21 くどい
「わたくしのともがらが大変な失礼をいたしましたハイ……」
ファトマスはグハンスの非礼を慇懃に詫びた。
立てと言うのも聞かず、ひざまずいて卑屈なまでに低頭している。
しかし、誠実かといわれればそうでもない。
俺を見上げる細い目はナイフじみた陰惨な光を放っている。
「いやあ、いつ見てもお若い! ご領主様にはつくづく驚かされますなあハイ」
「君は会うたびに老いるな、ファトマス。出会ったのは50年ほど前だったか。今いくつだ?」
「たしか60半ばかと。いかんせん金額以外の数字には不調法でございましてハイ」
「君らしい答えだ」
「お褒めにあずかり光栄にございますハイ」
俺はひとつ愛想笑いしてから玉座みたいな椅子にかけ直した。
本題に入ろう。
「ファトマス、また何か企んでいるのだろう」
昔から腹黒そうな顔だった。
見た目通りの黒い噂も耳にする。
しかし、悪徳商人と断ずることもできない。
摘発されないギリギリのラインでうまく立ち回る。
それがファトマスという商人だった。
「いえいえ、企むなどと滅相もない! わたくしはハイ、今も昔も変わらずお客様第一の理念の下、オッサミアの発展に微力を捧げておりまして、ご領主様におかれましても日頃よりのご愛顧をたまわ――」
「それで、私になんの用だろうか」
取り入ろうとする気配を察して、俺は畏まった一人称に替えた。
彼はうっかり屋さんだ。
たまに饅頭の箱に金貨を落としてしまうことがあるから、こうしてこちらでしっかりシャットアウトしないといけないのだ。
ファトマスは眉をぴくりとさせたが、口元の笑みは絶やさなかった。
「ハイ。実はですね、物はご相談と申しますか、わたくし軽輩の至りなれど恐れ多くもご領主様にご献言申し上げたき議がございまして。というのも、冒険者様方のあれこれにまつわることでございましてハイ」
「ふむ」
「わたくしども『ファトマス商会』はかねてより喜捨の精神で冒険者様方のご活動に精力的に投資をしてまいりまして、そんな縁故もあり、常々心を痛めていることがございましてハイ」
「ほう。それは?」
「ハイ。冒険者様方はなんと申しましても渡り鳥のごとき風来の方々にございます。そのしがらみに囚われぬ生き方はわたくしのような者に言わせればまばゆいばかり。……しかし、なにですな。空にも雨は降るもので、自由の徒たる冒険者様方をもってしても断てぬ縛めがあるのでしょうな」
俺はいつもの気怠さをさっそく感じていた。
ファトマスはこの半世紀、ずっとこんな調子だ。
「端的に頼む」
「ハイハイ。わたくしは僭越ながらこう愚考するのでございます。ダンジョンの中にまで領法を適用されるのはいささか度が過ぎるのではないかとハイ」
そこまで言われて俺にもようやく言わんとしていることが見えた。
ダンジョンは異界だ。
宇宙同様、領有権の外とみなされるのが通例。
領地内のダンジョンであっても領法より冒険者ギルドが定めた法が優先される。
しかし、必ずしもではない。
そのへんは曖昧にぼかされていた。
「話が見えないな」
俺は頬被りを決め込んだ。
「いえね。わたくしは冒険者様方の益々のご栄躍を思いましても、ダンジョン内の不可思議な規制につきましてはお改めいただいたほうがよろしいのではとハイ、こうして憚りながら上奏申し上げているのでございます」
「不可思議な規制、か」
というと思い当たるのは2つしかない。
第三階層のボス部屋と、第四階層のヴラド城だ。
どちらも立ち入り禁止にしてある。
第三階層のほうは言わずもがな、俺の身バレ防止のためだ。
禁を犯した者は死刑。
さんざん触れ回ったから全領民が知っている。
第四階層の北端『ヴラド城』については、城主のヴラド公から直々に猛抗議があったので入城禁止とした。
「薄汚い連中に我が城を荒らされるなど耐えられぬ。絶対に許さぬぞ」
ヴラド公は会議の席で赤眼を爛々とさせてそう言った。
そして、有言実行とばかりに、城に立ち入った冒険者を凄惨な方法で殺害した。
串刺しにして城門前にさらしたのだ。
それでも怒りは収まらず、彼は第四階層を徘徊し、冒険者を狩るようになった。
城門前の串刺し遺体は日ごとに増え、遠目には森に見えるほどだ。
最新版の地図には『串刺しの森』と記されている。
それでも、ヴラド城への侵入者は後を絶たない。
ハイリスク・ハイリターンってやつだ。
危険な場所ほど実入りがいい。
城内は宝の山だともっぱらの噂だ。
俺の宝物殿にしても同じだ。
目がくらむほどの財宝がうずたかく積み上げられている。
ファトマスはそこに目をつけているのだろう。
「そういえば、グハンスが遺跡を調べていたな」
「……は?」
「いや」
俺は咳払いで失言を誤魔化した。
階層管理者エ・アルビアからの報告にあった。
『踏嵐す者』の4人がボス部屋のある『百獣遺跡』周辺で不審な動きを見せていると。
ここに繋がっていたわけか。
「いかがでございましょう?」
ファトマスは伏したまま膝を進めた。
「ここはご領主様の海容無辺なる大御心をもちまして、少しばかり規制をお緩めになられてみては。あ、いえいえ、わたくしはハイ冒険者様方のことを思えばと斬られるも覚悟で妄言をのたまわせていただいた次第でございまして、ハイ」
立て板のような老人だ。
口ではああ言っているが、ファトマスの目には金しか映っていないってのが実際だ。
「ファトマス、君の忠言に感謝しよう」
「ほう! それでは……」
期待に目を輝かせる老人に俺は告げた。
「ダメだ」
そりゃダメに決まっている。
なんせ俺は階層主で、領民に来られては敵キャラだとバレてしまうからな。
ダメなものはダメだ。
しかし、得心のいく理屈を説明できなければファトマスも引き下がるまい。
「私も君と同じだ、ファトマス。何よりも冒険者のことを大切に考えている。ゆえに、彼らを死地に送ることはできない。未だ生還者なき第三階層主の間や、おびただしい死者を出し続けているヴラド城などはやはり立ち入りを禁ずるべきだろう」
「しかし、死罪というのはいくらなんでも」
「どうせ死ぬのだから同じことだ」
ファトマスは、ぱあっと笑った。
好々爺のように細められた目の奥でわずかな怒りが揺れている。
「いやあ、ご領主様はお優しいですなあ。しかし、わたくしは愚物ですゆえ、いささか腑に落ちませぬ。冒険者とは常より危険を生業とする方々にありますれば、死をもいとわぬ奮進こそ誉れでありましょう。屍の先にこそ拓ける道もあるのではございませんかハイ」
まったくだ。
お前は正しいよ。
第三階層にせよ、第四階層せよ、完全に「ダンジョン側」の都合で規制している。
まっとうな天秤に載せればファトマスの言い分に義が傾くだろう。
そのうえで言おう。
答えはノーだと。
「くどい」
俺は少し怒りをにじませた。
本当は怒っちゃいない。
これ以上続けるなら、こっからは理屈ではなく感情で殴るぞ、と伝えた形だ。
泣く子と地頭には勝てぬ。
感情的になった権力者ほど恐ろしいものはないのだ。
「いやあ、ハイ! このファトマス、いささか出しゃばりがすぎたようでございますハイ。あくまでも冒険者様方のことを思えばのこと。どうか不敬極まる物言いの数々、平にご容赦くださいませ」
カーペットに額をこすりつける直前、ファトマスは俺を矢のような視線で射た。
諦めていないな、こいつは。
妙なことにならないといいのだが……。
俺の悪い予感はだいたい当たる。
アルビアから急報が届いたのは翌週の朝のことだった。




