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19 がるるるるる、――わんっ!


 麦の刈り入れが終わった頃、絵画コンクールの当日がやってきた。

 急な決定にもかかわらず、100点もの応募が町じゅうから寄せられた。


 テーマは「秋のオッサミア」――。


 大小無数の絵画を所狭しと展示した領主邸にも、心なしか秋の風が吹いているように感じられる。

 ま、秋だから当然か。


 俺はリボンのついた花飾りを抱えて、応募作品の数々を見渡した。

 ごくりと喉が鳴る。

 俺が花付けした作品が最優秀作品となる。

 領主邸を一般開放したから人の目も多い。


「下手なものは選べないな……」


「オサム様がお選びになったものなら、たとえド下手でも名画かと」


 すかさずシーフィアがそうフォローを入れる。

 いや、はたして、これはフォローなのか。

 シーフィアは俺が何をやっても基本全肯定なのだ。


「さて。では、観て回るかな」


 俺はさも目利きですみたいな顔で闊歩した。

 領民たちの視線が集まる。

 手に嫌な汗が浮かんできた。

 俺でも一目でよさがわかるシンプルな名画があることを祈るしかない。


 公平を期し、先入観を排すために作者の名前は伏せられている。

 それでも、誰の作品かわかる絵もあった。

 秋というテーマを丸々無視して俺の似顔絵をデカデカと描いたのは、おそらくシーフィアだろう。

 タイトルは「敬愛するオサム様。秋」――。

 取って付けたように秋とある。

 だが、絵の中には秋要素ゼロ。

 却下だな。

 素通りするとシーフィアが小さくうめいた。


「これはリョーリアか」


 孤児院の子供たちの賑やかな食事風景。

 テーブルの上に秋の食材がこれでもか盛り立てられている。

 ほっこりさせられる絵だ。

 でも、お世辞にもうまいとは言えない。

 頑張ったで賞を進呈しましょう。


「ん?」


 と俺は困惑の声を上げた。

 窓の外に黄金の波が見えたからだ。

 麦は先日刈り終えたはずなのに、なぜ?


 と思ったが、よくよく見れば、それは窓ではなく一枚の絵だった。

 どこまでも本物そっくりな絵。

 こうべを垂れた麦の一本一本まで丁寧に描き分けられている。

 イラスティリアの作品だろう。

 小柄ゆえ気づくのが遅れたが、絵の横で本人が得意げに胸を反らしているから間違いない。


「先日、視察に行ったときの絵だな」


 黄金の海をなでる俺の姿が描かれている。

 衆を抜きん出た圧巻の一枚だ。

 ただ、コンクールを意識したせいだろう、自分の力を見せつけるかのような技巧的仕上がりが鼻につく。

 それを差し引いても圧倒的だが。


「ふふん!」


 とイラスティリアが花を催促する。

 まあ、やる前から受賞者は半ば決まっていたようなものだ。

 それでも、いちおうすべての絵に目を通そう。

 身内贔屓と言われちゃかなわん。


 そう思って、俺は一歩踏み出した。

 そこで、ぴたりと足が止まった。

 目がくわっ、と開くのを感じる。

 どの絵も目で見た光景に近づけようという努力の跡が見て取れる。

 でも、その絵だけは違った。

 目には見えない世界の真実を暴き出そうとするような、そんな破天荒な一枚が俺の前にあった。


「これは……」


 一体なんの絵だろう。

 でも、秋の香りがひときわ強く匂い立っている。

 真ん中に紅と金がある。

 金からは白いものが立ち昇り、その背後にはオレンジが揺れている。

 紅と金の何かを大小2つの肌色ベージュが包んでいた。


「……ほう。なるほど」


 輪郭すら曖昧で、見れば見るほど何を描いたのか判然としない。

 しかし、俺にわかった。

 これは先日、領主邸の中庭で焼き芋会をしたときの絵だと。

 みんなで集まってオッサミアの特産品・紅迷芋を焼いたのだ。

 その中身がまばゆいばかりの金色だった。


「ほっくほくなんですよぉ」


 そう言って焼き芋を配って回るリョーリアの姿が思い出された。

 子供たちの笑顔と一緒に。


 気づけば、俺は花飾りをつけていた。

 まだ作品は残っているのにやっちまった。

 でも、これしかないという確かな手応えがあった。

 手から手へ、移っていく温もり。

 これぞオッサミアの秋だ。


 だろうだろうと思いつつ、俺は作者名を覆う布を取り払った。

『アブス・オッサミミ』――。

 やはり、アブス少年か。

 あのぼーっとした顔でこれほどまでに鮮烈な絵を描けるとはな。


「はあああッ!?」


 と憤りの声が上がった。


「納得いかないわ! なんでそんなガキの絵を選ぶのよ!?」


 イラスティリアだ。

 よほど悔しいのか目尻に涙が浮かんでいる。


「信じらんない、この雑魚! 馬鹿オサム! 見る目がないあんたのために、あたしが教えてあげるわ! この絵がいかにダメダメのザッコザコか! まず、第一に……」


 問題点を指摘しようとしたイラスティリアだったが、絵を見るや二の句が消し飛んだ。

 お前もわかったか。

 アブスの絵に秘められたパワーが。


 だが、ここでおとなしく引き下がるイラスティリアではない。

 ぐぬぬぬぬ、と顔に怒りがこもって赤くなる。

 絵では負け知らずのイラスティリアにとって生まれて初めて味わう屈辱だろう。

 まして、写実画の名手からすれば、抽象画は異端。

 これほどの恥辱はないはずだ。


「がるるるるる、――わんっ!」


 怒りすぎておかしくなったらしい、イラスティリアは犬みたいに吠えた。

 小さい拳とツインテールをぐるぐる回して俺を殴る。

 わああああんんと泣きながら、ガルルルルルと怒る。

 すごい。

 こんな癇癪、見たことない。


「なんであたしを選ばないのよ、ぐずん。あたしの絵は本物みたいにすごいのに」


 俺は小さな手を取って目線を合わせた。

 硬く感じるのは筆ダコだろう。

 努力の手だった。

 でもな。


「いいか、イラスティリア。あるものをあるがままに描くことだけが絵ではない。世界にはいろんな絵があって、優劣なんかないんだ。お前の絵はすごい。でも、今回はアブスの勝ちだ。不確かな輪郭の向こう側に、俺は確かな秋を見た気がした。温かい気持ちになった。だから、この絵を選んだんだ」


「ぐずん……」


 イラスティリアは食い下がろうとしているが、言葉の代わりに出たのは涙と鼻水だった。

 俺は少し意地悪を言うことにした。


「それとも、駄々をこねてアブスに勝ちを譲ってもらうか? お前がそれでいいならアブスに頼んでみるが」


 イラスティリアはむっすうううううう、と頬を膨らませた。

 爆発寸前でぐっと耐える。


「第2回……」


「なんだって?」


「第2回コンクールよッ! 来年も開催しなさいよね! 来年こそあたしが一番になるんだからぁ! このざぁこ! ばぁかアホぉ!」


 周囲から謎の拍手が巻き起こった。

 来年はアブスとイラスティリア、二人の天才画家の竜虎対決を見られるぞ、とか思っているらしい。

 ま、面白そうだし、俺も見てみたい。

 毎年の恒例行事にするか。

 なんなら、冬の部や春の部をやってもいい。

 俺が暇だったら、な。


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