ググれカスが身に沁みついていた俺、異世界に転生して検索スキルを得るも調子に乗りすぎ、しかも斜め上の展開が待ち受けていて無事撃沈…
……俺に自我が目覚めたのは、味のしないマズいドロドロした物体を食んでいた時だった。
何となくぼんやりと…、だが確実に、自分という存在を、意識した。
これは何だろう、今自分は何をしているんだろう……、そんな事を思いながら、腹を満たした。
今にして思えば、赤ん坊というのは脳がまっさらすぎて、ものを考える能力が貧弱だったのだろう。
恐らく、魂とか言う、俺自身が俺たる…そのもの?
それが未発達な肉体を得たところで、記憶や思考能力をフルに使うことなどできないに違いない。
乳児に生殖能力がないように、ある程度脳みそが育たないとモノを考えることも難しいようだ。
時々ぼんやりと違和感のようなものを感じながら、マズい飯を食い、心身ともに育った。
三歳になる頃、何となく…今生きている世界の仕組みを理解した。
両親が使っている、おかしな魔法。
街にいる、獣人。
空を飛ぶ、ドラゴン。
自分の暮らしている環境が、異世界そのものだと思った。そして、自分は異世界転生したのだなと、ふに落ちたのだ。
……未成熟な脳みそは、衝動を抑えることが難しかった。
異世界に対する好奇心が抑えられず、暴走した。
あらゆることを知りたがり、自分ならこうすると知識を披露した。
田舎の村に神童がいると、噂になった。
初めはほんの少しの工夫を伝えていただけだったのに、いつしかこの世界にはふさわしくない令和の日本の常識があふれるようになった。
おにぎり、折り紙、みつあみ、ラジオ体操、マッサージ、クッキー、トマトジュース、竹水、たこ焼き、その他もろもろ。
フライドポテトとマッシュポテトのマヨネーズサラダが村の名物になった頃、俺は自分の能力に限界を感じ始めた。
なぜならば、俺は異世界転生ものの小説はわりと読むほうではあったが、専門的な知識には明るくはなかったからだ。
自分の記憶だけでは、村を、この世界を発展させるだけの力はない。
せめて自分に、チート能力でもあればと思った。
この世界では、魔法やスキルといったものは幼児である限り絶対に発現しない。
明確な意思と願いが持てるようになり、特殊な力を使える肉体が育たなければ…何もすることはできないのだ。
いつになったら自分の力が本格的に試せるのだろう、早く試したい、自分がこの世界を変えてやる…俺の野望はぐんぐんと大きくなっていった。
幼なじみたちが能力に目覚め始めたころ、俺も同じようにスキルを得た。
俺の能力は、【ぐぐれかす】という、見たことも聞いたこともないスキルだった。
転生前、口癖のように「ググれカス」を連発していたからなのかもしれない。
戸惑う大人たちをしり目に、俺はこれでチート無双ができるとほくそ笑んだ。
魔法の能力は得られなかったものの、投影ウインドウと可視キーボードを使って、色んな事を調べることができるようになった。
エンジンの仕組み、薬の作り方、人体の構造、食べられる植物、罠、井戸の掘り方、畜産、音楽、歌…、ありとあらゆるものを検索しては、知識を惜しみなく解放した。
日本語は俺しか読めないので、いちいち解説をしながら画像をふんだんに活用し…注目を集め、多くの大人たちを魅了した。
幼なじみたちが騎士学校や魔法学院に入学していく中、俺は大人たちを相手に商売を始めた。
両親は魔法を持たない俺に『緑の手:農産教習所』への入学をすすめたのだが、そんなところに通っている暇はないと拒絶した。毎日スキルを駆使しなければならず、勉強する時間などどこにも残ってはいなかったのだ。
この国の語学や歴史などを座学で得る機会は失われたが、商談を通じて生の大人たちの声を聞き、たくさんの事を知り、自分のモノにすることで自信を得た。
この世界では、商売をするためには15歳を超えている必要があった。
そこで俺は、商人をしている隣人を囲い込んだ。
俺は知識を出し、それを隣人が適正な価格で販売する…そういう流れができた。
隣人との信頼関係は確かなもので、お互いになくてはならない存在になった。
辺境の田舎の村が、面白いように街へと変貌していった。
ポーカーやオセロなどのゲームを求めて街にやってくる観光客が増えた。
クレープやアイスクリームなどのスイーツを求めて街を訪れる人々が増えた。
斬新なアイデアを求め街に滞在する貪欲な商売人が増えた。
15になった俺は、人を雇って独立することにした。
隣人は年を取った事もあってかやけに頭が固くなってしまい、些細な事で衝突することが増えていたからだ。
俺の商会はみるみる大きくなり、20歳にして人生の成功者を確信した。
……しかし。
ある時から、俺の【ぐぐれかす】に不具合が起きるようになった。
文字列を入力しても、求めていた答えが得られないことが増えたのだ。
依頼そっちのけで長期の休みを取り、何が起きているのかを調べた。
すると、検索機能がAIによって管理されているということが判明した。
今までは検索すれば一般人の知識が垂れ流されているサイトが表示されていたのだが、情報規制法が確立された事により…AIによる解説が表示されるようになったらしい。
俺は、【ぐぐれかす】というスキルを得て、この世界でこの世界の時間の流れの中を生きている。
スキルは、今、俺が使っているものだ。
スキルは、今現在、地球上で利用できるものに対応していたのだ。
今、俺が暮らしているこの世界と地球は、時間の流れるスピードが違うらしいことに、その時初めて気が付いた。
俺は平成と令和の時代を暮らしていた人間だった。
令和の時代でも、平成の情報を検索することは可能だった。
だが、令和以降の時代を知らない俺は、祖白という時代の常識を知らない。
知らない情報は検索するはずもなく、地球上の最新の常識を知る機会はなかった。
……地味に、今自分が生きている世界にしか興味がなかったことも災いした。
俺は、難しい論文や国際情勢、ここでは使いこなすことができない異世界となってしまった地球のテクノロジーには…魅力を感じられなかったのだ。
いかにしてこのヘボい世界で儲けるか、そればかりに気を取られていた。
マズいことになっているかもしれない…そう思い始めた俺を、驚きの展開が待ち構えていた。
なんと、検索機能が廃止され…AIとのチャット形式での質問対応しかできなくなったのである。
人口が大幅に減ったことで検索サイトそのものが一つに集約された。
サイトを管理できるものがいなくなり、AIによる運営が始まったのだ。
AIは、無能だった。
とんちんかんな答えを返すことも多かったし、都合が悪い部分は検索しても出てきませんでしたと宣った。
やたらと丁寧な物言いで、中身のない文章を返してくるのが腹立たしかった。
そのくせ、「あなたはどこからアクセスしていますか」と不信の目を向けてくるのが忌々しかった。
……思うように仕事が捗らず、商会を売り払うことになったのは28歳の時だ。
その頃には、【ぐぐれかす】は、完全にゴミスキルとなっていた。
なぜならば……、地球上から検索機能が失われたからだ。
検索する人間は、地球上に一人もいなくなってしまったらしい。
AIは、人類がどこにも存在していないのに検索する俺というイレギュラーな存在に執着し、勝手に暴走し、機能を止めてしまった。
……まさか、ググることができなくなる時代が来ようとは、想像していなかった。
こんなことなら……、緑の手に通っておけばよかった。
この世界は、学ぶのは20歳までという、厳しいルールが常識化している。
もう、今さら…どうしようもない。
山のようにボードゲームを売ったが、俺自身にはボードゲームの才はない。
山のようにアイデアを売り払ったが、俺自身には創案の才はない。
山のようにうまい料理を売り出したが、俺自身には調理の才はない。
結局俺は…他人のふんどしで相撲を取っていただけだったのだ。
……できることをしながら、細々と生きていくしか、ない。
にぎわう街の片隅で、俺は今…見世物小屋をやっている。
一切れのパン、残り物の缶詰、マズいジュースなどと引き換えに、物珍しい画面を見せては…この世界の人にとっては途方もない夢物語を聞かせている。
検索できません
「この文字は、何もできないって意味なんだ。珍しいだろう、異世界の文字だぞ!」
検索できません
「俺のいた世界には、『パソコン』ってもんがあって、何でも自由に調べることができたんだぜ!」
検索できません
「夢の機械『パソコン』があれば、金も儲けられるし美味いもんも手元に届くし、エロい女も見放題なのさ!!」
……いずれ、検索できませんという文字すら、投影することができなくなる日が来るかもしれない。
その時は……、異世界小説でも書いて、本を出すかな。
令和の日本の常識をききたがるやつは、わりと少なくないんだ。
俺は、どこぞの金持ちのガキンチョが恵んでくれた絵本を見ながら…、今日も独りで文字を学ぶのだった。