14 マスター、おともいたします。末永く
豪奢な領主邸の内観が掻き消え、俺の前に広大なジャングルが広がった。
第三階層『巨獣の原始林』――。
青空に見えるのは魔石の一種、偽空石。
一見アマゾンだが、紛れもなく地下世界だ。
俺はジェット機そこのけの速度で飛翔し、ジャングル深奥の古代遺跡群に突っ込んだ。
「マスター、お待ちしておりました」
階層主の間に降り立つと、メイド服の少女がひざまずいて俺を迎えた。
病的なまでに色白で、髪も白、眉も白、まつ毛までも真っ白。
瞳だけが血のように赤々した少女。
彼女はエルフ娘の一人、エ・アルビア。
肌が弱く、日光を浴びられない体質だから、ここで住み込みメイドをしてもらっている。
かれこれ勤続20年になるベテランだ。
いつも従えている白化個体の虎は見当たらなかった。
散歩かな?
「マスター、お食事のご用意ができております。お風呂も沸かしてございます。それとも、寝室でわたくしをご所望ですか?」
馬鹿丁寧な口調だが、要するに、ごはん・風呂・私の3択だ。
このやりとりはお約束で、20年もの歴史がある。
「今日も4択目だ。シ・ゴ・トだな」
「チッ」
アルビアは剣呑な顔で舌を響かせた。
彼女が食事も風呂も準備せず、寝室だけ綺麗に飾り立てているのもお約束である。
ちなみにだが、階層主の間にはフロアボス向けの居住スペースが用意されている。
冒険者が宝物殿と呼ぶ部屋で、正式には『主宮殿』というらしい。
アルビアはそこを私室にしていた。
「マスター、まだあの女をおそばに置いているのですか?」
俺の衣服に鼻をこすりつけるようにしてアルビアはまた舌打ちした。
「嫌な臭いが残っております」
「……あー、シーフィアのことか?」
「はい。あの女、耳飾りをもらったくらいでマウントを取ってくるのです。エルフ同士でもあるまいし、婚約イヤリングなど無効だとわたくしは常々申しているのですが」
やはり、耳飾りには特別な意味があったのか。
50年越しの衝撃事実だ。
「あの女はきっと嫉妬しているのです。わたくしがいただいた婚約指輪のほうがどう考えても格が上ですから」
アルビアは左手薬指に口づけしている。
そこには金の指輪がある。
俺が贈ったものに間違いないが、
「それは婚約指輪ではないぞ?」
と指摘するのも何度目か。
名をつけるとすれば、そう、『階層管理者の指輪』だ。
アルビアの仕事は第三階層の階層管理者。
罠精霊を指揮して罠を設置したり、空になった宝箱に手頃な宝物やミミックを補充したり、冒険者が通りそうなところに強力な魔物を配置したり、などなど。
第三階層の切り盛りはアルビアに一任している。
本来は階層主である俺の仕事なのだが、領主もこなすと多忙を極める。
それでアルビアの手を借りているのだった。
指輪は階層主権限の一部を具現化させたものに過ぎない。
「業務報告を受けよう」
「あとでご褒美をいただきますので」
勝手にそう宣言して、アルビアは管理者用窓を開いた。
ゲームっぽい画面に、細かい数値や地図、戦闘中の冒険者のライブ映像なんかが映し出されている。
「第三階層を訪れる冒険者の数は緩やかな増加傾向にあります。今朝も薄汚い腐れ冒険者の一団がマスターのご聖域に近づこうと目論んだため、射針大蜂の群れをけしかけて撃退いたしました。
奴ら、まだ諦めていないようですが、どうかご安心ください。罠精霊たちを総動員して遺跡の周りに千を超えるトラップを配しております。もちろん、即死性の罠はなく、引っかかったマヌケを最大限苦しめる遅死性のものばかりです。
ただ、そのせいで冒険者の生還を許すケースが目立っております。お言いつけくだされば、わたくしが片っ端からトドメを刺してまいりますが」
「いらんいらん。そんなにいじめたら可哀想だ」
俺はいつも通りため息をついた。
アルビアは少し目を離すと第三階層をウルトラ・ハードモードにしてしまう。
攻略難度を上げると死亡者が増える。
だが、環境負荷も増す。
食い過ぎで胃が荒れるのと同じだ。
ひいては、第三階層全体の荒廃に繋がる。
体調管理は大事。
そのへんしっかり頼むよ?
「可哀想なのはわたくしです。マスターとわたくしだけの空間を土足で穢されるのですから。うう……」
すごい。
アルビアさん、本気で泣き始めた。
付き合いが長いのに、こいつの取り扱い方はよくわからん。
「あ、そういえば」
アルビアは急に泣き止んで真顔になった。
「ここ数日、この『百獣遺跡』を遠巻きに調べている者がおりまして」
窓に映し出されたのは俺も知っている顔だった。
「Aランク冒険者パーティー『踏嵐す者』の4人か。最近ぐんぐん力をつけてきた新鋭だが……」
「何かご懸念でも? 目障りとお考えでしたら今すぐわたくしが始末して――」
「物騒」
「はう!?」
本当に突撃しそうなので脳天にチョップしておく。
少し痛かったかなと案じたが、アルビアはむしろ嬉しそうに頭頂部をさすっている。
本当によくわからん奴だ。
「ふむ……」
『踏嵐す者』はオッサミア出身の4人組で作られたパーティーだ。
俺も一人一人名前と顔を知っている。
親の顔だってわかる。
パーティーリーダーのグハンスは悪ガキで、小さい頃からやんちゃばかりしていた。
なんぞ悪巧みしていないといいのだが。
遺跡はともかく、この階層主の間は領主令で立ち入り禁止にしている。
もし侵入したら死刑だ。
理由は単純明白。
身バレ防止――。
ここに来られると、俺が出迎えなくてはならない。
ボスだしな。
さすがに自分の領民を斬るのは、な。
だから、わざわざボス部屋の前に中ボスまで配置して難度を上げている。
俺が守護する第三階層には迂回路がいくつもある。
だから、ボス戦なしで次の階層に進める。
それでも、階層主討伐は冒険者にとって最大の栄誉だ。
功名心に駆られて禁を犯す者が残念ながらいる。
そういう場合、俺も人としてではなくフロアボスとして相対することになる。
斬らなくてはならない。
「いちおう警戒しておいてくれ」
「承知いたしました。マスター」
「無用な殺生はダメだぞ?」
「もちろんです。…………チッ」
変な音が聞こえた。
が、スルーしよう。
「マスター」
アルビアは俺の胸に両手で触れて、キスをせがむみたいに背伸びした。
「わたくしはお仕事を頑張ったのでご褒美いただきたいのです」
「そうだな」
こんな地の底でワンオペ業務だ。
給料以外にも何か手当があって然るべきか。
「これから会議だ。アルビアも来るか?」
階層主会議を見てみたいと以前言っていたことを思い出し、俺はそう切り出した。
アルビアは少し肩を落とした。
伸ばしていた唇を引っ込め、言う。
「マスター、おともいたします。末永く」




