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17 仕方ないわね。今回だけ特別なんだからね!?


 俺は暇が嫌いだ。

 暇が祟って都市をひとつ築いたくらい嫌いだ。

 そして、俺は今、暇だ。

 バルコニーで頬杖を突き、憂いを浮かべた顔のまま、かれこれ1時間は微動だにしていない。

 よって暇だ。

 暇。

 すごく暇。

 ああ、そろそろうんざりしてきた。


「こらぁ! 動いてんじゃないわよ!」


 小さくため息をつくと、キャンキャン声で怒鳴られた。

 画架イーゼルとキャンバスの向こう側で耳長ツインテ少女がおっかない顔をしている。

 彼女はエ・イラスティリア。

 かつて俺が絵筆を贈った少女は、今やオッサミアを代表する画家になっていた。


「あたしが描いてる間くらい、じっとしてなさいよね! このざぁこ!」


 今日は領主業が休みの日。

 朝イチで「モデルになんなさいよ、あんた」と命じられ、安請け合いしたところ、こんな目に遭わされている。


「それはいつ頃完成するんだ?」


「夕方には終わるわよ! うっさいわね!」


「はあ」


「だから、動くなって言ってんでしょ! 領主なのにじっとしてることもできないの? このざぁこ! たぁこ!」


 もう雑魚でもタコでもいいから勘弁してくれ。

 領主と階層主の二刀流生活は多忙だが、疲れを感じたことはない。

 でも、暇だけはダメだ。

 暇だと疲れる。

 ドッと疲れる。

 1時間でもう限界。


「精神攻撃やめて……」


「誰の絵が精神攻撃ですって? あ、コラ! 動くんじゃないってのよ!」


 キャンバスを覗き込んでみる。

 横からポカポカ殴られるのは根性で耐えるとして……おおっ!


「相変わらず、うまいな。写真みたいだ」


 かっこつけたポーズの俺とその向こうに広がる城下町。

 霞む地平線と煌めく水平線。

 そして、秋晴れ空を流れゆく真っ白な雲。

 精緻にして大胆。

 圧巻の世界が四角く切り取られている。

 筆1本でここまで描けるのか。


「さすがだな」


「ふん! そうよ、だってあたしは天才だもの!」


「さすがメスガキ画伯だ」


「何画伯ですって?」


 またポカポカ殴られる。


 イラスティリアは写実画の名手だ。

 キャンバスの中に本物と寸分違わぬ世界を落とし込む。

 その腕を活かして絵で食べている。

 オッサミアの観光誌やポストカードに絵を記したり、ダンジョンの地図作りや魔物図鑑作りに貢献したり、果ては逃走犯の人相書きと幅広く手掛けている。


「イラスティリアは人と風景を必ずセットで描くよな? 想像では描かないし」


「その瞬間そこにいた奴を描き残しておきたいのよ。今を永遠にするって感じ? ま、あたしの高尚な哲学はあんたにはわからないわよ。ざぁこ」


 イラスティリアが俺をゲシゲシ蹴って元のポジションに戻そうとする。


「まだ続けるのか? 俺、そろそろ精神攻撃で死にそうなんだが」


「だから、誰の絵が精神攻撃よ!? あんた今日、暇でしょ? なら、喜んであたしに付き合いなさいよ!」


「お前に付き合った結果、暇が加速している件について」


「ふん!」


 また蹴られた。

 俺はうんざり顔でツインテ女児を見下ろした。


「鍛冶屋通りでドワーフの職人たちを描いてきたらどうだ? 彼らほど絵になる人物はそうそういないぞ」


「嫌よ。あんなヒゲもじゃ!」


「でも、俺なんて画題にしても面白くないだろう」


「面白いわよ。あたし、あんたの絵を描いているときが一番幸せなんだから!」


 勢いよくそう言ってから、イラスティリアの顔がド下手な肖像画みたいに歪んだ。

 そのまま色だけ変化する。

 赤富士みたいな赤に。


「い、今のは違……っ! わ、忘れなさいよ、このこのぉ!」


「お前のコッテコテなツンデレを見ていると、里帰りした気分になる。ありがとう」


「感謝してんじゃないわよ、このぉ!」


 がちゃ、と。

 領主の間の扉が開いて、おっとり顔のエルフがやってきた。

 ふっくら体型に柔和な微笑み。

 全体的にぽわぽわした空気をまとっている。

 領主邸の厨房を取り仕切るフ・リョーリア総料理長だ。

 リョーリアは出会った頃から「エルフ娘たちのママ」って雰囲気だった。

 最近は年季が入って、ますますママっぽさに磨きがかかっている。


「オサムちゃん、イラスティリアちゃんを借りてもいいかなぁ?」


「どうぞどうぞ。今すぐ連れてってくれ」


「なんでよッ!?」


 イラスティリアが即座にキレる。

 しかし、そこはリョーリアママ。

 駄々っ子の取り扱いは心得たものだった。


「わぁ、イラスティリアちゃん、お絵描きが上手ねぇ。すごいすごいなんですよぉ」


「ふん! そうよ、今頃気づいたの? ふっふん!」


「えらいねぇ」


「ふふふふんっ!」


 子供みたいによしよしされて、イラスティリアはたちまちご機嫌になった。

 豚なら木に登っていただろう。


「子供たちにも絵を教えてくれると嬉しいなぁ」


 リョーリアは本業の傍ら孤児院の院長を務めている。

 普段のイラスティリアなら言下に拒否するだろう。

 そんなの面倒臭いわ、と。


「仕方ないわね。今回だけ特別なんだからね!? 感謝しなさいよ!」


「さっすがリョーリアママだな」


「うふふ。ありがとう、イラスティリアちゃん」


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