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<第二十九章>六角截の計画

「残念だったなと、まずは言っておこう」

 屋上に出た六角は、疲れきった顔でそう言った。彼の背後には見慣れない小柄な男が一人立っている。服装を見て、黒服だとすぐに気づいた。

「六角構成……!」

 まだ亜紀たちが死んだとは確定していない。ヘリが打ち落とされる前に脱出したかもしれないのだ。動揺を押し殺し、截は目の前で起きている異常事態に集中した。

 六角が一人であそこから脱出できるとは思えない。恐らく背後の男が手を貸したのだろうが、一体いつの間にブラック・ドメインへ侵入していたというのだろうか。まったくそんな気配は感じなかった。自分はともかく東郷やキツネにさえ悟られないとは、大したものだ。手を合わせるまでもなく、相当な実力者だとわかった。

「残念。そう、まさに残念だよ。僕は……本気でお前を息子だと思っていたんだぞ、截」

 しんみりとした顔でこちらを見る六角。截は一瞬意味がわからなかったが、どうやらそれがキツネを指しているようだと、雰囲気で気づいた。

 ――息子? キツネとこの男が親子だっていうのか……!?

 予想外の言葉に目を見張る。それはあまりに衝撃的な一言だった。

 すぐに横を見るも、肝心のキツネはただ黙って六角とその背後の男へ視線を向けるだけだった。

「何も答える気はないか。まあ、仕方のないことだ。念入りに練った計画が、たった今頓挫とんざしたのだからな。……それとも、僕と相対することに後ろめたさでも感じているのか?」

 どこか期待を込めるように言う六角。しかしキツネは言葉を返さなかった。

 業を煮やしたのか、六角の背後に立っていた男が前に出た。

「もういいでしょう。六角代表。彼は今、頭を高速回転させて状況分析とこの場を自分に有利に動かすための計算をしているはずだ。あなたの話など微塵も聞いていませんよ」

 凛とした高い声で言う男。かなり中性的な顔立ちをしており、その細い体系も相まって女のようにも見えた。

「いくら考えようと無駄だよ、キツネ。君がこれから何をしようと、既に遅い。もう勝負はついた」

 手で前髪を分けおでこを出す。まるで二又のような感じだ。

 六角の言葉には一切反応しなかったキツネだったが、男の台詞を聞き、ようやく返事をした。

「――まさか、この計画が察知されてるとは思わなかったぞ、草壁。一体いつ気づいた」

 草壁。その名を聞き、ようやく截も相手の正体がわかった。黒服の最高幹部。実質的な副リーダー。白居学の右腕。それは、一番ここに居てはまずいはずの人間だった。

「心配しなくていいよ。僕は今回の計画については完全に察知できなかった。君が何かするかもしれないと一応調査はしていたけど、まったく手がかりは得られなかったんだ」

「じゃあ、どういうわけだ? 情報が漏れていなかったのだとしたら、何故お前はここに居る?」

「簡単な話だよ。六角代表や白居さんはまだ君を信じていた。君が怪しい動きをしても、不信感を抱いた程度だった。でも僕は、君が絶対に裏切ると確信していたんだ。長い付き合いだからね。君の考え方も、やり方も自分自身のように知りつくしてる。だから、君が狙いそうな六角代表の身辺に、ずっとついていた。もう何週間も前からね」

 草壁は片手の掌を上に向けた。

「君が何をするかかはわからない。けど、どうあろうと絶対に六角代表を狙うことはわかっていた。だから、正体を偽り、イミュニティーの新人としてここで働いてたのさ。今回の事件には驚いたよ。まさかあんなに派手な手を使うとはね。東郷や上部の裏に君が居るとわかるまで、かなり時間がかかちゃった」

 ということは、この男は途中から侵入してきたのではなく、最初からずっと居たことになる。友や亜紀と共に常世国の中を逃亡し、研究所へ入り、隙を見て下へ降りた。恐らくは東郷らが入った直後だろう。イミュニティーの隊員は数多く居たし、研究所内で古矢によって分散された時に身を隠せば、確かに可能ではある。

「まあ、こんな余裕そうに言ってるけどさぁ。僕だって大変だったんだよ? 何度も死にかけたし、ヤバイめにもあった。ここまで無事に来れたのは、運が良かったんだろうね」

 子供のように笑う草壁。汚れひとつない格好でよく言うと截は内心毒ついた。

「それで、こっそりとみんなの後をつけてみれば、いやいや、ホントたいした奴だよ、君は。失敗したとはいえ、成功していれば全てが変わっていた。敵に回すとこれほど恐ろしいのかと改めて実感したよ」

 いつもはおしゃべりなはずのキツネが、何も答えない。それほど追い詰められているということなのだろうか。

反応がないことを気にもせず、草壁は一人で話し続けた。

「これはあくまで結果から見た推論だけど、君は六角代表を殺すことだけが目的じゃなかった。東郷大儀、イミュニティー上部、白居さんとの戦いへの準備、その全てをこのたった一度の機会で片付けようとしたんだ。六角構成が消えれば、彼の傘下の人間に動揺が広がるし、白居との連携は取りづらくなる。それに諸事情で六角はオル・オウン計画に直接必要な人材だったから、彼の死はそのまま計画の延期にもつながった。生かせば仲間として使えるかもしれない東郷大儀を殺しにかかったのは、彼の細胞がこちら側へ渡るのを恐れたからだ。どんな傷を与えても瞬時に回復する不死身の細胞が量産されれば、恐ろしいことこの上ない。だから、彼にとって毒となる黒目細胞が蔓延るブラック・ドメインの中をえて歩かせた。本人がイグマ細胞と同様に自分には害がないと、錯覚している間にね。とどめに注射を刺さずとも、既に彼の体はかなり蝕まれていたはずだ。黒目細胞はイグマ細胞の機能とお互いに殺しあう。もし東郷が黒目細胞によって死ねば、その不死身細胞のメカニズムは決して手に入らない。それが目的だった。だからテロを起こさせるのにこの場所を選んだ」

 まるで探偵にでもなったかのように、草壁は人差し指を上げながら左右へちょくちょく移動した。

「古矢の死も、同じように最初から計画していたことだ。この限られた空間で彼と東郷が死ねば、上部とかかわりのある人間で生き残っているのは君だけになる。そうなれば上は中で起きたことを確認するのに、君を利用するしかない。事がことだけに、間に色々と人を通して接触してきたこれまでとは違い、かなり近い距離で接触する必要があった。そこを利用し、上部の弱みを握ろうと考えたんだろう」

 まるで全てを知っていたかのように話す草壁。截が疑いの篭った目を向けていると、目の前で足を止めた。

「ああ、そうそう。キツネの部下さん。君の登場も全て彼の思惑のうちだろうね。……君の名前は截っていうんだろ? それがキツネの本名だって知ってたかい? 」

「キツネの本名……?」

 確かに先ほど六角はキツネのことを截と読んでいた。もし本当にキツネの名前が截だとすれば、何故わざわざ自分にその名前を与えたというのだろうか。截はいぶかしんだ。

「キツネの部下に截と名乗る人物がいるという話は、大分前から知っていた。何せ彼の本名なんだ。彼を昔から知っている人間からすれば、興味を持たないわけがない。君が截と名乗ることによって、僕たちはただの一般的な黒服隊員へ注意を向けなければならなくなった。紀行園、そして今回の常世国。大きな被害を与えたこの二つの事件に関わる人間。六角の暗殺が成功していれば、これを成し遂げたのは君だと誰もが思ったかもしれない」

「何だって……!?」

「キツネは君を利用することで自分の手伝いをさせ、あまつさえ同等の存在として僕たちに認識させようとしていたんだ。全ては自分が動きやすくなるために」

 截は最初にキツネから名を与えられたときのことを思い出した。自分を呼ぶとき、変によそよそしかったのは呼びなれていないからだと思っていたが、まさかそれが彼自信の名前で、そんな思惑があったとは考えもしなかった。

「今回の事件を一言で言えば、これはキツネが白居さんと戦うための準備だったんだ。普通にひとつずつ目的を達成しようとしても、いくつかには必ず邪魔が入ってしまう。だから、全てを短い時間にまとめて行おうとした。同時に目的を達成してしまえば、こちらはどうすることも出来ないからね。まあ結果的には失敗したけど、成功してればこちらが圧倒的に不利になっていたはずだ。まさに僕の行動は白居側にとってファインプレイだと言えるものだろうね。……ホント、とんでもないことを考えたもんだよ、彼は」

 艶っぽい笑みを浮かべる草壁。それを見たキツネの眉間に僅かにしわができた。

 正直、草壁の言っていることは信じられなかった。本当にキツネはそれほど多くのことを考えてこの事件を起こしたというのだろうか。話されたことが多すぎて、内容が突拍子もなさ過ぎて、截は整理するのに苦労した。

 激しい回転音が鳴り響き、強風が上から落ちてくる。どうやらヘリが来たようだ。それを見て、草壁は満足そうに頷いた。

「時間が来たみたいだね。まだ話し足りなかったけど、ここでおしゃべりはお仕舞いだ。僕たちはもう行くよ」

 そう言って下ろされた梯子を掴み、六角を上らせた。

「――っ待て、草壁……!」

 ここで逃げられるわけにはいかない。截は彼らの逃亡を妨害しようとしたが、突然足元のコンクリートが弾けとび、思わず動きを止めた。一本の小型ナイフがそこに突き刺さっている。

 投げたのはヘリに乗っている男の一人だった。顔中が傷で覆われ、いかにもといった面構えをしている。どうやら彼も黒服のようだ。

「君たちの相手は別の人がしてくれるよ。僕はさっきキツネの全ての目的を阻止したって言ったよね。どういう意味かわかるだろ?」

 感覚が、敏感に反応する。脅威を、恐怖を、危険さを、明確に脳へ伝えてくる。

 ――まさか……!

 截は冷や汗を流した。

 爆弾が落ちたかのような音を鳴らし、エレベータ室の扉が吹き飛んだ。すばやくそちらに意識を向けると、このタイミングでは絶対に目にしたくなかったものがそこにあった。

 真っ赤な、巨大な腕。そびえ立つように伸びたそれは、扉のふちをゆっくりと掴んだ。

「っち、……余計な真似を……!」

 横でキツネが舌打ちする。かつて紀行園で見たそのままの姿の赤鬼が、地獄の底から這い上がってくるかのように、その場に立ち上がった。

「――……ォォォオオオオオオォオオオッ!!」

 大地を震わすかのような雄たけび。怒りに満ちた咆哮。あらゆる負の感情が込められた叫びだった。

「それじゃあね、キツネ。また会えることを期待してるよ」

 楽しそうに言う草壁。その背後で、六角が寂しそうにつぶやいた。

「……さらばだ。息子よ」

 プロペラの回転が強くなり、一気に高度をあげるヘリ。もう、手の届く距離ではなかった。

 あそこまで追い詰めたのに、殺せるはずだったのに、ここまでの犠牲を払ったのに、六角に逃げられてしまった。截は悔しさから激しく唇を噛んだ。

「――截、来るぞ、構えろ……!」

 ナイフを引き抜き、指示を飛ばすキツネ。

 冷静に見えるが感情を押し殺そうとしているのが見え見えだ。いつもは憎むべき相手だが、流石にこの状況でそんなことは言っていられない。截は二本のナイフを握り締めると、キツネに並ぶようにその横へ立った。


 


 開け放たれた扉越しに小さくなった常世国の屋上を見つめる。今気がついたが、自分はこの結末を知っていた。既に今朝、夢で見た光景だ。

「……哀れな奴だ。素直に僕に従っていれば、こんなことにはならなかったのに……」

 截は最高の武器だった。最高の道具だった。誰よりも優秀で、誰よりも自慢できる息子だった。まさかこんな形で失うことになるとは思ってもいなかったが、これも運命かと、諦めの気持ちを抱いた。

 感傷に浸っていると、前の席で忙しそうに通信器と話していた草壁がわけあり顔でこちらを振り返った。

「六角代表。キツネの所為で少々まずいことになりました」

「どうした?」

 何となく予想はついているものの、確認のために聞く。

「僕があなたを助けてしまったことで、黒服とあなたとの関係がほぼ完全に世間に露見してしまいました。今までは信じていない人間も多数居ましたが、あの屋上で堂々と並んで立っている姿を見られては言い訳もできません。早速イミュニティーの上部や黒服内部、政府の高官らからの問い合わせが本部に殺到しているみたいです。このままでは監視が鋭くなり、計画の実行に支障がでるかと」

「奴の思惑は失敗したが、思わぬところで余計な付加効果が生まれてしまったか。……だが、こういう場合もあることは想定していた。白居卿はくいきょうとは既にあらゆるパターンに対する備えを用意している。あまり本位ではないが、仕方ない。こうなっては今すぐに手を打つしかないだろう」

 窓から目をそらし、草壁の顔を見る。

 もう、後戻りは出来ない。これが自分の選んだ道なのだ。妻に、息子に裏切られた今、自分にはこの計画しかない。これだけが生きる意味だった。

 六角は大きく息を吸い込むと、決意を込めた眼で言った。

「さあ、用意しろ。――オル・オウン計画を始動する」






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