第122話 少女の名前
「・・・」
少女が洋服を着替え終わった。
「君にこれを」
吸血鬼が少女に花を手渡した。
「この花の名はアナスタシア」
吸血鬼が少女に花の名前を教えてあげた。
「アナスタシア・・・」
少女が花の名前をくり返した。
「それで・・・私は・・・」
吸血鬼が言葉に詰まる。
「・・・?」
少女が疑問を浮かべる。
「・・・この花は気に入ってくれたか?」
吸血鬼が少女に聞いた。
「・・・」
少女は無表情な顔で花を見つめていた。
「そうか・・・良かった」
吸血鬼には少女の感情が手に取るように分かった。
・・・ずっと、見つめてきたから。
君が死んでしまわないように・・・
それが妄想からくる強迫観念だとしても・・・
君を思う気持ちだけは本物だと信じて。
「アナスタシア・・・この花と同じ名前を君に与えたい」
アナスタシア。
この名前の意味は・・・『復活』。
店員は吸血鬼と娘の再会を願ってこの花をプレゼントしてくれた。
(私に離れ離れになった娘など存在しないというのに。それを信じて・・・)
あの人間はお人好しで良いやつだった。
「奴隷じゃなくて?」
少女が家族・・・屋敷の住人達が呼んでいた名を口にだした。
「ああ、私は君をアナスタシアと呼びたい」
吸血鬼が自身の思いを口にした。
「分かった」
少女は吸血鬼の思いを受け入れた。
・・・吸血鬼は願った。
感情を表に出すのが苦手なこの少女が・・・普通に笑えるようになる日が訪れることを。
少女はあの屋敷での地獄のような日々で壊れてしまった。
人間とは呼べないおぞましい何かへと一度は成り果てた。
しかし、吸血鬼に救われ、一緒に過ごす内に少しずつ心を取り戻していった。
・・・まだ完全ではない。
彼女にしみついた歪んだ認知はまだ残っていた。
完全に消し切るにはまだ時間がかかる。
(アナスタシア・・・君がいつか普通の人間に戻れることを願うよ)
『アナスタシア』
吸血鬼は少女の復活を願い、この名を送った。




