<第三十二章>エピローグ
その日、洗泉橋の上空に無数のヘリが飛び交った。それらは機体の下からきらきらと光る液体を放出し、街中にばら撒いた。
常世国でテロが起きたことを知っていた住民たちは最初、政府の除菌活動か何かだと考えたが、実際はまたく正反対のものだった。
振りまかれたのはオル・オウン計画用に調整されたイグマ細胞の塊。霧状になった細胞を呼吸器官から取り込んだ人々は、次々に異形の怪物へと変化していった。
これによって、街は一気にパニックになった。誰もが逃げ惑い、恐怖し、洗泉橋からの脱出を試みた。
感染者の流出を恐れた政府とイミュニティーは即座に街の封鎖を決定。元々常世国を監視していたおかげですぐに対処へ移ることができ、事件発生から三時間もかからずに洗泉橋の周囲は有刺鉄線と鉄柵に覆われ、無数の警官や自衛隊がその防衛にあたった。
彼らは感染者は抹殺し、非感染者は保護しろとの命令を受けていた。だが、感染者が境界に近づき一声鳴いた途端、検疫室で待機していた人々や感染者に近い位置にいた警官たちが一斉に暴れだした。別に肉体を変化させることなく、そのままの姿で他の人間に食いつき爪を立て暴虐の限りを尽くす。政府はこの状況の原因を特定することが出来ず、仕方がなく彼らを全て射殺しそれ以上の非感染者の保護を取りやめた。
感染者の一声で普通の人間が暴徒と化すとはいえ、彼らは操られているだけの可能性があった。実際に動き回っている感染者よりは、圧倒的に操られているだけの被害者の数のほうが多い。この事実の所為で倫理的な抵抗に遭い、政府は大規模に街を破壊することが出来なくなってしまった。仕方がなく彼らは何度か部隊を送り、感染者たちを内部から滅殺しようと試みた。しかし、いくら部隊を送り込もうとも、感染者に遭遇した瞬間、送り込んだ部隊が操られその手ごまとなってしまうため、得られる成果は何一つなかった。
打つ手がないまま時間だけが過ぎる。あとはもう彼らに出来ることは、莫大な人員と金、物資を使用し、いつ決壊するかもわからない防衛線を必死に維持し続けることだけだった。
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昇りつつある朝日が全身を照らす。
心地よいと思っていた風も、今やただ傷を撫で付けるだけの邪魔者でしかない。
常世国。国内最大級のレジャー施設。第三の都心と名高い洗泉橋の中心地。
ここは、オル・オウン計画を完成させるための揺り籠だった。六角と白居の望む世界を実現させるための研究施設、イグマ細胞を、超感覚者を、オル・オウン計画を育んだ『創生の揺り籠』。
截たちはその創生を止めることが出来なかった。
ただ目の前で計画が実行に移るのを眺めることしか出来なかった。
あと一歩のところで、目の前にその鍵である六角構成が居たにも関わらずに。
キツネは視線を落とし眼前の物体へ目を向けた。
動きを止め固まった東郷。
死に瀕して倒れた截。
そして彼らの合間から見える、人々の悲鳴と炎。
全てが終わりに見えた。
世界が地獄に包まれたような気がした。
誰もが平等に命の危険を負い合う混沌の世界。
生きるか死ぬか、その尋門を常に強いられる世界。
額から血が流れ落ちる。
それは鋭い目の上を伝わり、整のった鼻の横を通り抜け、ゆっくりと、――笑みを浮かべる口元へと落ちた。
ここは確かに、六角と白居にとっての創生の揺り籠だった。
だが同時に、キツネが自分の望んだ状況を生み出すための揺り籠でもあった。
オル・オウン計画を不完全な状態で不本意に実行させる。それが、本当の目的だったのだから。
懐に仕舞っていたカプセルの中身が暴れる。どうやら『彼の本体』が近くに来たようだ。
阿鼻叫喚に落ちいている街、その中心ともいえる場所で、
くすりと、キツネは一人、小さな笑い声を漏らした。
これにて尋獄3は完結です。
今回は終わらせ方がすごく難しいですね。もっといい終わらせ方が出来ればよかったんですが。
感想、アドバイス、改善点がありましたら、気軽にコメント下さい。
それでは、ここまで読んでくれた皆さん、ご読了ありがとうございました。
宜しければ、今後執筆予定の続編、全主要主人公総登場、尋獄4<TOGGLE DOMAIN>もよろしくお願いします!