私怨で国を滅ぼした
難産だった
物音を立てずにゆっくりとある部屋に近付く。部屋の前に立っていた兵士は軽く頷くとそっとどいてくれる。
「ねえ、陛下。あたし。いつになったら王子と結婚出来るの~?」
「なんで急ぐんだ。もっとゆっくりでもいいじゃないか?」
部屋の中から聞こえる喘ぎ声と共に交わされる会話。
その会話を共に付いてきてくれたクラウツが魔道具を使ってしっかり録音している。
「だって、月のものが遅れていて……もしかしたらと……」
決定的なセリフに口元が歪む。
「そうか!! なら、さっさと結婚して、すぐにあいつを亡き者に」
「ええ!! 王子と結婚してすぐに不慮の事故で夫を亡くした可哀そうなあたし。だけど、お腹には愛の証が残っていた。美談よねっ♪」
楽しげに囀る声に、クラウツの隣にいたコバルトが剣を抜こうとするのを慌てて止める。
「その愛の証が儂とサナの素晴らしい子供。あいつの血は一滴も流れていない。なんて素敵なことだろう」
愉悦と欲望にまみれた声を聞いていると殺意が湧いてくる。
録音をしていたクラウツが、もう大丈夫ですと合図をしたのと同時にドアを壊す勢いで中に入る。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!」
慌ててシーツで身体を隠す全裸の女性。
「なっ!! 何しに来たっ!!」
裸のままこちらを叫んでくる太った男。
「クラム!!」
男の目には剣を手にしていきなり入ってくるクラムは恐怖の対象なのだろう。顔が怯えている。
「【何しに?】決まっているでしょう」
男の目に映る自分は人形のように表情が消えている。自分の後ろに控えている面々が憎しみの視線を向けているのに不気味なほど感情が見えない。
「貴方方を殺しに来たんですよ。国王陛下。聖女」
お前たちによって殺された最愛の婚約者の仇を取るために。
ナージュは変人と有名な令嬢で当初は何で自分の婚約者に指名されたのか理解不明だった。だけど、その前提はすぐに覆された。
ナージュは貧しい国を何とかしようと独自で研究をしていてその行動が変人扱いされているだけだったのだ。
「東の国の農産技術を調べたら我が国でも活用できることが分かったの!!」
婚約者になったそうそう、王城にあった図書室で本を読み漁って、様々なことを調べ上げていた。
我が国は貧しかった。
土地に元気がなく、作物を輸入で頼ることが多い。
それを解決するために多くの魔術師の命と引き換えに異世界から聖女を召喚する。だけど、聖女を召喚しても実りが約束されているのは最長でも五年。多くの魔術師の命と引き換えにしてもその加護は微々たるものであった。
それでも必死に国を延命させるしかない現状の中。婚約者になったナージュは他にも手段があるかもしれないとその方法を模索していた。
「どんな方法なんだい?」
尋ねると図書室から持ってきた分厚い本を広げて、見せてくれる。ちなみに書物の文字は東のとある国の文字で解読するのも大変だったのに解読したと言うことだろう。
「まず土地の状況を調べてみないときちんと言えないけど、土の質によって育てやすい野菜があるのよ」
芋。蕎麦。ラッキョウ。落花生。蓮根。特殊な環境で育ちやすい作物一覧。
「後、気温とか湿度でも育て方が変化するわね」
例えであらわされたのはブドウ。湿度の高い場所では頭上に枝を広げるように育てさせるが、湿度の低い場所では壁に這わせるように育てる。
「後ね。畑に動物を放置するのよ」
「畑に放置?」
「もちろん、作物が食べられないように工夫する必要はあるだろうけど、ヤギとか牛とか鶏を放って、それらが雑草を食べて、フンを出す。フンが肥料になって作物が成長するんですって」
もちろん簡単に成功するとは限らないが、試す価値はあった。試行錯誤をして、少しずつ成功が目で見える形で表れて、魔術師であるクラウツはもう次は誰が儀式をするのかと恐れていた日々から解放されると涙を流していた。
クラウツの家族は妹を残して皆聖女召喚の儀式で命を落としていて、その都度自分たちが尊い犠牲という名の生贄だったと怒りを抱いていたのだ。
ナージュはそれ以外にも我が国で足りないものを調べて国を豊かにすると意気込んでいた。それが次期王妃としての役目だと。一朝一夕で出来ることではない。失敗も多い。だけど、牛歩の歩みだったが確実に我が国に進歩の兆しが現れた。
「ナージュは何でここまでするんだ?」
「だって、わたくしはこの国を愛しているから」
だからよくできるものがあるのならよくしたい。そう微笑むさまが誇らしくて、彼女が自分の婚約者だというのが嬉しくて思わず抱きしめていた。
「苦しいわっ」
「ごめんごめん」
軽く叩いてくる様も愛らしくて、笑って謝る自分に頬を膨らませて怒ってますアピールをナージュは見せてくる。
ナージュとならいい国を作れるだろう。いや、作ってみせると覚悟を決めた。
そんな矢先、
「聖女を召喚する」
父王の言葉に誰もが驚かされた。
「陛下。聖女を召喚とは……魔術師の数がまた」
「煩い。王命だ!!」
異論は認めないと父王の言葉とともに、強制的に集められた魔術師たち。クラウツも候補に挙がったが、クラウツの魔力は弱かったので最終的に選ばれなかった。
「何これっ⁉ 乙女ゲー? 漫画っ⁉」
興奮したように現れた聖女は、聖女の役目を果たす代わりに自分を王子さまと結婚させてと催促してきた。
「してやればいいだろう」
何を考えているか理解できない父の言葉に、
「自分にはナージュという立派な婚約者がいます!!」
「なら。――婚約を無かったことにすればいい」
後日。ナージュは処刑された。
聖女を害した罪だと。
「驚きましたよ。まさか、父上は変人と評判のナージュを利用して私の価値を下げたかったなんて」
変人と評判だったナージュを婚約者にしたのは私を陥れたかったから。
父王はずっと自分を嫉んでいた。息子の自分を苦しめたがっていたのだと。
「そうだ!! お前さえいなければっ!! お前は賢王の素質があると噂されて、儂は凡庸な王に収まると……そんなの許せるものかっ!!」
「だから、聖女を召喚させたんですか。聖女が居れば土地は豊かになる。と」
あくまで一時的な物なのに。
「はっ。そんなの聖女の力を長引かせればいいだけだ。お前たちの研究していた魔石を使えば聖女の力も長引かせれるだろう!!」
ナージュの研究の一つ。魔物を倒すと出てくる魔石を畑にまけば土地が回復していった。その土地に合う食材。魔石の研究。それらを進めていけば国が豊かになるとナージュは言っていたのに。
「……ナージュの研究を横取りですか」
怒りで今にも襲い掛かろうとしているナージュの兄をクラウツが抑え込んでいる。
「クラウツ」
「すべて録音させてもらいました。後は公の場で処刑しましょう」
処刑と聞いて顔色が悪くなる両名をこれ以上見るのは不快だったので、後ろでずっと控えていた兵士に命じて牢に連れて行く。
聖女のぜいたく品の購入でどれだけの税金が使われたのか。ナージュが居なくなったことでどれだけの研究が滞ったのか。
「処刑と共に王制を廃止する」
「それはっ!!」
足掻く父王に向かって冷たく宣告する。
「よかったですね。歴史に名を残したかったんでしょう。国を滅ぼした王として語り継がれますよ」
告げたとたんますます暴れる父に何の気持ちも沸かない。
ナージュが死んでから喜びも楽しみも食べ物の味も音楽の良さも分からないのだ。
こんな壊れた自分では国を守れない。
「ごめんね。ナージュ」
君の愛する国を守る事も出来ないよと寂しく呟く。
処刑を遠くから見届けた後、誰にも知られない場所に向かったのだった。
BADENDが浮かんで