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22 さて、出迎える準備をするか


『マスター、緊急事態です』


 朝食に舌鼓を打っていた俺の脳裏にそんな声がこだました。

 声の主は階層管理者のアルビアだ。

 管理者の指輪に向かって声をかければ俺に届く仕組みになっている。

 アルビアには、それを悪用して俺の脳内に甘い吐息を吹きかけたり、卑猥な発言を繰り返したりした前科がある。

 なので、滅多なことでは使用しないよう言い含めている。

 この連絡手段を使ったということは、よほどの事態が起きたのだろう。


「すぐ向かう」


 俺はそう返し、席を立った。

 その次の瞬間だった。

 凄まじい力により席に引きずり戻された。

 この俺を力でねじ伏せるとは。

 一体何者だ!?

 と動転していると、笑顔のフ・リョーリアが俺の顔を覗き込んできた。


「オサムちゃん、まだ朝食が残っていますよぉ」


「いや、下で、緊急事態で……」


「わたしはぁ、まだ朝食が残っていますよぉ、と言いました」


「あ、こわい」


 俺がフォークとナイフを握り直すと、両肩を掴んでいた魔物のごとき力から解放された。


「にっこにこなんですよぉ~」


 とリョーリアは何事もなかったかのように微笑んでいる。

 おっとり系の彼女が唯一激怒すること。

 それは食事を残されることだ。

 お残しはゆるさないのだ。


 俺はシュババババ、と皿の上のものを胃に流し込んだ。

 すると、スッとティーカップが差し出される。


「はぁい。食後のお紅茶ですよ」


「いただこう」


 100度近い高温の紅茶をひと息で飲み干す。

 階層主だからこの程度で火傷などしない。

 実は紅茶は沸点ギリギリが一番おいしかったりする。

 こんなことを知っているのは世界広しといえども俺くらいのものだろう。


「今日もうまかった。ごちそうさま」


「はぁい。それじゃお外で遊んできてもいいですよ。でもぉ、帰りが遅くなるのはぷんぷんなんですよ?」


「おう。――転移、階層主の間へ」


 リョーリアママのお許しを得て、俺は第三階層に飛び立った。

 景色が切り替わる。

 苔むした古めかしい遺跡の中で、雪の妖精のような少女がこうべを垂れている。


「マスター、心から愛しております。大大大好きですマスター。緊急事態につき朝のご挨拶は割愛させていただき、さっそくご報告を――」


「挨拶よりもっと割愛すべきものがあった気がするが、まあいい。で、アルビア、何があった?」


 俺は油断なく周囲に目を配った。

 今のところ、異変はないようだが。


「これを」


 アルビアが差し出した管理者用の窓には、戦闘中とおぼしき冒険者の一団が映っていた。

 その中に最近見た顔がある。

 あのチンピラじみた顔立ちは間違いない。

 グハンスだ。


「『踏嵐す者(デスペラード)』の4人か」


 魔物と交戦中らしい。

 三ツ首のコブラが見えて俺は頭を抱えた。

 映像の中で巨大な尾が壁面を叩くと、――どごん。

 そんな音がすぐ外、巨大な石扉の向こうから聞こえてきた。


「本日未明、奴らは不遜にもこの『百獣遺跡』に侵入、脇目も振らずここ――最奥部に進行し、さきほど、門番として設置された三頭毒蛇王ベノムロード・トリコブラと接敵しました。経過から推察しますに、あと数分で決着するかと。……チッ」


「そのようだな」


 グハンスたちは押せ押せムードだ。

 Aランカーの称号は伊達じゃない。


 領法で禁じたのはボス部屋への侵入だけだ。

 門番に挑むこと自体に違法性はない。

 レア素材を回収して去るだけなら過去にも例がある。

 だが、ファトマスの陳情を考慮すると、それだけでは終わりそうもない。

 彼らはほどなく俺の前に現れるだろう。

 あの扉を開けて。


「頭の固い領主に業を煮やして、既成事実を作りにきたってところか」


 階層主を倒せば巨万の富が手に入る。

 大量の金銀財宝を持ち帰った英雄を死刑にするのは難しい。

 冒険者の町ならなおのことだ。

 結果さえ残せば恩赦を勝ち取れる。

 ファトマスはそう踏んでグハンスたちの背を押したのだろう。

 まあ、その読みは実際正しい。

 そもそも、俺が討伐されたら死刑を下す者自体いなくなるしな。


「はあ。やってくれたな、ファトマス」


 どうやら朝っぱらから嫌な仕事をする羽目になりそうだ。


「マスターがご気分を害されるまでもありません。お命じくださればわたくしが片付けてまいります」


 アルビアの薄い表情には、ぜひやらせてくれという意気込みが表れている。


「ありがとう。だが、それには及ばない」


 これは階層主たる俺が向かい合うべき問題だ。

 人に押し付けるわけにはいかない。


「アルビアは主宮殿に下がっていてくれ。まずありえないとは思うが、俺がやられるようなことがあれば――」


「わたくしもあとを追って死にます」


「ぇ」


 とんでもない発言が飛び出たので、一瞬耳を疑った。

 アルビアの赤い瞳は真剣そのものだ。


「マスターなしでは生きていけません。必ず死を選びます」


「それは……負けるわけにはいかないな」


「はい。わたくしとマスターの幸せなウェディングのためにも」


「え、ああ」


 俺はテキトーに聞き流した。


「さて、出迎える準備をするか」


 努めて明るい声を出したが、気分は暗澹としている。

 久方ぶりの出番だ。

 非常に残念だが、いたしかたない。

 やりたくないことがやるべきこととバッティングするのは往々にしてあるものだ。


 粛々と務めを果たそう。

 ――階層主として。


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