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<第十九章>超感覚者の真実



研究所内の職員たちは、暇なときは上部のショッピングモールで食事を取ることが多かった。関係者割引という恩恵もあるし、何より洗泉橋せんよきょうの中心という素晴らしい立地から、ブランド飲食店が多数席を置いていたからだ。

 しかしおびただしい数の実験や解析作業と戦わなければならない職員たちにとって、当然毎日のようにそんな場所へ出かける余裕などはない。地下から上階へはそれなりの距離があるし、何重ものセキュリティシステムを経由する必要があるため、平日はほとんどの人間が研究所内部の給仕施設を利用していた。

 下へ降りるほど重要な研究を行っている常世国では、存在価値の低い食事施設などは浅い位置に置かれざるおえない。地下二階。超感覚者実験室へと通じる廊下沿いの一室。そこが食堂として用意された場所だった。

 目的の場所までの道のりに多数の感染者が居ることを理解した唐沢は、どのようにしてその間を突破しようか考えた結果、この食堂内に常備されていた二つものを利用することにした。

「本当にこれで上手くいくんですか?」

 床の上に並べた大きなプラスチック製の容器を見て、心配そうに截が聞く。あまりこちらの策を信用していないようだ。唐沢は自信を持った声で答えた。

「少なくとも今の状況じゃこれが一番の上策だ。あそこに行きたいのなら俺を信用しろ。こう見えても一小隊の副隊長を務めたことだってあるんだ」

「――……わかりました。こういう真似はイミュニティーのほうが得意だ。しのごは言いません、あなたを信じますよ」

 截は諦めたようにその半透明な青い容器を持ち上げた。彼に続くように、唐沢も寝かせていた夏を背中に乗せた。

  ミネラルウォーターの二リットル容器にドライアイスと水、そしてアルミで包んだ大量の片栗粉を詰めただけの、謎の物体。何も知らずに目にすればこれはそう映るだろう。だが、この物体が鬼たちの間を突破すする上で、現状ではもっとも頼りになる存在だった。

 容器がさらに大きくなった。水に分解されたCO2が容器を圧迫しているのかもしれない。そろそろ手放さなければ不味そうだ。唐沢は截を見た。

 お互いの視線が合い、截が頷く。こちらが何を言うでもなく、彼はその容器を鬼たちの居場所へと放り投げた。

 宙に浮いた青い容器へ鬼たちの目が向いた瞬間、截はそこへ小型ナイフを投擲した。切っ先がプラスチックの壁を突き抜けると同時に、激しい音とともに容器が爆発し、周囲一面をあっという間に白い煙で覆いつくした。

「――行きます」

 截がナイフを振り広げ飛び出す。

 唐沢も夏を支える手に力を込めた。

 煙の効果時間はそれほど長くは無い。あの強力な鬼たちを無傷で乗り越えるには今しかなかった。

 截は煙で視界と喉をやられている鬼たちの間を一気に駆け抜けた。気がついた鬼も居たが、足を他の鬼にとられ横転する。

 自分のルートは截が確保してくれている。唐沢は片栗粉の煙が目や喉へ入らないように注意しその後を追った。

 冷気と白煙の中で踊り狂う鬼たちの姿は、はたから見ればかなり面白いものだっただろう。それを僅かに残念に思いながら、最後の髑髏鬼の横を通過した。

 視界がクリアになり、超感覚者実験室の扉が僅か先に見える。安心感を持った途端、背後から白い骨と赤い筋肉に覆われた腕が伸びた。

「ザァアッアァア!」

「うぐっ!?」

 たった今抜いたばかりの髑髏鬼の手が唐沢の襟首を掴みとった。足音に反応したらしい。

 ――不味い――!

 ここで捕まったら確実に命は無い。唐沢は咄嗟に夏を截のほうへ投げると、頭から倒れるように上着を脱ぎ、床へ滑り込んだ。

「唐沢さん、早く扉を!」

 夏を慌てて受け止めた截が声を荒げる。唐沢は急いで扉の前に移動し、ノブへ手をかけた。しかし開かない。

 白煙が晴れ始め、他の髑髏鬼や鬼もこちらに気がついたようだった。徐々にその体が自分たちのほうへ向く。

「くそ、ロックが掛かっているのか! こんなときに――」

 自分の権限は研究員としてはかなり上のほうだ。関係ない部署といえども、同じセキュリティパスで通過できるはず。唐沢はズボンのポケットからカードを取り出し、それを横の機器へスライドした。

 ――開け、開け、開けぇ!

 もしここが開かなければ、この恐ろしく狭い通路であの大量の鬼と闘わなければならなくなる。普通の鬼一体でも苦労するというのに、髑髏鬼が二体も居るのだ。それだけは断固として避けたかった。

「開けっつってんだろうが!」

 唐沢は手の裏を扉に叩き付けた。背後から真後ろまでやってきた髑髏鬼の腕が伸びる。

 同時に認証が終わり、扉が開いた。

 二人は飛び込むようにその中へ入った。

「――ザァアァ……!」

 がばっと跳ね起きた截が、開閉のボタンを殴りつける。こちら側へ髑髏鬼が顔を覗かせようとしたまさにそのとき、扉は閉まった。






 もう今日何度目かになるか分からない息切れ。

 激しく呼吸を繰り返しながら、截は部屋の中を見渡した。

 超感覚者計画という重要な内容を扱っている実験室にも関わらず、何故地下二階などという浅い場所にあったのか疑問だったが、中を見たことでその理由はすぐにわかった。

 ここはワンフロアにあるただの研究室などではない。三階分の空間を丸々繋げた、吹き抜けの大きな独立した研究所になっていた。

 最下層の部屋の中心にはガラス張りのドームがあり、それを取り巻くようにして無数の鋭利なセンサーらしき機器が球状に並べられていた。そしてちょうど向かいの壁には小さな部屋のような場所があり、取り付けられた窓からはいくつものベットが見えた。

 截は黒服に入ってからの経験上、様々な実験施設や研究所を見てきたが、ここほど異様で異質な場所を目にするのは初めてのことだった。

 イグマ細胞を培養するための水槽も、感染者を収容するための檻も、科学薬品を蓄えておくための棚すらない。あるのは中央のドームとその周囲の複雑怪奇な機械のみ。まるでSF映画の中に入ったかのような光景だった。

 今自分がいる位置はちょうどそれらの機器を監視、制御するための台席のようだ。複数のモニターとキーボード、制御盤が並び、独特なグラフや画面が絶えず自動で流れていた。

 ごくりと喉が鳴る。截は制御盤に手を載せ、そのデータベースを開いた。

「……超感覚伝達実験手法、か」

 一、という添え字のあとに書いてあるファイルを開く。名前から考えると、どうやらこの壮大な実験機器の使用法らしかった。

「どうやら、あの下のドーム内に人間を入れて、周囲のセンサーで超感覚を計測するようですね。原理はさっぱり想像出来ませんけど」

 各センサーからはそれぞれ長いコードが延び、ドームを囲むようにして並べられた壁際の黒いボックスへ繋がっていた。興味深そうに唐沢がそのボックスへ近づく。

「おい……何だこれは……?」

「どうしました?」

 唐沢の気味悪がるような声に疑問を持った截は、彼の元へと近づいた。ボックスの側面にある小窓から中を覗いたようだ。目を覗かせると、まったく予想してなかったものがそこにあった。

「な、何だこれは――……」

 それは『人間の脳』だった。いや、正確には脳とその周囲の神経系だ。部屋を一周するように並べられているその全てのボックスに、一つずつ生の脳みそが格納されている。

 あまりの不気味さから截は気分が悪くなった。

「人の脳とセンサーを使って超感覚の伝達計測を……? 確かに原理的には理解できなくもないが……よくもまあこんな悪趣味な真似を」

 まじまじと脳みそを観察し、唐沢が呟く。

「血色から見るにこの脳たちはまだ生命活動を続けているようだな。まあ栄養補給さえされていれば可能だろうが、自己認識能力が維持されているのなら、想像を絶する地獄だぞ」

「唐沢さん――」

 そんなグロい話は聞きたくない。截はすっぱいものを食ったかのような顔を作った。

「六角構成がこの研究室を独立班にするわけだ。こんなもの、もし明らかになれば明らかな非難を受ける」

 どうやらここでの実験は唐沢もまったく知らなかったらしい。その顔は本気で驚いているように見えた。

「俺は六角が内密に実験素材を大量に搬入、輸出していることをずっと疑問に思っていた。俺たちの知らないところで勝手に研究データを流用し、何か企んでいるんじゃないかと。そこに来てディエス・イレの壊滅と黒服関与の噂だ。最近は俺たちの研究にもほとんど関心が無かったようだし、あながちその推測は間違いじゃなかったかもしれん」

 気になることとは、このことだったのだろう。截は唐沢の声に苛立ちめいたものを感じた。形はどうあれ、彼は人の役に立つと思ってこれまで研究活動を続けていたのだ。自分の研究が得体の知れないものに、しかもこれほど人の倫理を無視した実験に利用されている可能性があるということなど、容認出来ないに違いない。

「……次のファイルも見てみましょう」

 制御盤の前まで戻り、キーボードを叩く。すぐに新しいウィンドウが開いた。


 二、Being Appended  Sense Net Project。


 これは紀行園で高橋志郎から渡されたデータに、いくらか補足説明が増えたかのような内容だった。

 

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Being Appended  Sense Net Project


1.BASN(バシン計画における超感覚者製造方法について


BASN計画を行うにあたり、もっとも重要となってくるのは当然超感覚者の製造である。

その主な手順をここに示す。



古来より人間の中には生まれつき特殊な感覚を持つものが存在した。時刻をリアルタイムで把握し続ける者や、一度耳にするだけでその全ての音を把握できる絶対音感などだ。

イグマ細胞を活用する上で、先人の研究者はこの感覚に目をつけた。その理由については後述するため今は省かせてもらうが、この利用によって第六感と呼ばれる分野の研究が大いに発展することとなった。

 音が振動として物質を伝わっていくように、周囲の微小変化も何らかの影響を伝道する。この伝道を察知することの出来る感覚、それが超感覚だと分かった。

 我々は計画のために超感覚者の量産を考えた。そこでもっとも重要となったのが、製造実験を母体内の胎児で行うという点である。胎児はいわば五感による感覚をほとんどシャットアウトされた存在であり、多くの感覚器官も未発達だ。つまり、胎児の状態で調整処理を行えば、高確率で超感覚者の製造に成功することがわかった。

 では、具体的にその調整方法について説明しよう。

 超感覚者の手術とは簡単に説明すると「同調変化」を引き起こすことと言える。

超感覚に似ている感覚を持った蜘蛛や動物、偶然生まれた自然の超感覚者――所謂いわゆる第ゼロ世代超感覚者などの体内電波、電流、調子を胎児の細胞に同調させるのだ。その過程は様々で媒体の細胞を一時的に胎児に埋め込んだり、特殊な機器で細胞同士をシンクロさせるなどといった、実に多くの手段がある。

 その際必要となるのが、”イグマ細胞の元にもなっている”カルマという人工細胞である。

 この細胞は他の細胞データを組み込むことで、それと同質のDNAと特性を持つ細胞へ変質し、さらにその特徴を、組み込んだ細胞へすら同調させるという能力を持っている。

 我々はこの細胞を使い、適応した体質を持つ両親の元で多くの超感覚者を生み出した。適応体質の献体を利用していなかった第一世代の超感覚者たちとは違い、カルマ細胞とシンクロ率のいい両親を使った第二世代超感覚者の性能は、ゼロ世代の者とほとんど大差が無いまでになった。

 ある程度超感覚者の数が増え、様々な実験データが得られたところで、我々は次のフェーズへ進むためにその製造実験を停止した。超感覚者としての能力が相性の良い交配によって遺伝するという事実が明らかになったことも、その理由には含まれている。



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「何だ、これは――……」

 それが、ファイルを読んだ截の第一声だった。

 超感覚者の機能の解説も、製造手段も、両親の細胞の相性についても知っていた。それについての驚きはほとんどなかった。

 截が動揺を隠せないのは、『カルマ』という細胞についてだ。

”イグマ細胞の元にもなっている”という記述。それが、頭の中に大きな衝撃をもたらしている。

「どういうことなんだよ。イグマ細胞は地下数千メートルに存在していた未確認の生物じゃなかったのか……?」

 ――これじゃまるで――

 その先を唐沢が口に出した。

「まるで、イミュニティーがイグマ細胞を作り出したかのような記述だな」

「ありえない。そんなはずは無い」

 内容が信じられず、截は拳を握り締めた。

「もし本当なら、大変なことだ。なんの目的があって作ったのかはわからないが、これまでの生物災害全ての原因がイミュニティーにあることになる」

 唐沢の声は僅かに震えていた。

「……だが――確かに……確かにそう考えれば納得がいく。イグマ細胞は完全制御され過ぎているんだ。抗イグマ剤なんて便利な代物があることにも、日本国内でしか発見されていないことにも。全てこれが事実だと仮定すれば説明がつく」

「まさか……何でこんな真似を……」

 もし本当にイグマ細胞をイミュニティーが作り出したとすれば、一体なんの目的があって作ったというのだろうか。それに、これが真実ならば超感覚者はどのような目的で存在しているというのだ。そもそもイグマ細胞の原型を埋め込まれた存在が、人間と言えるのか。

 截は酷く頭が混乱しているのを自覚した。落ち着くために大きく息を吐く。

「続きを見てみよう」

 唐沢がモニターへ再び視線を向けた。 

 截はゆっくりとマウスをスクロールさせる。



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 …………


2.超感覚者計画


さて、このようにして量産された超感覚者だが、そもそもの製造理由は至極単純なものだった。新たな情報伝達技術の発見と開発。それだけである。

BASN計画の発端者である浅野連司は、まだイグマ細胞が現在のような多様性を見せていないころ、イルカやその他の言葉を使わない動物たちのように意思伝達を行う手段として、超感覚者の機能を使用することを考えた。イグマ細胞には他者の細胞同士を密接に連結、同調させる効果があるが、超感覚者はその細胞を使用せずとも他者と同調することが出来る、まったく異なったベクトルの進化だといえた。この感覚を研究すれば特性の似ているイグマ細胞の新たな発展に繋がると共に、生物としての新たなステージに立てると浅野は考えた。当初は各超感覚者の感覚網を利用し、一種の回線、ネットワークのようなものを生み出そうとしていた。しかし、超感覚の多様性と個別さの問題から中々実験は思うように上手くいかず、計画は難航した。主に第一世代の超感覚者たちはそれを目的に研究がなされていたのだが、成果が得られなかったことと、感覚を持つ者たちが高い生存能力を発揮したことから、第二世代の者たちは戦闘に行かせる感覚としての開発が副産物的に進められた。ちょうど第二世代開発初期にイグマ細胞の体系がある程度落ち着いたこともそれには大きく影響していると言えるだろう。現在での超感覚者の製造理由は、ほとんど優秀な戦闘員を生み出すための一つの手段として落ち着いている。


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 これでこのファイルの文章は終わりのようだ。

 截は右上のクローズボタンを押した。制御盤から手を離し、今知った数々の情報について考えを巡らせる。

「超感覚者の感覚システムを流用したネットワーク……だから、Being Appended  Sense Net Projectか。そんなことが可能なのか……?」

「まあ、情報伝達の原理は既に解明されているんだ。不可能ではないかもしれん。ただ、相当先の未来にならないとそんなことは無理だと思うがな。……この浅野という男は、早生まれし過ぎた天才だったんだろう。よくもまあ、三十年近く前にそんなことを考えたもんだ」

 くしゃくしゃの髪をぐしぐしと唐沢は掻いた。

「……この話が事実なら、超感覚者とイグマ細胞感染者は本質的には同質のモノってことになる。なんてこった……」

 自分があの化け物たちと兄弟のような存在。その事実は截に大きな衝撃をもたらした。心臓の鼓動をはっきりと感じ、汗が額から流れ落ちる。手も僅かに震えを帯びた。

 こちらの様子を見て取った唐沢は慰めるように截の肩を叩いた。

「同じじゃないだろ。感染者は全身をイグマ細胞に犯された言わばイグマ細胞の固まりだ。この説明を見るに、超感覚者は感覚を同調させる際にカルマ細胞を僅かに利用しただけじゃないか。それほどショックを受ける必要はない」

「ですが……――」

「お前は人間だよ。多くの感染者を見て、長い間イグマ細胞と接してきたからよくわかる。お前は、『人間』だ」

 力強い声で唐沢はそう言い切った。

 その言葉を聞き、截は少しだけ心が楽になった。握り締めていた拳から力が抜ける。

「……そうですね。多少異物が混入していようと、僕は確かに母親から生まれました。母が自分の身を痛めて産んでくれたんだ。それだけは、代わり様のない事実だ」

 これまでの人生を思い起こし、截は気持ちを落ち着けた。

 今はこんなことで悩んでいる場合ではない。やらなければならないことがあるのだ。

 「欲しい情報は手に入れました。まだイグマ細胞の製作理由や、六角の目的などの謎はありますが、とりあえずここでの僕の用事は終了です。あとは――」

 截は絶えず意識の隅に置いていた少女の顔を思い浮かべた。

 友にその身を任せているとはいえ、これまでのイグマ細胞感染者の中で最強を誇る、『鬼』が蔓延るこの施設の中では、やはり不安感は拭えない。

 六角が居るため下手な真似は出来なくなるが、それでもなお、その身を守るために彼女らと合流するべきだと思った。

「ファーストブラックドメインへ入るだけです」

 その言葉に、唐沢も強く頷いた。


 



 下へ降りる前に他の情報も確認しておこうと、最後にもう一度ファイル群に目を通してみたところ、一番下に半透明表示のファイルを見つけた。

「ん? この名前は……」

 タイトルにはALLOWNオルオウン計画と書かれている。その文字の羅列が妙に気になった截は、すぐにダブルクリックしてみたのだが、何故かファイルは開かなかった。

「セキュリティ保護ファイルに指定されているみたいだな。一部の人間にしか参照できないんだろう。恐らく普段は隠しファイルとして表示すらされていないはずだ。今ここに写っているのは、誰かがデータを持ち出そうとコピーしたからに違いない」

「こんな極秘研究室の中ですらさらに極秘扱いになっているものって、一体何なんですかね……」

「さあな、だがろくでもないものであることは確かだろう」

 ここで目にした様々な非人道的な実験の知識を揶揄するかのように、唐沢は苦笑いした。

「唐沢さん、これらのデータをコピーしたいんですけど、大丈夫ですか?」

「お前の好きにすればいい。前にも言ったが、どうせ俺はもうここからはお払い箱になるはずだ。任意の対象に適応して細胞再生を行える存在として作った彼女が、多くの感染者を出し、イミュニティーの部隊に大打撃を与えてしまった。彼女の研究が継続されるかは半々だが、もうここに俺の居場所はない。それに、こんな事実を知ってしまったんだ。今更六角の下でなんか働く気なんか起きんよ。どうせ研究を続けるなら本部へ売り込みをかけるさ」

 唐沢が六角の独自の行動に疑問を持っていたことは先ほど聞いた。彼は非常に理性的で冷酷な面も持つ人間だが、悪人ではない。その言葉に嘘はないだろうと截は判断した。

「ありがとうございます。しばらくかかりますので、休んでいてください。本来ならとっくに就寝している時間ですしね」

「気にするな。徹夜にはなれているからな」

 夏を地面に下ろし、壁に背中をつけ寄りかかると、唐沢はクマの出ている顔で軽く笑った。



 約十分後。全てのデータのダウンロードを終えると、截は媒体である携帯電話をふところへしまった。

 先ほど目にした情報だけでも大きな成果だと言えたが、あのファイル群にはまだ目を通していないものがいくつもある。じっくりと解析すれば、イグマ細胞の誕生理由も、六角と黒服との関係も色々と分かってくるだろうと思った。

 だがそのためにまずは脱出しなければならない。

 ウトウトしていた唐沢に声をかけ、研究室の中を下へ降りる。ここは吹き抜けとなっているため、一気に三階分も降下することが出来た。

 ドームの横を抜けたところで、先ほどまで自分たちがいた場所の下にいくつもの部屋があることが分かった。超感覚者たちを収容しておくための個室のようだ。あんな狭い場所に長い間閉じ込められていたらいつ発狂してもおかしくはない。截はここに来る機会がなかったことを、本心から感謝した。

 多数のスーパーコンピューターの間を通り、出入り口へ近づく。

 ブラックドメインがある場所への連結路は地下五階らしいので、あと二階分降りればそれで着く。なるべく早く亜紀や友と合流出来ることを静かに祈った。

 扉まで僅かな距離になったとき、その反対側から悲鳴が聞こえた。

 截と唐沢はお互いの顔を見合すと、どちらとも無く扉へ走った。取り付けられている出窓から外の様子を探る。

「――あれは――……長島さんと、麻生か?」

 歪んだワイシャツ姿の中年男性と、ジーパンにジージャンといった格好の若い男。目に入ってきたのは間違いなく、数刻前に分かれた二人だった。

「鬼に追われてるぞ」

 二人の後ろに肉薄している化け物を見て、唐沢が言った。

 ――どういうことだ? 友たちとはぐれたのか?

 二人が隊員と一緒にいないことは不思議だったが、このまま見過ごすわけにもいかない。相手の鬼の数が一体だけということもあり、截は彼らを救助することにした。

 彼らの居る位置は研究所内側廊下の南西。吹き抜けを挟んでここから廊下を十数メートル斜め左へ行った先だ。

 動きとしてはどんどん遠ざかっていたが、そのかわり彼らを追っている鬼もこちらに背を向けている。運がよければ一撃で始末できる可能性もあった。

 現在、この内側廊下に他の鬼の姿は無い。截はすぐに駆け出した。






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