハッタリだな。あんたのお人柄についちゃ、オレはちっとばかし詳しいぜ? オレがやらかしても怒ったためしがねえ。ちょいと注意して終わりだ。げんこつのひとつも貰ったことがねえ。だろ?」


 それはそうだな。

 チョップなら何発かした憶えがあるが。


「あんた、向いてねえよ。悪人にな。オレぁこういうタチだからよ、悪いこともたくさんしてきたぜ? あんたより怖い人間もいっぱい知ってらぁ」


 グハンスはもう平静を取り戻したようだった。

 カツアゲでもしているような薄ら笑いを浮かべている。


「そのオレに言わせりゃ、あんたは堅気だ。根っからのな。人を斬れるタマじゃねえ」


 それは領主としての俺だ。

 今この場にお優しいご領主様はいない。

 階層主が一人、いるだけだ。


「グハンス、君はこの場所になんという名前が付けられているか知っているかね?」


「あ? 『断首の間』だろ」


 言い終えた後で、グハンスは頬をぴくつかせた。


「その通りだ。命名したのは私だ。その意味がわかるな?」


 俺は腰の鞘を握り、親指で鍔を押し出した。

 チキッ、と小さな音がして、銀色の光がわずかにこぼれる。

 それでこちらの本気は伝わったらしい。

 グハンスは鼻をびくびく痙攣させて眉間に深いしわを刻んだ。


「……クソがよ」


「それでいい」


 取り乱した相手や戦う意思のない者を斬るのは忍びない。

 やるなら全力でやろう。

 ここはそういう場所なのだから。


 俺は呼吸を落ち着けて、威儀を正した。


「あらためて、自己紹介をさせていただこう。私は第三階層主オサム・ダンジョー。これより、死刑を執行する」


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