13 しかし、未だに慣れんな。城暮らしって
「建町50周年記念祭か」
シーフィアの企画書に目を通し、俺は感慨深い気分になっていた。
気づけば俺も80代。
異世界に来て、すでに50年以上が経っていた。
「あっという間だったな」
誰も来ない階層主の間で大仏みたいに座って過ごした1年のほうがずっと長く感じられる。
「それだけ忙しくされていたということですね」
傍らに立つシーフィアが嫣然と微笑んだ。
純血種エルフが不老というのは本当だった。
彼女はちっとも変わらない。
利発なJKという面差しで、大人っぽくも子供っぽくも見える。
メイド服が板についているのは、領主秘書の傍ら、俺の専属メイドをやっているからだ。
シーフィアが少し頬を赤くした。
「なんですオサム様? まじまじとお見つめになって」
「いや」
こうして領主の座に腰かけてシーフィアを見上げるのにもすっかり慣れたな、と思っただけだ。
どこかの王様用の玉座みたいな椅子を初めて見せられたときは、本当に俺が座っていいのか何度も確認したものだが。
俺は立ち上がって伸びをした。
剣士用のローブをはためかせ、風が吹き込んでくる窓辺に向かう。
バルコニーに出ると、上には青空が、下には城下町が広がっていた。
「すっかり大きくなったな」
我が子に向けるような眼差しで俺は町を見渡した。
オサマバード領・領都オッサミア。
今では大陸有数の迷宮都市になっている。
冒険者だけで数千人。
商人や農民、領兵、その家族を加えると、総人口は3万人ほどになる。
人が増えるに合わせて何度も町を拡張したから、城壁が棚田のようになっている。
それも見どころだった。
祭りの夜には圧巻の夜景が見られるだろう。
俺は万年筆を手の中でくるりと回し、企画書にサインを書き込んだ。
「盛大に祝わないとな」
「町の皆さんにオサム様の偉大さがしかと伝わるよう大いに力を入れるつもりです!」
風になびく銀髪を耳にかき上げながらシーフィアは燃えるような目をしている。
「それは伝えなくていいから……」
と釘を刺し、俺は絶景に目を戻した。
「しかし、未だに慣れんな。城暮らしって」
薄暗い6畳間で半額シール付きのコンビニケーキをちょこちょこ食べていた時代が懐かしい。
あれはあれで地に足ついた得難い暮らしだった。
今は地面があんなに遠い……。
「またそんなことをおっしゃって。オサム様はよくここから町を眺めておられるではないですか。一番のお気に入りの場所だってことはみんな知っているんですからね?」
「まあ、それは否定できんな」
さて、と俺は襟を正した。
いつも腰に帯びている木刀を置き、篭手を装備し、足回りを確認する。
最後に真剣の状態に目を通して準備よし。
「これから階層主会議ですか?」
シーフィアに問われ、俺はああ、と頷いた。
俺が第三階層のフロアボスであることは、10年ほど前、ついにバレてしまった。
階層主に老いの概念はない。
エルフでもないのにいつまでも歳を取らないから身バレしたってわけだ。
今のところ、俺の正体を知っているのはエルフ娘たちだけ。
領民には祖父がエルフだったという苦しい言い訳で通してある。
「まったくオサム様にはすっかり騙されましたよ」
シーフィアが口を尖らせた。
「騙していたわけではないぞ? 領主としての俺は領民を第一に考えているんだからな?」
「それは普段の行いでわかりますぅ。私が言いたいのは、エ・アルビアにだけ正体を明かしていたという点です。オサム様のことを一番知っているのは私だと思っていたのに……」
「あはは……」
くどくど言われそうな予感。
逃げるが勝ちだな。
「転移。階層主の間」
俺は階層主権限のひとつ、空間転移を行使した。
体を転移光が覆う。
その光の向こう側で、シーフィアがしかめっ面をしている。
「正妻――私――ですか――ね!」
なんだって?
確認する間もなく、俺は領主邸をあとにしたのだった。




