第87話 ゴブリンと商人
商人が薄暗い森の中、馬車を引いていた。
不用心に一人で護衛もつけずに・・・
「ヒヒーン」
馬が鳴きながら止まる。
・・・ゴブリン。
数匹のゴブリンが馬車の進行先に立ち通せんぼしていた。
(ま、まずい)
商人が慌てて引き返そうとする。
だが、遅かった。
商人は既にゴブリン達に囲まれていた。
『じり、じり』
ゴブリン達が少しずつ近づいてくる。
「ひ、ひぃ・・・」
「騒ぐな。殺すぞ!」
叫びそうになった商人をゴブリンが脅す。
「ん!ん・・・」
商人は慌てて口を手で塞ぎ、声を押し殺した。
「そうだ、それでいい。死にたくなければついて来い」
ゴブリンがきびすを返し商人を案内する。
「・・・」
商人が馬車を引きながらゴブリンについていく。
連れてこられた場所は洞窟だった。
ここはゴブリン達の巣だった。
「ヒヒーン、ヒ・・・」
グサッ。
馬が殺された。
「あ、あ・・・」
商人が腰を抜かす。
「降りろ」
ゴブリンが商人に言う。
「は、はいー」
商人が転げ落ちるように馬車から降りる。
「なーに、そんな怖がるな。世間話をしようじゃないか。有益な情報をくれれば命は助けてやる」
「分かりました」
商人が慌てて話し始める。
(・・・)
ゴブリン達は無言で商人の言葉に耳を傾ける。
・・・情報は命だ。
情報の有無で状況は大きく変わる。
例えば、今目の前にいる男は旅の商人だ。
一つの街に留まらずあちこちを転々としている。
この商人が行方不明になったところで気づく奴はいない。
また別の街に商談に行ったと思われて終わりだ。
そんな彼はゴブリン達にとって格好の獲物だった。
馬車に積まれた品物。
商人が話す情報。
・・・何より殺しても足がつかない。
情報は命だ。
ゴブリン達は弱い。
冒険者に見つかればすぐに殺されてしまう。
だから、見つからないように。
ギルドの討伐依頼が発生しないように。
陰に隠れ。
人知れず。
人を殺す。
「・・・もう、十分だ」
ゴブリンがナイフを手に商人に近づく。
「ひ、ひい」
商人が逃げようとする。
しかし、ここはゴブリンの巣。
逃げ場はない。
ゴブリン達が商人を巣まで連れてきたのは証拠を残さないため。
森で商人を殺せば自分達の存在がバレるリスクが増える。
情報は命だ。
だから、情報が漏れないように細心の注意を払う。
「・・・」
ゴブリンがナイフを掲げ・・・振り下ろした。
「ひぃいいい・・・えっ?」
ナイフが商人に届くことはなかった。
「お、俺の腕が・・・!?」
ナイフを持っていたゴブリンの腕が宙を舞う。
・・・そこにはシスター服を着た女性がいた。
「大丈夫ですか」
シスターが商人に駆け寄る。
「は、はい」
「良かった」
商人の無事を確認して安堵するシスター。
「・・・」
ゴブリン達は状況を確認する。
敵はシスターひとり。
しかも、商人という足手纏いつき。
ゴブリン達の出した答えは・・・
(逃げる!)
・・・戦いは数である。
この言葉は嘘だ。
圧倒的な力の前ではいくら数がいても意味がない。
どれだけアリが束になろうとも像には勝てないように。
目の前のシスターとゴブリン達では圧倒的な力の差があった。
(だから、逃げる)
ゴブリン達は出口の方・・・敵であるシスターに向かって走り出す。
洞窟の奥に逃げてはいけない。
その先は行き止まりだからだ。
いずれ、目の前のシスターに殺されてしまう。
だから、命の危険を犯しでもシスターのいる出口に向かって走らなければならない。
「・・・!」
ゴブリン達はシスターの横を走り抜け・・・全身を切り刻まれた。
全ては手遅れだった。
シスターはひとりではなかった。
十数人のシスター達がゴブリン達の行手を塞いだ。
「ま、待ってくれ」
片腕を失ったゴブリンが無事だった方の腕をあげ戦う意志がないことをアピールする。
彼は逃げなかった。
なぜなら、腕を失った自分は足手纏いになるからだ。
仲間を逃すために囮になることを選んだ。
しかし、逃げた仲間達は殺されてしまった。
これでは囮の意味がない。
「俺達は投降する」
ゴブリンは命乞いを選んだ。
「・・・」
ゴブリンはシスター達を見る。
その中には魔物の姿もあった。
「あんたら、ケテル派のシスターだろ・・・たしか、魔物との共存を掲げてるんだよな」
パテル派だったら問答無用で殺されていた。
だが、ケテル派なら話し合いの余地があるはず。
そう思って、ゴブリンは話を続ける。
「降伏するから命だけは助けて欲しい。死ぬ以外の罰だったらなんでも受ける。言い訳に聞こえるかもしれないが生きるためには手を汚すしかなかったんだ」
ゴブリンの話を聞いて一人のシスターが前に出る。
そして口を開いた。
「ベル・・・潰せ」
アナスタシアが冷たく言い放つ。
『グシャ』
命乞いをしたゴブリンがベルの鱗の生えた拳に潰された。
「お前達のような悪に慈悲はない・・・死ね」
アナスタシアが手をあげた。
それを合図にシスター達が洞窟に残ったゴブリン達を殺し始める。
「ギャー」
「グエー」
洞窟内にいたゴブリン達の悲鳴が響き渡る。
「た、助けて・・・もう悪いことはしないか・・ら・・・」
グシャ。
シスター達はゴブリンの命乞いに耳をかさない。
「懺悔なら地獄で勝手にしてろ。耳障りだ」
ひどく不快そうな顔をしながらゴブリンを見るアナスタシア。
それから、しばらくして洞窟にいたゴブリンは一掃された。




