表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/44

20 よぉ、邪魔するぜ


 アブス少年の絵は領主の間に飾ることになった。

 煌びやかな調度品の中にあってひときわ異彩を放っていることからも優れた作品なのがわかる。

 季節の絵として毎秋飾ろう。

 春・夏・冬を揃えてコンプリートするのも一興だ。

 問題は描いてもらえるか、だな。


 彼はこの世界のピカソやモネになりうる存在だ。

 すでに、絵を描いてくれという依頼が殺到しているという。

 これはアブス争奪戦になるな。

 権力と財力をどう使うかが勝負を制する鍵となるだろう。


「あんた、今あたし以外の画家のこと考えてるでしょ? この浮気ざぁこ!」


 キャンバスの向こうでイラスティリアがツインテールを逆立てた。

 雪辱に燃える彼女はあれ以来、寝食も忘れて絵に没頭している。

 今も妖刀に取り憑かれたサムライみたいにハチャメチャに絵筆を振り回している。

 カーペットが絵の具でさんざんだ。


「俺なんか描いたところで上達しないだろう」


「するわよ! 好きなものを描いてるときが一番上達するんだから!」


 勢いよくそう言った後で、びくりと固まる。

 真っ赤になった顔がキャンバスの端からスライドして出てきた。


「い、今のは違うんだからね!? あんたのことが好きとかそーゆーンじゃないんだからね!? ただ、あんたのことを描いてるときが一番ドキドキするってだけで」


「相変わらず、工夫のないツンデレだな」


「あ、こら! モデルの分際で動いてんじゃないってのよ! このざぁこ!」


 絵を覗き込んでみる。

 本物より本物らしい俺が領主の座で脚を組んでいる。


「なんだ? てっきり抽象画に挑戦しているのかと思ったが」


「あたしはあたしの描きたいものを描きたいの。他人の評価なんてどうでもいいわ。ぺっ、って感じ」


「わかっているじゃないか。それこそ絵の神髄だ」


「ふん!」


 俺の向こうずねを蹴飛ばすと、イラスティリアは窓辺に向かって城下を見下ろした。

 その横顔の幼さに反して、瞳には大人びた憂いがある。


「あたしはいつか故郷の絵を描きたいのよ。まだ頭の中に残っているの。生まれ育った里の景色も、森の緑も、家族や里のみんなの顔も」


 でも、と暗い声で続ける。


「描こうとすると全部赤と黒になっちゃうの」


 夜の闇を真っ赤に染める炎。

 火の海、飛び交う矢。

 逃げ回るエルフと追う兵士。

 見たこともないはずの景色が俺の眼裏によぎった。


「いつか描けるようになったら描くつもりよ。だって、あたしだけだもの。故郷の景色を形にできるのは」


「そうか」


 イラスティリアが人と景色をセットで描く理由がわかった気がする。


「応援してるぞ、イラスティリア」


 頭をわしゃわしゃしてやる。

 こいつにも意外に殊勝なところがあったらしい。


「勝手になでてんじゃないわよ……!」


 イラスティリアはまんざらでもないって顔で頭突きしてきた。

 ごん。

 あごが痛い。


「よぉ、邪魔するぜ」


 扉がバカンと開いてチンピラみたいな男が領主の間に上がり込んできた。


「ちょっと困ります……! オサム様の前で失礼ですよ!」


 柳眉を逆立てたシーフィアが後に続く。


「冷てえこと言いやがるぜ。ここはオレにとっても実家みてえなもんだろ。うるせえカーチャンだな」


「誰がカーチャンですか!」


 男の名はグハンス。

 Aランク冒険者パーティー『踏嵐す者(デスペラード)』のリーダーだ。

 両親がダンジョンに散ってからは孤児院暮らしだったから、実家というのはあながち間違いではない。

 昔から悪ガキで、領主邸を駆け回っては窓という窓を割り、カーテンは引きちぎるわ、寝ている俺に水をかけるわ、……あ、ダメだ。

 ろくな思い出がない。

 おおかた金の無心に来たんだな。


 と思っていると、二人の後ろからネズミ顔の太った老人が入ってきた。

 商人のファトマスだ。

 昔はしがない行商人だったが、今ではオッサミアで一二を争う大商会『ファトマス商会』のトップに納まっている。

 俺を除けば一番の金持ちだろう人物だ。

 二人が一緒にいるのは意外な光景だった。


「お? なんだこの絵。ダハハ、ド下手じゃねえか!」


 グハンスがアブス少年の絵に手を伸ばした。


「ちょ、あんた! 触ってんじゃないわよ!」


 すかさずイラスティリアが怒声を上げる。

 それが面白かったのだろう。

 グハンスは不敵に笑うと絵を床に叩きつけた。

 がちゃあん、と額縁が砕け散る。


「おっとぉ。手が滑っちまったぜハハ!」


「何すんのよ、あんた……」


 小さな喉から思いのほか低い声が出た。

 あ、と俺は息を呑む。

 シーフィアも察して距離を取った。

『怒ると怖いエルフ娘ランキング』があれば、イラスティリアは上位入選間違いなしだ。

 虎の尾を踏んだな、あいつ。


「その絵にはねぇ、幸せで美しい瞬間が詰まってんのよ。それをぶち壊す権利は誰にもないの。謝んなさい、アブスに!」


「あ? この落書きがなんだって?」


 よせばいいのにグハンスは額縁を蹴飛ばした。


「決めた。ぶっ殺す!」


「上等だメスガキババア!」


 グハンスが剣を抜いた。

 だが、イラスティリアのほうが早い。

 絵筆が宙をなでる。

 すると、そこに透明なキャンバスでもあるかのように絵の具が塗りたくられる。

 絵の具は見る間に狼の姿になり、グハンスを押し倒した。


 リアルかつ躍動感あふれる絵を「今にも動き出しそう」と評することがあるが、イラスティリアの絵は本当に動く。


「あんたも、いきなさい!」


 絵の具まみれのカーペットからカラフルな虎が飛び出した。

 固有魔法『出魔姿絵トリックアート』――。

 魔力で絵の具を操るこの奇術には、さしものAランカーもなすすべなしだった。

 さんざんガブガブされてマーブルカラーになったグハンスは、


「お、覚えてりょおおお……!」


 と月並みなセリフを残して逃げ出した。


「額縁は壊れてしまったが、絵のほうは無事だな」


 俺は安堵の息を漏らした。

 この際だ、額装を考えてみるのもいいだろう。

 鍛冶屋通りの職人たちなら、いいものを作ってくれるはずだ。


「そう。よかったわ」


 イラスティリアは心底ホッとした様子だ。


「あんたの客、追い払っちゃったわ。悪かったわね」


「いいや。俺は嬉しかったぞ、イラスティリア。お前がアブスのために怒ってくれてな」


 どれ、頭をなでてやろう。


「ふん! なでなでくらいで喜んだりしないんだからね!? ふっふんっ!」


 イラスティリアは肩を怒らせてツカツカと出ていった。


「あの子ったら喜んでましたね」


 シーフィアがさりげなく頭を差し出してくる。

 俺は気づかなかったことにして、もう一人の来客に目を向けた。

 脂汗だらだらのファトマスが隅っこのほうにちょこんと立っている。

 グハンスを連れてきたのは彼だろう。

 何か商談があって来たのだと思うが、それを切り出す前に連れが粗相をした格好。

 気まずくて消えたそうな顔をしている。


 まあ、長い仲だ。

 用向きを聞こうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ