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<第二十二章>赤と青の戦い



 イミュニティーに在籍している人間は、大まかに二つの種類に分けられる。家系的にイミュニティーとかかわりがある、もしくは関係する企業や組織で働いていた人間と、偶発的にイミュニティーと関わらざる終えなくなった人間だ。前者は六角や唐沢のような人間をさし、後者は友や亜紀のような人間をさす。そして古谷照明は――後者に属する人間だった。

 


 黒目から逃げる友と亜紀を見つけ、古矢は岩山の上でほくそ笑んだ。ツいていると、舌を鳴らす。白兵戦に秀でた真田雫さなだしずくと、戦略に秀でた友が同時に相手になれば勝ち目は薄いが、こうして二手に分かれている今ならばそのどちらをも殺せる自信があった。

 古矢は友たちが逃げている道の先へ目を向けた。数十メートル先に紫色の池のようなものが見える。

「あそこで仕留しとめるか」

 広さ的にも、先回りにかかる時間的にも、あの池はちょうどいい位置にある。下唇を舐め、古谷は中腰から体勢を戻した。

 腰にかかっているナイフをゆっくりと撫で、必死に亜紀を抱えて走っている友を見る。

 気がつくと、声を漏らしていた。

「……運の悪い男だ。お前は……」

  友自身には何の恨みもない。むしろ、そのたぐいまれなるセンスや戦闘スタイルは素直に尊敬してさえいる。イミュニティー内での高感度はかなり高いほうに分類されているだろう。

 古矢は生まれつきイミュニティーに属していた人間ではない。彼らと同様に災害に巻き込まれ、引き抜かれた存在だ。ただ立場が違う。それだけが、友と古矢の差だった。

 怯える両親、そして初めて悪魔と遭遇した際に襲われた人々――。

 脳裏に浮かんだ光景を振り払い、古矢はナイフを抜いた。






 孤立していることを感ずかれたらしい。いつの間にか、背後に黒目の姿が現れていた。

「亜紀ちゃん、奴らだ。急ぐぞ」

 友はしっかりと亜紀の肩を掴み、足を速めた。黒目たちまではまだ数十メートルの距離がある。曲がり角なんかで視界から姿を消し、その隙に身を隠せば、逃げ切られる可能性はあった。

「ジョォォオオッ……」

 虫の羽ばたきのような耳障りな声をあげ、数体の黒目が競うようにこちらを目指してくる。

 前を見ると鉄格子のようなものがあった。あそこまでたどり着ければ、一時的には黒目の追走を食い止められるかもしれない。

 歯を食いしばり、必死に足を動かす。肩を組んで逃げる二人と、全力疾走で追いかける化け物たち。物凄い速度でその差は埋まっていく。

 足が痛むのか亜紀の表情は辛そうだ。友は心の中で彼女を励まし、出来るだけ早く進めるように努力した。

 ようやく鉄格子までたどり着いたころには、黒目は既に数メートルのところまで迫っていた。慌ててそこを通り抜け、開け放たれていた扉を閉める。先頭の黒目が鉄格子を掴んだと同時に、友はスライド式の鍵をロックし、小型ナイフをその隙間に差し込んだ。

「ジョォォォジョォオオッ!」

 ガンガンと鉄格子を揺らすが、それはびくともしない。友は倒れるように後ろへ下がった。

 そこで初めて、まともに黒目の姿を見ることが出来た。

 悪魔同様の灰色い肌に、髪の毛が全て抜けた頭部。眼球は全て真っ黒に染まり、有名なグレイという宇宙人のようにも見える。そして鉄格子に巻きついているその腕は、五本の長い触手が絡まりあったような不気味な形をしており、先端部分が手のひらのように開いていた。

 心配そうに亜紀が見てくる。

「……大丈夫。さあ、行こうか」

 友は起き上がり、彼女の肩に手を乗せた。

 しばらく歩いたところで、大きな池が目の前に現れた。

「これは……こんなところに池が?」

 人工物のようには見えないから自然のものなのだろうが、明らかにその色はおかしい。おそらくイグマ細胞か黒目細胞が内部に溢れているのだろうと見て取れた。

 亜紀がくいくいと袖を引く。彼女の視線を向くと高速エレベータらしき長い支柱が、いくつかの岩山を挟んだ奥のほうに見えた。

「あそこがゴールみたいだな」

 距離にして二百メートルほどだろう。これならばすぐにたどり着くことが出来る。友は安心した。

 ここから先へ進むには池の上に掛かっている橋を渡らなければならないようだ。紐で吊っているだけらしく、足を乗せると酷く不安定に感じた。

「ん? どうした亜紀ちゃん。行こう」

 じっと後ろを見て動こうとしない亜紀に、友はそう声をかけた。吊橋が怖いのかと一考する。

 彼女の手を引こうとしたところで、突然亜紀の視線の先から大きな音が鳴った。ガシャンという、何かが倒れるような音だ。

「ジョォォォォォオオッ……!」

 木霊する黒目の声を聞き、友は何が起きたのか推測した。

 ――今の音――……まさかあいつら、鍵を開けずに力任せで柵の接続部を破壊したのか?

 崖から落ちた所為で、二人は現在隔離網の外側にいる。人の手が入ることはめったにない場所であり、当然その分中の設備は老朽化しているはずだ。鉄格子を固定していたボルトが錆びて緩んでいてもおかしくはない。友は強引に亜紀の腕を掴み、橋の上を走り出した。

 この吊り橋はいくつかの支点を中心にロープを張ることで橋を維持している。つまり例えロープを切ったとしても、その支点までの足場が水に沈むだけで、橋全体が利用できなくなるわけではない。

 友は最初の支点に到達すると同時に、ナイフによって両側のロープを切断した。

 支えを失った橋は、一気に水の中へと沈み込みその機能を失う。橋の上に到達していた黒目たちも、一緒に池の中へと落ちていった。水中はヘドロにようにでもなっているのか、そのまま苦しそうにもがき、なかなか進めそうにはない。

 友はこれで追っ手を撒けるかと考えたが、彼らは予想よりも執念深かった。

 まだ陸地にいた黒目の一部が、先に橋とともに沈んだ仲間の頭や肩を踏み台にし、こちらへと飛翔した。

「なに!?」

 二体の黒目が友と亜紀の前に到達する。

 舌打ちしナイフを突き出すも、肩から伸びる触手の腕がパカリっと開き、友の手を包み込んだ。その隙にもう一方の触手腕が伸ばされたので、慌ててそれを掴み動きを封じる。

 ――まずい!

「亜紀ちゃん、走れ! 逃げるんだ」

 友は亜紀のほうへと向かおうとしているもう一体に、足払いをかけ転倒させた。

 自分の実力や立場をよく理解しているであろう亜紀は、無闇に友の下へ駆け寄ろうとはせず、言われた通りに逃げようとした。だが、僅かに進んだところで目の前に何かが現れた。

 それを見て友は歯軋はぎしりりする。

「古矢っ……!」

 立ち上がろうとする黒目の首を、足で挟み込むように封じつつ、友は彼を睨んだ。

「悪く思うな、友。俺の正体が露見した以上、こうするしか手はない」

「お前の目的は六角の確保だろ。何故俺たちに手を出す」

 一瞬でも力を抜けば、黒目に押し倒される。友はぎりぎりと黒目との押し合いを続けながら、そう聞いた。

「本部の意向は自分たちの関与を悟られないようにしつつ、六角構成の身柄を得ることだ。そのためには俺の裏切りや本部とテロリストの取引について知っている人間を生かしておくわけにはいかない」

 古矢は腰から大きめのナイフを抜いた。ククリ刀のような形をした刃が、きらりと光る。

「俺は別に六角派の人間じゃない! やめるんだ古矢」

「まあ、そうだろうな。お前が六角にいい感情を持っていないことはなんとなく見て取れる。だが、これは命令だ。俺やお前の意思がどうあろうとも、既に下された決定はくつがえすことなど出来ない。俺は六角構成以外の全ての人間を殺し、あの男を連れてここから脱出する。それでこの事件は終幕だ」

 古矢はナイフの側面を撫で、亜紀へと一歩近づいた。

 彼の実力が高いことは、先ほどの争いと事前知識からよくわかっている。そして自分と亜紀を殺すつもりなのも、本気に違いない。

 今すぐに亜紀の前に飛び出て古矢を止めたかったが、少しでも力を抜けば動きを何とか止めている二体の黒目が開放されることになる。そうなれば、古谷が手を下すまでもなく彼女は死ぬだろう。

 ――くそっ……こんなところで……!

 どちらにしても絶望しか待っていない。友は目を血走らせ、古矢を睨みつけた。

「そんな目をしても無駄だ。黒目のおかげで思っていたよりも楽にけりがつきそうだな。さらばだ。国鳥友こくどりゆうよ」

 近づいてくる古矢を見て、亜紀は涙目になりながらも逃げようとはせず、身構える。そんな彼女の姿に、友は己の無力感を酷く感じた。

「やめろぉおお!」






 大きな音を響かせながら、せつは勢いよく壁に激突した。

「っ……この――……!」

 痛みを我慢するように立ち上がり、半赤鬼を睨みつける。既に言葉を失っているらしく、半赤鬼は耳をつんざくような声で鳴いた。

「ゴォォォォオオゥゥウウウッ!」

 体の半分が赤鬼かしているとはいえ、その内部はまだ普通の人間だ。頭部さえ破壊できれば今なら殺すことが出来る。そう思い挑んでいるのだが、予想に反して中々近づくことが出来ない。既に三度もこうして壁に叩きつけられていた。

 ――まったく、強化服に着替えてなかったら骨の一本くらいはいってたな。

 ナイフを前に構え、苦笑いする。こちらが無事なのを見て、反対側に立っている唐沢が安堵の息を吐いた。

 ここは普段プレートの下に格納されている場所であり、武器になりそうな道具や障害物は何一つ存在しない。生きて先へ進むためには、実力のみで目の前の化け物を排除するしか道はなかった。

「唐沢さん、交互にこいつの注意を引いて、隙が出来たときに攻撃しましょう。幸い赤鬼化しているのはまだ右腕だけです。機動力は低い」

「その右腕だけでも十分に厄介なんだがな。――ったく、しかたねえか」

 唐沢は半赤鬼を挟んで截の向かい側へ回った。

 何度か攻防を繰り広げていると運よく半赤鬼が背を向けた。その機を逃すことなく截は相手に飛び掛る。

 黒柄ナイフは確かな手ごたえを感じさせつつ、半赤鬼の肩へ突き刺さった。半鬼はすぐに振り返り截を引き剥がそうとしたが、その前に截が喉へもう一本のナイフを差し込む。白銀の刃は反対側へと貫通し、赤い花を咲かした。

 ――脊髄を貫いた……! これでどうだ?

 元々は人間である以上、その指令は全て脳から脊髄を通して行われる。強靭な赤鬼の腕を持とうとも、その腕を動かすための経路が切断されていれば意味はない。截は勝利を疑ったが、次の瞬間には再び吹き飛ばされていた。

「截っ! くそ、なんて再生能力だ」

 自身も再生細胞の研究に関わっていた唐沢にとっては、かなりショックな光景だったに違いない。半赤鬼の再生機能は、明らかにフォルセティのそれを凌駕していた。

 身を起こした截は複数の脅威を感じ上を向いた。ここの戦闘音を耳にしたのか、上に居た鬼たちが自分たちの居場所に気がついたようだ。だんだんとその距離が近づいてきている。

 ――くそ、……まずいぞ!

 これに加え複数の鬼の相手など出来るはずもない。早く決着をつけなければ、囲まれ袋叩きにされてしまうだろう。

「……――ザァァァァアアァァァアアアアッ!」

 豪雨のような鬼たちの声が聞こえてきた。それに張り合うかのように、半赤鬼も顔を上げる。

 外見的な変質を起こしているのは右腕だけだが、再生機能は既にある程度全身に備わっているらしい。肩と喉の傷を修復し終えた半赤鬼は、怒りを表すかのように大きな声で鳴いた。






 

 突然遠くのほうで、この世のものとは思えないような大きな鳴き声がとどろいた。

 それに反応するかのように、黒目たちの体が一瞬硬直する。

 友はその隙を逃さなかった。

「――っぉおおっ!」

 救援部隊にまで抜擢される友は、もはやただの隊員ではない。上位官としての地位を与えられ、当然それに見合った道具を分配されていた。

 WASPワスプ KNIFEナイフ。対人殺傷という意味では、世界最高クラスの威力を持つ刃物。これまで使用する必要がなくずっと温存していたその機能を、友はここで解放した。

 友の腕を締め付けている触手腕の隙間から、大量の白煙が噴出しその周囲を氷結させた。手首を回すと同時に拘束していたうちの二本の触手が橋の上に落ちる。

 怯んだ黒目の胸を肘で強打し遠ざけると、友は右足で挟んだ黒目の頭をねじり折り前に飛び出した。

「古矢ぁぁああ!」

「――ふん!」

 亜紀に切りかかろうとしていた古矢は、突撃してくる友を見て体の向きを変える。片腕を伸ばし亜紀の肩を引き付け、その立ち位置を強引に交換した。

 通常ならば迂闊に攻撃を出すべきではない。だが今は特異な状況だ。背後には黒目がおり、時間を与えれば亜紀が人質にとられる危険もある。一瞬でそれを計算した友は、あえて有無を言わせぬ速度で自らナイフを繰り出した。

 火花を散らし何度も重なり合う二人のナイフ。友のカートリッチはゼロだが、古矢はまだWASP KNIFEの機能を使用することが出来る。神経を張り詰めさせ、友は腕を動かした。





 友の背後で黒目たちが立ち上がるのが見えた。あれは死体に入り込んで体を操作する細胞の感染者。腕の一部が吹き飛んだり、首を折られた程度ではその活動を停止するわけがなかった。

 状況は未だ自分にとって有利だ。古矢は終始冷静に友の攻撃を受け流し続けた。

 ――このまま放っておいてもあいつは勝手に黒目に襲われる。今自分のやるべきことはムキになってこの男と真剣に勝負することではない。

 別に実力で押し切る自信はあったが、利用できるものを利用しない手は無いだろう。古矢は自ら攻撃はせず、防御に徹した。

 背後で起き上がった黒目に友が気がついた。慌てて半身になりそちらへ意識を向ける。友は前衛でも後衛でもない。純粋な一対二の戦闘では黒目に分があると思えた。しかし――

 友は身を屈ませ黒目の触手をかわすと、そのまま相手の背を押し黒目をこちらへ突き出した。

 一瞬ふらついたものの、獲物を襲いたいという本能しか持たない黒目は直ぐに攻撃対象をこちらへ変更し、襲ってくる。

「……っち!」

 これで友と自分それぞれに黒目が一体ずつ付いたことになる。古矢は狙いが外れたことに苛立ちつつも、直ぐに作戦を変更し黒目の対処に移った。

 古矢は元々は自衛隊の災害対策部に所属していた人間だ。在籍していたころには自衛隊格闘技という特殊な技術を学び、イミュニティーの隊員となった現在ですらそれをベースに近接戦闘を行うことが多かった。

 この戦闘技術の特徴は、単純だが高速な突きや蹴り、そして日本武道を軸とした投げ技や締め技にある。十秒感染の危険があるから後者のほうはあまり感染者には使えないが、単純打撃やナイフ術ならば大きなダメージを与えることが出来る。古矢はこの独自の戦闘技術を生かし、まっすぐかつ無駄の無い空手の突きのような刺突を放った。

 強力な勢いに乗せられたナイフは、黒目の心臓を激しく打ちつけその体を浮かばせる。しかしそれでも黒目は動きを止めず、触手のような腕を肩まで全開に開放し、古矢の頭を包み込もうとした。

 感染者の力は強力だ。もし掴まれれば、人間の首など簡単にねじ折られてしまう。古矢は水平蹴りを繰り出すことで、ナイフを抜くと同時に黒目の体を遠ざけた。

 胸から黒っぽい血を垂れ流しながらも平然とこちらを睨みつける黒目。やはり頭部を破壊しない限り動きを止めることはないようだ。

 古矢は黒目が再び掴み掛かってきたのに合わせ、右手を前に持ち上げた。黒目の攻撃範囲は広く少しでも気を抜けば簡単に拘束されてしまう。だが、鋭利な爪などがついている鬼などとは違い、その触手による突撃能力はない。あえて自身の腕を絡ませ、逆に巻き取るようにその触手を引っ張った。

 左足を前に出し黒目の足を踏む。まるで頭をこちらへ差し出すような形になった黒目の眉間に、古矢は悠々とナイフを突き刺した。



 真っ向からの接近戦闘では圧倒的に分が悪い。たった一人で前衛から後衛までこなせる古矢ならば、自分よりも早く黒目を倒せると友はふんでいた。

 まともに戦っている暇などは無い。ただでさえ実力では劣っているのだ。黒目と古矢を同時に相手にすれば、勝ち目はまずないだろう。

 友は黒目を仕留めることよりも、いかに黒目をこの場から離脱させるかについて考えた。

 ――この池は池というよりは沼よりの場所だ。一度落とせば中々あがってくることは出来ない。ここに落とせば……!

 後方でもがいている黒目たちを見ればそれは一目瞭然だ。友は足を攻めることで黒目を池に落とそうとしたが、触手がじゃまで中々それを実行に移すことが出来なかった。

 自分の動きには直ぐに反応してくる。友は直接攻撃することを諦め、先ほど切り落としたロープの残りにナイフを絡めた。そしてそれを黒目の足が踏み出されるときを狙って投げる。

 触手に掴まれれば一緒に池に引きずりこまれてしまう。黒目が足をロープにとられた瞬間、そのことに注意しつつ友は黒目の側頭部へ蹴りを打ち込んだ。ロープの所為で踏ん張ることが出来ず、黒目はあっさりと橋から落ちた。

 友が顔をあげ前を向くと、同時に黒目を倒し終えた古矢がナイフを突き出してきた。こちらも負けじと刃を伸ばし、それを受け止める。

 再び二人の間で火花が散った。







 東郷大儀は高位感染体であり、下位感染体である黒目たちはその存在を恐れて距離をとる習性がある。そのため六角たちのように感染者の目を逃れるようなルートを通る必要がなく、二人は最短距離で既に高速エレベータの前へ到達していた。

「誰も居ないな」

 ざっと周囲を観察してみたが、人の気配は感じられない。東郷は己の顎をゆっくりと撫でた。

「どうしますか? 東郷さん」

「……隔離網の操作や施設の管理制御を行っているのはこの周囲の設備だ。隔離網が本当に人為的に電源を切られたのなら、犯人はまだそう遠くには行っていないだろう」

 東郷は腕を下げた。

「どちらにせよ、普通の人間が脱出するためには必ずこのエレベータを使用しなければならないはずだ。俺はここで待機しておく。お前は周囲を捜索しろ」

「見つけたらどうします?」

「お前の裁量に任せる。……案外、俺たちにとってはいい方向に動くかもしれないぞ」

「どういうことですか?」

 意味がわからなそうにタヌキは首をかしげた。

「ふふふ、何となくだがな。こいつの目的がわかったような気がする。お前も奴を見つけることが出来ればわかるさ」

「はあ……? まあ、了解しました。それでは私はこの周囲の施設を探索致します。お気をつけて」

「お前も気を抜くなよ。俺から離れるということは、感染者から襲われる危険もあるってことだからな」

 どかりと高速エレベータ前の階段に腰を下ろし、東郷はそう言った。

「ばっははは、それこそ愚問ですよ。私を誰だと思ってるんですか?」

 実に自信たっぷりに振り返るタヌキ。それを見て、東郷は僅かに微笑んだ。

「そうだったな。とにかく任せたぞ。ブラック・ドメインを解放した時点で俺たちの目的は達成されたようなものだ。隔離網の電源が落ちた今、開け放した門から壁伝いにイグマ細胞はどんどん上に向かって拡散している。あとは外界との隔たりを消すだけ。目的達成までもうすぐだ」

「はい、もうすぐ……もうすぐイミュニティの支配は終わりを迎えます。必ず成功させましょう。東郷さん」

「ああ、――勿論だ。これでようやく終わるんだからな」

 東郷は勝利を確信した目で、そう答えた。







 感覚を活かすことで隙を突いてダメージは与えれるものの、直ぐさまにそれは回復される。徐々に男の赤鬼化はその度合いを増しており、これ以上時間をかければ例え脳髄を破壊しても再生されてしまう危険があった。

 今のうちにどうにか脳にダメージを与えるしか勝機はないのだが、向こうのほうもそれだけは集中して防御行動を行うため、なかなか上手くはいかない。例え截が前衛として隙を作っても、唐沢だけではどうしても反応されてしまい攻撃を防がれる。確実にダメージを与えるにはもう一人戦闘員が必要であることは明らかだった。

 ――かといってあそこの面子めんつにそれを頼むのは酷だしな。せめて友が居れば……

 彼は既にブラック・ドメイン内へ入っているはずだ。協力を期待するのは無駄というものだろう。頭に浮かんだ甘えを振り払い、截は目の前の敵に集中した。

 この常世国に着てから自分の技術と生存力は飛躍的に上昇している。本来は三人以上で行わなければならない感染者との戦闘を、二人、もしくは単独で行ってきたのだ。どんな相手だろと生物である以上『死』はある。これまでの経験を自信にし、頭を回転させた。

 前衛スタイルだけでは半赤鬼に勝てない。人数が足りない以上、前衛と後衛の仕事を自分が一人で同時にこなす必要がある。キツネなどは前、中、後衛の仕事を全て一人で行えるのだ。二人分くらい出来なくてどうすると思った。

 截はこれまでと同様に赤鬼の注意を自分に引き付けると、無防備になった背を唐沢に攻撃させた。これまでの流れから学習したのか、半赤鬼はすぐにそれに反応し唐沢のほうへ片腕を振り回すが、その瞬間を待ってたとばかりに截が飛び出した。二重囮と呼ばれる戦法の応用だ。

 最初に引き付けていた分半赤鬼との距離はかなり近い。截は相手の腕がこちらへ戻るよりも早くその口内へナイフを突き上げた。口の裏側から脳までまっすぐに半赤鬼の頭部が貫かれる。

 截は肘で半赤鬼の胸を吹き飛ばすと同時に、さっと白柄ナイフを引き抜いた。口から夥しい量の血を吐き出したまま、半赤鬼は動きを止めた。

 


「やったな。今のはナイスな機転だった」

 腰を上げ服に付いた埃を払いつつ、唐沢は笑顔を浮かべた。それに対し、截はあまり感情を表に出さず歩み寄る。

「あいつの脚部の筋肉がまだ普通の人間並みだったから成功しただけです。本物の赤鬼や髑髏鬼ならばこう上手くはいかないでしょうね」

「まあ、何にせよ倒せたんだ。ここは素直に喜ぶべきだろう」

 唐沢は軽く截の背を叩いた。

「――……鬼が集まってきます。急いで下へ移動しましょう。もうかなり近い位置まで来てる」

「わかった。それなりに時間を食ったからな。六角らのことも気になる。行こ……」

 唐沢はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。截の背後で脳天を貫いたばかりの半赤鬼が立ち上がったからだ。

「なっ!?」

 倒したことで集中が切れていたのだろう。流石の截も反応しきれず半赤鬼の一撃を受けて横へ吹き飛んだ。唐沢も直ぐにナイフを構えようとしたが、その前に首を掴まれ持ち上げられた。

 ――これは、まずいっ――

 半赤鬼の力ならば簡単に自分の首の骨を折ることが出来る。唐沢は一気に顔色を青くした。




 起き上がった半赤鬼を見て、麻生が悲鳴を上げた。

「あ、あいつ頭をぶっさしても死なねえじゃねえか! もう駄目だぁあ、終わりだ!」

「た、助けに行こう!」

 長島は直ぐに二人の下へ走り出そうとしたが、横で何やら動いている麻生を見て足を止めた。

「お前、何してるんだ!?」

 夏がそちらを向くと、どうやら麻生は扉の横についている制御版を操作しているようだった。

「この扉を閉めるんだ! ここさえ閉めちまえばあいつは来れない……! へ、へへへ」

「な、彼らを見捨てる気か! やめろ!」

 長島は慌てて麻生に掴みかかり、その腕を封じる。だが麻生は鬼の形相で腕を動かそうとし、半ば取っ組み合いのような格好になった。

「ちょっ、何やってんの!」

 こんなときに何をしてるのかと、半ば呆れる。

 麻生は蹴りを入れて長島を振りほどき、閉めるためのボタンを押した。外側の制御版とは違い、ここは既にID持ちしか入れないエリア。まるでエレベータの操作盤のようなそれは、麻生でも簡単に操ることが出来た。

「よしっ、よしぃぃい――……しまれぇ、しまれぇぇぇぇぇえええ!」

 アホみたいな麻生の雄たけびとともにブラック・ドメインの扉はしまるかと思われたが、それが反応することはなかった。ピクリとも動かずに風を通している。

「テロリストはここを開けっ放しにしたかったんでしょ? 閉められるようにしておくわけないじゃん。馬鹿じゃないの?」

「なん……だと!?」

 麻生は愕然としたように体を震わせた。



 ――扉? ……そうか!

 背後のやり取りを聞き、唐沢にある案が浮かんだ。だが、首を絞められている状況ではそれを伝えることは出来ない。

「ゴォァア……!」

 止めを刺そうと半赤鬼の腕によりいっそう力が入る。唐沢は苦痛の声を漏らした。

「やめろ――!」

 そのとき、何とか立ち上がった截が半赤鬼の腕へナイフを突き立てた。再生するものの痛みは感じるらしい。半赤鬼は鳴き声を上げて唐沢の首を離した。

 咳き込みつつも、唐沢は必死に打開策を背後の面々へ伝える。

「ぷっ、プレートだ! プレートを降ろせ!」

「プレート?」

 長島が聞き返した。

「こいつを殺すには部分殺傷じゃだめだ、体全体に大きなダメージを与える必要がある! ここの最下層プレートで押しつぶせば、いくらこいつだろうと持たないはずだ!」

「でも、扉が閉まらないのよ、プレートだって……」

「ここのID管理はその扉の制御だけだ。プレート自体はただ扉を隠すための道具でしかない。東郷の目的は内部のイグマ細胞の拡散だ。防イグマ能力を持つこの扉さえ開いていれば細胞は広がる。このプレートにまで影響を与えるようなウィルスを作るのはただの無駄手間だからな」

 それは半ば希望に近い説明だったが、彼らを納得させるためにあえて唐沢はそういった。

 


「プレートつってもな。どれで操作するんだよ」

 機械が苦手なのか、長島はかなり困ったような表情で制御版を見つめる。夏はため息を吐いて彼の横へ移動した。

「代わって」

「おっ。お嬢ちゃんこういうの得意なのか?」

「そういうわけじゃないけど、あなたよりはマシだと思うわよ」

 それっぽいボタンを見つけたので、夏は適当にそれを押してみた。直ぐに、この地下扉を見つけたときのような地鳴りが響き始める。




 プレートが下がり始めた音を聞き、唐沢は截に呼びかけた。

「あれであいつを潰す。ここからが勝負だ。うまくあの化け物だけをこの空間に残して扉の向こうへ逃げる。出来るか!?」

 出来るかと聞いているが、出来なければただ無駄に死ぬだけだ。截は唐沢の横に立った。

「逃げるのは得意なんですよ。任せて下さい」

「よし、数十秒耐え切るぞ。上手くやれよ」

 唐沢が珍しく意気込むようにそう言う。截は頷くと、半赤鬼にナイフの切っ先を向けた。







 少し展開がグタってきているような……

 まあ、今後の展開上仕方が無いのでどうか我慢してください。

 ラストの章まであと少し!

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