第53話 二つの宗派
ここは教会の反省部屋。
そこに置かれた椅子にミカは縛られていた。
「ミ、ミカが悪いんです。任務に失敗したミカが!」
ルナが妹のミカの体にナイフをゆっくり刺していく。
死なないように。
でも、確実に痛みを与えるように。
「・・・っ」
ミカは叫ばない。
痛みに耐えて声を飲み込む。
反省部屋にはマリアもいた。
声を上げれば彼女が心配してしまう。
(耐えなくちゃ・・・これは私に与えられた罰なのだから)
反省部屋。
ここは罪を犯したシスターが罰を受ける部屋だ。
魔王の子。
その討伐の失敗は世界の終わりを早めることと同義。
重罪である。
ゆえに、罰が必要なのだ。
世界平和を掲げる正義に敗北は許されない。
敗北は罪である。
罪には罰を。
・・・。
教会には二つの宗派と二人の教祖が存在していた。
パテルとケテル。
この二つの宗派はその思想の違いから衝突も多い。
世界平和とそれを実現する正義。
そこまでは一緒だった。
しかし、実現のための手段が違った。
パテル派は魔物と魔王の子の討伐。
世界とそこに住む人々を守るための正義を。
ケテル派は魔物との共存。
種族による差別のない平等な正義を。
この相反する二つの宗派を抱えながらも教会を維持できていたのは神父のカリスマによるところが大きい。
神父はそれぞれの宗派のトップである教祖のさらに上に立つ存在だった。
神父マリベル。
彼女は二人の教祖に、そして全てのシスターから愛される存在だった。
そんな神父が・・・不慮の事故で亡くなった。
後任の神父も決まらず、二つの宗派の溝は深まるばかり。
そのことに危機感を覚えたのがパテル派のシスター達である。
シスターの数はパテル派の方が多い。
しかし、戦闘という面においてはケテル派のシスター達の方が上だった。
なぜなら、ケテル派は積極的に魔物を教会のメンバーに加えていったからだ。
パテル派とケテル派はお互いに不干渉の契約を結んでいる。
だが、それも神父亡き今いつまで持つか分からない。
だから、力がいる。
ケテル派に負けないだけの力・・・強い結束力と揺るぎない正義が。
・・・。
パテル派は『姉妹』と呼ばれる制度を取り入れた。
これはその名の通り二人一組のシスターが姉妹の契りを結ぶというものである。
姉妹になったシスター達は一緒に暮らし本物の姉妹のように絆を育む。
そして常に一緒にいることが義務づけられている。
・・・ただし、任務のときを除く。
任務は姉妹の内のどちらか片方のみが出撃する。
決して姉妹同士で任務を行うことはない。
これはひとえにシスターの生存力を高め任務の成功率を上げるための施策だった。
もし、任務で死ねば家で待つ姉妹が一人になってしまう。
パテル派のシスター達は瀕死の重症を負っても、仮に任務を失敗したとしても大切な姉妹が待っている家に帰ってくる。
・・・だが、命惜しさに任務が失敗続きになっては意味がない。
そこでパテル派は反省部屋を復活させた。
これは罪を犯したシスターに罰を与えるための部屋だった。
この悪習は過去のものでもう行われなくなっていた。
その悪習をパテル派は復活させたのだ。
より凶悪にさせて。
反省は姉妹で行う。
任務に失敗した姉妹をもう片方がナイフで刺す。
・・・連帯責任。
失敗した方には痛みによる罰を。
もう片方には大切な姉妹をその手で傷つける罰を。
姉妹同士であれば罰を受けた側が与えた側に報復することはない。
また、与える側が受ける側を必要以上に痛めつけて殺すこともない。
これらの一連の決まりは誰かに命じられたものではない。
パテル派のシスター達が自分達で考え決めたことだ。
正義という重荷を果たすだけの覚悟を得るために。
・・・それでも足りなかった。
ここまでしても亡くなった神父の代わりにはならなかった。
パテル派のシスター達は求めた。
神父の代わりとなる存在。
そこで祭り上げられたのが現在のパテル派の教祖・・・マリアだった。
マリアは元はケテル派のシスターで高い戦闘力を有していた。
しかし、その力のせいで神の奇跡を受け賜ることができなかった。
そこで自らの目を潰すことでようやく神の奇跡を受け賜ることができた。
そんな慈悲と自己犠牲に満ちた彼女はパテル派のシスター達からも注目の的だった。
それゆえに、パテル派からは以下のような意見が出た。
『マリアをパテル派の教祖に推薦できないだろうか?』
神の奇跡を持つマリアは本来なら教祖になるべき存在だった。
しかし、ケテル派には既に絶対的な教祖がいたため彼女はただのシスターの地位に甘んじている。
そこでパテル派のシスター達はケテル派の教祖とマリアに対して交渉を行った。
二人はこれを快く受け入れた。
『うん、構わないよ。むしろ、こちらからお願いしたいくらいだね。私もマリアが神の奇跡を受け賜わったときは教祖の座を渡そうとしたからね』
まあ、他のシスター達に止められたけどね、と付け加える教祖。
『はい、私も大丈夫です。むしろ、目が見えず足を引っ張ってばかりの私がみなさんの役に立てるというならぜひやらせてください』
承諾するマリア。
こうしてマリアはパテル派の教祖になった。
そしてそれは正解だった。
誰よりも慈悲深かったマリアにパテル派のシスター達は傾倒した。
いつしか、彼女達にとってマリアはかつての神父を超えるほどの大きな存在となっていた。
そして忘れてはいけないのが神の奇跡。
教会に伝わる神の奇跡は二つ。
それを受け賜わったシスターは二人いる。
一人はマリア。
もう一人も一応はパテル側にいる。
他にもパテル派は宝具の管理も一任されていた。
これはケテル派の教祖からお願いされたことだった。
『うちの筋肉馬鹿達はそんな繊細な道具使えないし、そもそも使う機会ないしね』
パテル派には願ってもないお願いだった。
魔王の子の討伐をする上で宝具は必要不可欠だったからだ。
こうして、パテル派の新たな基盤ができた。
姉妹、マリア、神の奇跡、宝具。
これら用いることでパテル派はケテル派と対等な存在となり教会の均衡は保たれた。
これからもこの均衡は守られ続ける。
・・・。
・・・。
本当に恐ろしいのはパテル派がここまでしてようやく対等となるケテル派。
強いてはその教祖である。
ケテル派は神を信じていない。
彼女達が信じるのは教会の理念。
すなわち正義だけだ。
『人を憎まず罪を憎め』
かつての神父はこれに付け加えた。
『小さな蟻に大きな象は殺せない』
どれだけの悪意を持ち合わせていてもそれを実現する力がなければ罪にはならない。
『我々が憎むのは人を悪に落とす力。逆に力がなければ・・・』
悪、足りえない。
ケテル派の現教祖はその体現者だった。
誰よりも悪意を持って生まれた彼女は誰よりも弱かった。
彼女は小さな蟻だ。
簡単に踏み潰されてしまう。
そんな彼女は悪と呼べるのだろうか?
それは人によって違うだろう。
少なくとも、教会の理念は彼女を悪としなかった。
むしろ、理念の体現者である彼女は・・・教会の象徴だった。




