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あるメスガキ牧場主の死〈1話・前編〉

メスガキとは何か?それを知る為に投稿を始めました。


解を見つけるまではゆるりと続けたいと思います。


 その言葉には気まずさが溢れていた。


 「田所さん、アンタには悪いがね、次でアンタん所からのメスガキの納品は最後にしたい」


 帽子の鍔で視線を隠し、気まずさ故かそうして目線を合わせない様にしている事からもその言葉が不本意である事は窺い知れた。


 だが此方も自分だけでなく社員や家族の生活がかかっている。


 故にその言葉に対し、聞き返さざるを得なかった。


 「ど、どうしてですか!?」


 「……言わなくちゃ分からないかい?」


 「あ、ああ!」

 

 勢い余って先ほどから上擦るような返答になってしまった此方に対し、管理長(坂田さん)はたんたんと答える。


 「はっきり言って、アンタん所のメスガキは時代遅れなんだよ」


 「な、何を持って、うちのメスガキが時代遅れだと言うんですか!」


 「顧客のニーズと合ってないんだ、今時の顧客はね、もっと手軽に理解(わか)らせられるメスガキ、インスタントメスガキを求めてる」


 「手軽に理解(わか)らせられる? そんなのはメスガキとは……」


 「メスガキとはけして言えない? ああそうさ、俺もそう思ってたさ。でもな、メスガキの顧客層がタイムパフォーマンスを重視する若年層に移りつつある今、俺たちメスガキ屋も変革を迎えなきゃいけない時に来てる」


 「でも坂田さん、貴方も言ってたじゃないですか、何度も何度も理解(わか)らせようとして苦労したその先にこそ人間もメスガキも幸せになれる真の理解(わか)らせがあるんだと!」


 「…………」


 「坂田さん!」


 「……俺だって、俺だって本音は同じ気持ちさ。だが顧客の移り変わりだけじゃない、今のコンプライアンス重視の世相とメスガキは相性が悪い、そして最近はマスコミや過激派の環境活動家が事ある毎に俺たちメスガキ屋をメスガキ虐待と叩き続けてるせいでどんどん肩身は狭くなるばかりだ」


 「坂田さん……」


 「俺はね、本当はアンタん所のメスガキが一番好きだよ。教育が行き届いていてどのメスガキも利口だ、そのせいで一体何度理解(わか)らせようとして逆に理解(わか)らせられた事か……でもそのおかげで理解(わか)らせ甲斐があってどのメスガキも記憶に強く刻み込まれてる、アレこそがメスガキの在るべき姿だ」


 「……ありがとうございます」


 「此方こそありがとう、だよ。田所さん。今メスガキは人類の友から安易なカタルシスを提供するだけの嗜好品へと変わり果てようとしている、この流れはもう誰にも止められやしない、残念ながらな」


 「坂田さん……改めて今までありがとうございました」


 「田所さん、次の納品はいつもより多目に色を付けるから、此方こそ今までありがとうな」


 そう言って漸く視線を合わせてくれた坂田さんの顔は、これまで付き合ってきた中で一番申し訳なさそうな顔をしていた。




           ∮




 私の名前は田所晃一、56歳。


 小学生の時分にメスガキと出会い、高校入学の折にメスガキ牧場の一人娘だった同級生の妻と知り合い、紆余曲折あって今ではそのメスガキ牧場の牧場主をやらせてもらっている。


 メスガキとは何か、メスガキはどこから来るのか。


 それを知ろうとしてメスガキに燃えた半生であった。


 だがそうも言っていられなくなりつつあるのかもしれない。


 先代からの長い付き合いにして唯一のメスガキ卸先であった流通センターからメスガキの納品を断られてしまったからだ。


 「雨か……」


 センターの入口玄関を抜けると外は土砂降りだった。


 「そういえばあの時もこんな雨だったな」


 思い返すのは初めてメスガキと出会った時、そして妻と初めて会話をした時、振り返ってみれば人生のターニングポイントはいつもこんな土砂降りの雨だったなと気付く。


 思えば今日もまた人生のターニングポイントであった。


 「そうだな、あの雨の時もあの雨の時も嫌な事や辛い事を乗り越えた先にいい出会いがあったんだ、今回だってきっとまた……ん?」


 その時、懐に入れられていたスマホがまるでメスガキのように震えた。着信元を見ると牧場の従業員の木村くんからだ。


 「もしもし、どうした木村くん?」


 『田所さんマズいですよ!』


 「待て待て、落ち着きなさい、一体何があったんだ?」


 本当に一体何があったのだろう?


 すると電話口の彼女から放たれた言葉は私を更なるドン底へと突き落とした。




 『メスガキの厨舎に雷が落ちて! メスガキの厨舎が燃えてるんすよ!!』




           ∮




 「そんな、まさか……」


 「田所さん!」


 自家用車で急いで駆け付けると、そこには認めたくない現実が現実の光景として存在していた。


 うちの厨舎が燃えている……。


 土砂降りの雨風にも負けず、木造の厨舎はそれそのものを薪代わりにして轟々と燃え盛っている。


 メスガキは、中のメスガキはどうなったんだ?


 その光景に呆然としていると、木村くんは言葉を続けていた。


 「消防はもう呼んであります、ですが中のメスガキたちがまだそのまま残ってて……」

 

 「……まだ炎に理解(わか)らせられてないメスガキがいるかもしれない」


 「えっ、田所さん!?」


 「まだ残ってるメスガキがいないか見てくる!」


 「そんな、無茶ですよ!!」


 「無茶はしても無理をするつもりはないさ、木村くんはここにいてくれ!」


 「田所さん!」


            ∮


 燃え盛る厨舎の中に飛び込むと、無心でメスガキに呼び掛け続けていた。


 「メスガキ! まだ残ってるメスガキはいないか!」


 メスガキに固有の名はない、何故なら名前を付けられたメスガキはもうメスガキではないからだ。


 メスガキでなくなったメスガキはレゾンデートルが崩壊し、その存在は世界から永遠に消滅する。


 だからメスガキに名前を付けてはいけない。


 名前を付けていいのはメスガキとの理解れ(別れ)の時だけ。


 「くっ、やはり炎に理解(わか)らせられてしまったか……」


 その時だった。


 メラメラ轟々と燃えていた炎が形を変え始めた。


 『ざぁこ……ざぁこ……ざぁこ……』


 「まさか、メスガキなのか!?」


 私は俯いていた顔を上げ、そして眼前に拡がる光景に目を見開いた。


 そこにはメラメラと燃えていた炎たちが、その姿を人型、いやメスガキ型に変え始めていたのだった。


 『ざぁこ……ざぁこ……よわよわ……』


 「そうか、炎に理解(わか)らせられる前に炎と同化して難を逃れたのか」


 私の周りを囲うように立つメスガキ型の炎たち。


 それを見て私は何処か安堵していた。


 「そうだな、メスガキが炎なんかに負ける訳ないもんな」


 その瞬間、はっきりと自覚させられた。


 私が一番恐れていたのはメスガキの消失ではない。


 私が一番に恐れていたのはメスガキが火事程度で負けるよわよわの存在である事だったのだ。


 「そうだ、これが、これがメスガキなんだ」


 『くっさ〜……』


 そうして歩み寄ってきた炎のメスガキたちに手を伸ばしたその瞬間。


 バキッ、ガゴォン!!


 「うっ……」


           ∮



 その日、一人のメスガキ牧場主が死んだ。


 延焼によって運悪く倒れてきた木の柱が頭に当たって気絶、そのまま燃え盛るメスガキ厨舎と運命を共にしたのだ。


 こうしてメスガキに燃えた男の人生は炎となったメスガキと共に燃え尽きたのであった。

没台詞①

「アンタとメスガキやるの息苦しいんだよ」


没台詞②

「アンタん所のメスガキはルービックキューブと同じなんだよ」


次回、メスガキじごくさいばん〈1話・中編〉

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