魔界の国のアリス~倒せ最強JKファイター通天閣高子~
○雨上がりの閑静な住宅街、金曜日の朝。
ぬいぐるみが幾つも付いた大きなリュックが、走る少女の背中で揺れている。
歩道にできた小さな水たまりを左右にリズミカルに越えながら走り抜けて行く。
学校へ向かう宮原アリス(16歳)軽やかに私立女子学園の正門を駆け抜けて行く。
校庭に鳴り響く始業チャイムの音。
〇楽しそうな学園風景。
休み時間、絶えずみんなの中心にいるアリス、クラスの人気者である。
終業のチャイム、誰よりも早く正門を駆け出して行くアリス。
○都内格闘技ジム。
『キックの虎 タイガータザキジム』と書かれた看板。
ジム中央にボクシングリング、優勝トロフィーや表彰盾が飾られ、数人の練習生が思い思いに練習をしている。先程の女子高生とは思えないほど真剣な顔でリング上の男子選手と戦うアリス。
アリスのあまりに激しい攻撃にジムのオーナー兼コーチの田崎二人に割って入る。
「ストップ、ストップ!」「もうー、もう少しで倒せたのにー!」とアリス攻撃の手を止める。
「倒せたのにーって、バカ、試合じゃないぞ!」
「だって弱すぎて練習にならないもん」とふて腐れながらグローブを外しリング隅へ放り投げる。
防戦一方の練習相手の大学生広田はそれを見てホッとしてリングに座り込む。
「バカ言うな、関東学生チャンピオンだぞ!」と怒鳴る田崎。
アリス勝手にリングを下り椅子に置かれたれたタオルと携帯を取り、
汗を拭きながら携帯を見て「あっ!」と慌てて更衣室へ向かう。
「おい、コラ、話を聞け、勝手に練習をやめるな!アリス、アリス!!」更衣室の扉がバタンと閉まる。
リングの上からアリスの入った更衣室をしばらく眺め「あいっめ!」と舌打ちする。後ろでアリスのグローブを拾っている広田に気づき「拾うな!」と怒鳴りリングを下りる、広田慌ててグローブを投げ捨てる。
私服に着替え汗を拭きながら更衣室から出てくるアリス、田崎たちに向かって「お疲れッス!」とジムを出て行く。田崎呆れて「お疲れッス、じゃないだろうー」横でアリスを見送る広田に「お前も情けないぞ、女子高生に!」頭を小突く。広田小突かれた頭をさすりながら出て行ったアリスに「世界チャンピオン・・・」と呟く。腕組みしながら何度もうなずきアリスを見送る田崎は少し嬉しそう。
○タザキジム脇の路地。
サーフボードを積んだブルーのダットサントラックが停まっている。
助手席に乗り込むアリス、幼なじみの石原健二(18歳)の車である。
アリスを乗せ走り出す、ダッシュボードの上で揺れるフラダンス人形。
路地から出てきた健二の車を車内から見つめる男、追うように車を走らせる。
○夜の海岸線を走る健二の車。
楽しそうに健二と会話しているアリス。車内に流れる湘南サウンド。
二人は恋人と言うよりは兄弟に見える仲の良さ。
海岸線の誰もいない駐車場に停まっている健二の車。
その荷台で毛布をはおり魔法瓶からコーヒーを注いでいる二人。
健二から注がれた熱々のコーヒーを口にしながら「えっ、プロテスト受けるの?プロサーファー!?」
「うん、アリスだって格闘技の世界大会出るんだろ?オレだってアリスに負けてられないもんな」カップにコーヒーを注ぎながら答える。
コーヒーカップを両手で掴み、何かを祈るように星空を見上げるアリス。
秋の星空、静かな波の音が二人をやさしく包み込む。
○香港サイド海側にそびえ立つ大きなスポーツ施設。
会場の中から響き渡る歓声。
会場内には「世界JK最強格闘技大会」と書かれた大きなパネルが飾られている。
試合会場にはカラフルなセーラー服をアレンジしたコスチュームを纏い戦う選手たちが、数か所の試合スペースで戦っている。試合は進みいよいよ地区予選決勝戦へ。
決勝戦に登場したのは高校生とは思えない巨漢の白人選手とショートヘア―の小柄なアジア系の選手。
圧倒的に不利に見えるアジア系の選手、しかし巨漢を生かしたパワー攻撃を見事にかわし小柄な選手の必殺技が炸裂し勝利する。大歓声が上がる。
コート中央で審判に右手を高々と上げられるこの選手、実は日本人で大阪出身の通天閣高子(16歳)もちろんリングネームである。会場で彼女をじっと見つめる男、席を立ち会場をあとにする。
○朝、閑静な住宅地の中にあるアリスの家。階段を駆け下りて来るアリス。
「お母さん、お母さん!もうー、私の勝負靴下知らない?居ないの!?・・・娘の大事な試合の日に出かけて・・・あっ、あった!」とかひとり言を言いながら冷蔵庫の野菜ジュースを一気に飲み干し玄関へ。
玄関の靴箱の上に置かれた写真立てに「ママ、行ってきまーす」とあいさつし試合会場へ向かうアリス。
写真には子犬を抱く優しそうな女性の姿が写っている。
○東京湾岸エリアの試合会場。
戦っているアリス、その姿は通天閣高子と同じセーラー服をアレンジしたコスチュームに身を包んでいた。そうこの大会は通天閣高子か出場していた「世界JK最強格闘技大会」地区予選決勝である。
順調に決勝へ進んだアリス、決勝戦も優勢に試合を進める。
そんな試合会場に駆け込むアリスの同級生浦川美鈴、試合中のアリスに大きな声で叫ぶ。
「アリス、ママが車にはねられて病院に!」
「えっ!?」その声に一瞬動揺したアリスは不覚にも相手の強烈な蹴りを受けダウン。
起き上がれないアリスは、そのまま救急車で搬送される。
○救急車車内。
ムクッと起き上がるアリス。
同級生の美鈴から受け取った病院の名前と住所のメモを救急隊員に渡し「この病院に向かって下さい!」とひとこと。驚く救急隊員と付き添っていた田崎、ダウンしたのは会場を出る為のアリスの芝居である。
○住宅街の小さな病院の前
救急車が止まり格闘着姿のままのアリスが飛び出し病院へ駆け込む。
救急車の前で救急隊員にペコペコと頭を下げ平謝りの田崎。
病院の扉を開け「ママ―!」と叫ぶアリス。
手術台の上には足に包帯を巻かれた子犬が、そばに座っていた女性が驚て振り向く。
玄関に飾られた額の写真の女性と子犬である。
「お母さんがついてて何やってるのよ!ママが死んだらどうするの!」怒鳴るアリス。
「この子が急に飛び出すから・・・・」泣きそうな顔で、ママとは子犬の名前である。
笑顔で愛犬を抱くアリス、ママに顔をなめられて笑顔が戻る。動物病院から響きわたる笑い声、遅れてきた田崎だけは苦笑い。
○翌日―アリスの通う私立女子学園。
昨日の同級生浦川がアリスの席に近づき携帯のニュース画面を見せる。
「昨日の試合でアリスに勝って優勝した選手が突然失踪したんだって!」
「えっ!」と携帯をのぞき込むアリス。
「もしアリスが勝ってたらと思うと・・・」不安そうにつぶやく美鈴。
アリス画面を見ながら「私、負けてませんから」とひとり言。
○夜―京都「世界JK格闘技大会」決勝戦の行われる京都駅。
キャリーバッグを手にエスカレーターを下りる通天閣高子。
タクシー乗り場からタクシーに乗りホテルへ向かう。しかしタクシーは街から離れた方向へ進む。
「おい、車を止めろ、道ちゃうやんけ!」タクシーが急停車する。
後部座席から運転席をのぞく高子、しかし運転席には誰もいない、驚く高子。
そこは人気のない寂れた寺の境内。突然辺りにかん高い女性の笑い声が響き渡る。
タクシーから飛び出す高子、不気味な数人の男たちに囲まれる。
身構える高子に静かに近づく長い黒髪の女。
「私は魔界の女王メリーサ、あなたを魔界で開かれる格闘技大会へご招待するわ、光栄に思いなさい!」言い終わると同時に男たちが高子に襲いかかる。苦戦しながらも男たちをどうにか倒す。
しかし息をつく間もなく女王メリーサが襲いかかる。高子も女王メリーサの魔力には勝てず捉えられてしまう。そして女王メリーサの姿は画像の様に消える。
気を失い男たちに運ばれる高子、突然、雷と共に激しい雨が降り始める。
○翌日―晴天の京都。「世界JK格闘技大会 決勝戦」のパネルの飾られた大きな競技場。
そこにアリスの姿があった、東京大会でアリスに勝って優勝した選手が謎の失踪のため、準優勝のアリスが繰り上げ出場となっていた。通天閣高子は会場に現れず棄権と判定された。
この大会優勝最有力候補の通天閣高子が不在の中、順調に決勝戦に勝ち進み、決勝戦も圧倒的な強さで優勝するアリス。通天閣高子との対戦を目指していたアリスは少し物足りない表情でテレビ局のインタビューに答えていた。うわの空のアリス、会場の客席に目をやり母親と愛犬ママを見つけて手を振る。
会場の賑やかさとはうって変わって静かなロッカールーム。
アリスの優勝トロフィーがテーブルの上に置かれている、その横には読みかけのスポーツ新聞。
新聞にはアリスに勝ったあの選手が変死体で発見された記事が載っていた。
シャワーを浴びて着替えるアリス、するとロッカールームの扉が開く。
バスタオルで濡れた髪を拭きながら「お母さん、先にホテルに帰って良かったのに・・・えっ!」
顔を上げるとそこには見知らぬ女性が立っていた。「どなたですか?」とアリス。
女はテーブルの上のトロフィーを手に取りながら「私は魔界の女王ファミラ、あなたに魔界で開かれる格闘技の大会に参加していただきたくてね」
「ま・か・い!? ハッ!」とテーブルの上のスポーツ新聞に目線を向けるアリス。
それに気づきファミラ慌てて「私じゃないわよ、私はこんな野蛮なことしないわよ」身構えるアリス。
「これを見なさい」指差すファミラ、ロッカールームのテレビが突然つき画面に映し出される母親と愛犬ママに近づく怪しい男たちの姿。
「参加を断れば、あなたが世界で一番大切にしているものを失うことになるわよ」微笑むファドラ。
「ふうっ」と構えていたこぶしを下ろすアリス、それを見て勝ち誇ったように話し始めるファドラ。
それは魔界で百年に一度行われる格闘技大会。魔界の北と南の女王が争い、勝った方が百年間魔界を治める女王に君臨出来る大事な大会。百年をむかえ北と南の女王は魔界、霊界、人間界と見境なく強い選手を血眼で探していたのだ。
扉が開いたままで誰もいなくなったロッカールーム。置き去りにされた優勝トロフィー、スポーツ新聞が風に舞う。
○魔界空間。
ゆかに倒れている通天閣高子が目を覚ます。上半身をゆっくりと起こし頭を押さえながら「オレは、・・・タクシー、女、・・・チキショーあの女」辺りを見回す高子、暗い空間、空気が冷たい。
「ここはどこだ、・・・あの世!?」と立ち上がる。
何もない空間だが、ある程度進むと先へ進めない、何かで四方が閉ざされた空間。
「・・・監禁、された・・・魔界!?」と冷静につぶやく高子。
〇京都府警烏丸警察署、署内。
慌ただしく動き回る警察官たち。
その奥で「娘さんに何か変わった様子はありませんでしたか、何か悩んでいるとか?」
刑事に質問されているアリスの母親と傍らにおとなしく座っている愛犬ママ。
「何もありません!」と涙ぐむ母親、愛犬ママを抱きしめてさらに涙ぐむ。
刑事の肩越しに見えるテレビ画面には「謎の連続女子高生格闘家失踪事件!?」のテロップと優勝インタビューを受けているアリスの映像が流れている。画面に映る笑顔のアリス。
〇南魔界トレーニング場。
真剣な顔のアリス、何かを見つめている。自然と体が動いている、パンチ、キック、パンチ。
無機質な広い空間で戦っている数人の格闘家たち、と言っても姿かたちは一目で人間ではないとすぐに分かる魔界の格闘家たち。
「アリス、凄いでしょう!みんな魔界の代表選手たちよ、強そうでしょう!」となぜか親しげ話しかける南の女王ファドラ。
「ええ・・・」と格闘家から目が離せないアリスのから返事。
アリスは魔界に連れて来られたことすら忘れる勢いである。
突然「スゲー!」と見たことの無い必殺技に思わず声を上げるアリス。その姿を見て「フッ」と笑いを浮かべる女王ファドラ、その傍らにはアリスを見張っていたスカウトマン(魔界執事)の姿が。
〇北魔界暗い空間。
閉じ込められている通天閣高子、その前に姿を現す北の女王メリーサ。
それに気づき身構える高子、女王メリーサ笑いながら「もう戦いは十分でしょう、あなたそれよりもっと良い話をしましょう」と高子の空間へ入って行く女王メリーサ、その傍らには高子を見張っていたスカウトマン(魔界執事)が控えている。
メリーサは高子に北魔界の代表として試合に出場するよう再び説得していた。
しばらくするとなぜか軽く頷く高子、そして高子の空間から出て行くメリーサ姿を消す。
複雑な表情の高子、こぶしを握り締め天を仰ぐ、目にはうっすらと涙が光る。
〇南魔界トレーニング場。
すでに魔界の格闘家たちとスパーリングを始めているアリス、魔界の格闘家相手でも負けていないアリス強い。アリスは女王ファドラと試合に勝てば人間界へ戻れる約束をしているようだ。
アリスのキックが相手の格闘家に炸裂、人間界で自分を待つ母への思いを胸にさらに気合が入る。
〇北魔界トレーニング場。
こちらは通天閣高子以外だれもいない、アリスとは対照的にひとりで黙々とトレーニングをしている高子。遠くから見つめる女王メリーサ、安堵の表情を浮かべる。
〇北と南の魔界を治める大魔界統治室、重々しい不思議な空間。
女王メリーサが戻ってくる、この百年は北の女王メリーサが魔界を治めていた。
遅れて入ってくる南の女王ファドラ、メリーサの前で一旦跪き立ち上がりながら「次の百年は私がこの魔界を治めさせていただくは、姉さんはお休みね」「女王様とお呼びなさい」とメリーサ。「姉さんは、姉さんでしょう」と譲らないファドラ。
それに対して余裕の笑みを浮かべながら話をもどすメリーサ「あら、あなたに魔界を治める力があると思っているの?」
「今度の大会で南が勝てば文句はないでしょう」と強く言い返すファドラ。「あーら、勝てるかしら?」
「勝てるに決まってるでしょ、うるさいわね!」「うるさいわねってなによ!あんたねーさんに向かって・・・」
すこし興奮気味になった二人の声が響く、もはや魔界の女王の威厳は消えただの姉妹喧嘩である。
扉外に控えていた北と南の魔界執事たちも、二人の争う声を聞きお互い飛び掛からんばかりの勢いで睨み合っていた。
〇大魔界競技場
もの凄い盛り上がりをみせている、様々な魔界の人種が入り混じる会場の客席。
すでに試合場では選手の名前が呼ばれ次々と壇上に上がって行く。
そして「北魔界代表、通天閣高子!人間界!!」コールされ高子壇上へ。
どよめく会場「人間界!?」「・・・・人間界!?」ザワザワザワ・・・。
出番を待っていたアリスもそのコールに「えっ、通天閣高子!」と驚き壇上を探す。
そこにはあのライバルの通天閣高子の姿があった、見慣れたセーラー格闘着は魔界用にアレンジされ更に強そうである。
思わず手を振るアリス、アリスに気づき驚く高子「・・・人間!?・・・えっ、宮原?」
そんなさなかにアリスもコールされ壇上へ上がる。アリスも魔界用にバージョンアップされたセーラー格闘着を纏っている。
壇上で高子と対面する側に並ぶアリス。「どうしたの?」「なんでここにいるの?」と身振りを交えアリスが声を掛けているが、
会場のざわめきでかき消され聞こえない。アリス思わず高子に駆け寄ろうとするが、大きな銅鑼の音とともに左右から北と南の女王が登場し会場が静まり返る。「あっ!」と諦めもとの位置に戻るアリス。
「魔界のみなさま、ようこそ」と女王メリーサ、どこの世界でもおなじみの主催者の長い挨拶が始まった。
アリスと高子は目を合わせたまま開会式は進行し、いよいよ試合開始がコールされた。
見つめたまま左右へ引き裂かれるアリスと高子。会場の明かりが変わり第一回戦が始まる。
魔界のトーナメントは勝ち抜き戦である。先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の五人で構成されている。
アリスは南魔界の大将を務め、高子も北魔界の大将に選ばれていた。
選手はお互いの魔界の威信をかけ一進一退の攻防を繰り返す。
そして南魔界の副将が敗れいよいよ大将アリスの登場である。
北魔界の副将の前に立つアリス、チラッと高子に目線を送るアリス、魔界での初めての試合が始まる。
北魔界の副将はさすがに強い、当たり前だが人間離れした強さにはじめ押されるアリスだが、
アリスの必殺技アリスキックで北魔界の副将を倒す。
そして決勝戦、宮原アリスVS通天閣高子の人間界で戦うはずの二人が魔界での対戦を迎えた。
高子がコールされ会場中央で対峙する二人「どっちにしろ二人は戦う運命にあるんやな!」と手首を回しながら高子が言うと、「そやなっ!」と大阪弁で答えるアリス、高子が微かに笑ったように見えた。
一度肩で大きく深呼吸するアリス、もう一度高子を見て戦いロックオン。「行くぞ!」と思った瞬間に会場に銅鑼の音が響く。
再び女王メリーサが登場し、決勝戦は明日行うとコールされる。
大きなため息が漏れる会場、二人もそれに合わせて「フ―」とため息をつく。
南と北の控室へ帰って行くアリスと高子。
〇夜―南魔界のアリスの部屋。
ここは人間用に準備された為、ホテルの様にシャワー、トイレ、ベッドの置かれた心地よい空間。
しかし窓は無く更に扉はロックされている。頭にタオルを巻きバスローブ姿のアリスがベッドの中央に座っている。
「明日誕生日なのに帰れるかなー?」「お母さん心配してるだろうなー、あ~ママにも会いたいなー」
「お母さん私いないのに誕生日おめでとーとか言って旅行行ってたりして、あっ、韓国二泊三日の旅!」「いいなー、韓国行きたかったなー」とスーパーのんきなアリス。「まっ、いいか。明日はがんばろーっと!」とそのまま横になり爆睡するアリス。
その様子を空間画面で眺めている女王ファドラ。
〇同じ夜―北魔界の高子の部屋。
ベッドに腰かけている高子に背を向けて立つ女王メリーサ。
「本当に死んだ父さんと母さんを蘇らせてくれるんだな!オレのせいで父さんと母さんは死んだんだ・・・」膝を叩き悔しがる高子、あふれ出す涙がそのこぶしを濡らす。
「明日、あなたへの誕生日プレゼントよ」と笑いながら部屋を出て行く女王メリーサ。
通天閣高子の両親は彼女が五歳の時に交通事故で亡くなっていた。峠道を走る幼い高子を乗せた白い乗用車。車内、運転する父親と後部座席の母親と高子。お気に入りの赤いボールで遊ぶ高子、手を滑らせボールが助手席の方へ転がる。すぐさま運転席の父親にボールを取るようにダダをこねる高子。
運転しながら助手席足元のボールに手を伸ばす父親、その時、反対車線から大きくはみ出したトラックと正面衝突する。
車内の父親と母親は即死したが、高子は母親が包み込むようにかばい、奇跡的に軽症で命に別状はなった。トラックの運転手は大量の飲酒をしており高子の父親には過失はなかったと判断された。しかし、幼い高子は自分がボールを父親に取らせようとしたことが原因だと思い込んでいた。この事故は母親が命がけで娘を守った美談としてワイドショーやネットニュースで扱われ、彼女の名前は全国的に知れ渡った。
その後、唯一の身寄りの母方の祖母が引き取ったが、祖母が他界すると彼女は施設にあずけられ学校へ通うが、中学校でのイジメをきっかけに不登校になる。しかし偶然ネットで見た格闘技との出会いが、彼女をイジメられる側からイジメる側へと一転させた。そして本名を捨て格闘家として生きる決心をする。けして笑わない格闘家「クールファイター通天閣高子」の誕生である。
○翌日―決勝戦。大魔界競技場。超満員の観客席、歓声とヤジが入り乱れる。
セーラー格闘着に身を包みセンターコートに立つアリスと高子。
しかし昨日とは様子の違う高子に気づくアリス、自分の顔を両手でパチパチと叩き気合を入れる。
試合開始の合図よりも高子のフライング気味の攻撃から始まる。
ファーストコンタクトで「うっ、強え!」と感じるアリスは防戦一方である。
反撃のタイミングをうかがうアリス、高子が攻め疲れた一瞬の隙をつき反撃に出るアリス。
アリスの攻撃、アリスも神がかりに強い、今度は高子がピンチである。
攻撃のダメージで高子が大きく後ろに下がり跪いた瞬間に試合場下から何者かが日本刀を投げ込む。
素早く拾い上げる高子、アリス驚く。高子自分の正面に日本刀をかざしゆっくりと抜く。
日本刀を手にして素手よりも更に早いスピードで攻撃する高子、さすがのアリスもよけるのが精一杯の状態。
「やめろ、これじゃ格闘技じゃない、高子!」何かに取り憑かれたような無表情で攻撃をやめない高子。
貴賓席で見ている二人の女王へ向かってアリスが叫ぶ。「これじゃ試合じゃなくて、殺し合いじゃないか!彼女に何をした!試合を止めろ!!」
アリスの叫びに立ち上がる女王ファドラ試合場に向けて合図を送る、するとアリスに投げ込まれる日本刀、思わず受け取るアリス。
「あなたたちのどちらかが死ねば試合は終わるわ」と女王ファドラが叫ぶ。「そうじゃねーだろー!」とアリス叫ぶが、そこへ斬りこむ高子。「危ねー」手にした日本刀を二度見して「・・・行くか!」アリス素早く刀を抜き高子にむける。
アリスVS高子の刀での戦い、互角である。長い戦いで息の上がり始める二人、肩が大きく上下し始める。
お互いの体力も限界である、それでも気力を振り絞り攻め合う二人。
そしてついにアリスと高子の生死を掛けた最後の一撃。その瞬間、高子の体が黄金色に輝き始める、強烈な光。
驚くアリスと光を放つ自分の体を見て驚く高子、その瞬間、高子の刀を弾き飛ばし高子の喉元に刀をあてがうアリス。
勝負あった、アリスの勝利であり南魔界女王ファドラの勝利である。
貴賓席から身を乗り出す女王メリーサと女王ファドラ。黄金色の輝きが消えると同時に高子は気を失いその場に倒れる。
アリス刀を置き「高子しっかりして!大丈夫」と高子に声を掛けるが、魔界の救護班が数人現れ高子をストレッチャーに乗せ、寄り添うアリスを引き離し会場外へ運び出す。「高子・・・」アリス走り去るストレッチャーを見つめる。
「姉さん、私の勝ちね。今日からこの私ファドラが大魔界の女王よ、文句ないわよね!」とメリーサに詰め寄る。「ファドラ慌てないで、引継ぎの儀式が終わればあなたが・・・」ファドラはメリーサの話も聞かずに高子を追って去って行く。
「お待ちなさいファドラ、勝手は許しませんよ!」
試合会場の観客の姿は忽然と消えている、無音の会場、呆然としているアリスに向かい女王メリーサが話し始める。
魔界には『千年に一度人間界に魔界の戦いの女神アゾーラが宿る女が生まれる』という言い伝えがあり、その女は人間離れをした強さを持ち、魔界のどんな戦士よりも強い力を持つとされ、千年を迎え勝利のためお互い人間界でその女を探し、そしてその候補がアリスと高子だったことを伝えた。
さらにその女が17歳を迎えた時、黄金色に輝く『ヒューマンロック』と呼ばれる人間鍵に覚醒する。その女を抹殺すれば人間界と魔界の大扉は開き、魔界の戦士たちが一機に人間界へ攻め込む事が出来るのだと話す。そしてヒューマンロックは通天閣高子であり、妹ファドラは人間界を滅ぼすことが目的で、この日を百年待ち続けていた可能があると話す。
驚くアリス「そんな!高子を守って、魔界大扉を開けさないで!」メリーサ頷きアリスを連れファドラを追う。遅れて魔界執事がわずかな魔界兵を連れて後を追う。
女王メリーサの持つ北魔界兵は人間界に攻め込むファドラに賛同し、多くの兵士が南魔界兵に寝返っていた。
○魔界大扉前
意識の無い高子を魔界大扉の前で生け贄のように祭壇に縛り付けるファドラ、すでに儀式の準備が進んでいる。
形相が変わり錯乱状態のファドラ、近づくアリスとメリーサに気づきいきなり攻撃の指示を出す、二人に襲い来る魔界兵たち。
「うわー!」と日本刀を手に加速するアリス、メリーサは魔力を使い魔界兵たちを一掃する。
わずかな北魔界兵は多数の南魔界兵に敗れほぼ壊滅状態に、しかし激しい攻防の末に祭壇へたどり着くアリスとメリーサ。
追い詰められたファドラは祭壇の高子に近づき、飾られた儀式用の大きなナイフを抜き彼女の胸の上にかざし「こうなったら儀式なんか省いて、この娘を殺してやる!魔界大扉は必ず開くはずよ。邪魔しないで、私はこの日が来るのを百年待ち続けたのよ!」と叫ぶファドラ。
「やめなさい!今更人間と争ってどうするの?これまで魔界は平和で幸せな暮らしを続けて来たでしょ、争うことも無く、これからの百年あなたが女王でこの魔界をもっと幸せな国にすれば良いのよ、そうでしょ!」ファドラを落ち着かそうとするメリーサ。
しかし説得も聞かず高子の胸にナイフを振り下ろすファドラ、アリス止めに入るが間に合わない。
その時高子の体が再び祭壇の上で黄金色に輝く、一瞬遅れファドラを蹴り倒おし高子に駆け寄るアリス。
祭壇の正面奥の巨大な大扉が音を立て開き始める粉塵が舞い上がる。
アリスに蹴られ床に倒れていたファドラはふらつきながら立ち上がり「始まったわ!」と叫ぶ。
高子の胸のナイフを抜き祭壇から抱きかかえ静かに床に下ろすアリス、高子の輝きは消えていく。
「た・か・こ・・・高子。」小さく体を揺すりながら何度もつぶやくアリス、高子はすでに死んでいた。
高子の血の気のない青白い顔には儀式の為と思われる奇妙なメイクが施されていた。
アリスは高子の上半身を抱きかかえ顔のメイクを胸元のスカーフをはずし拭い始める。
「ごめんね、助けてあげられずに、恐かったでしょう・・・一緒に帰ろうね」
ファドラは魔界兵を連れ開き始めた大扉の前で出陣の準備を始める。
霊界から呼び寄せた亡霊兵たちは出陣のため空中を彷徨い、すでに亡霊兵は数千体集まり始めている。
メリーサは襲ってくる地上の魔界兵たちを魔力で跳ね除けながらファドラを止めに近づこうとしているが無数の魔界兵相手に切りが無い。アリスの姿を見て「アリス、いつまでメソメソしてるんだい、このままだとお前の大切な人たちも全て失うことになるんだぞ、ファドラを止めるんだ!」メリーサの言葉に我を取り戻すアリス、天を見上げ「これ以上私から大切なものを奪うことは許さない!」と叫び、静かに高子を床に寝かせる。「行って来るね」高子に微笑みかける。キッと振り向いたアリスは鬼の形相、襲い来る魔界兵をあっと言う間に倒しファドラに斬りかかる。間一髪アリスの太刀をかわしたファドラは腰の剣を素早く抜き反撃する。
さすがにファドラも強い。ファドラの攻撃に苦戦するアリスにメリーサが割って入りアリスのピンチを救うがメリーサがファドラの剣を受けて倒れる。姉であるメリーサにもとどめを刺そうとするファドラにアリスが怒りの体当たりで防ぐ。
大きく弾き飛ばされるファドラ、壁に激突する。メリーサのそばに倒れ込んだアリス、起き上がろうとしたアリスの体が黄金色に輝き始める。
肩口をファドラに斬られて倒れていたメリーサがそれに気づき「やはり鍵は二本存在したんだ、アリスお前も魔界大扉の鍵だったんだ!」
「えっ、私がカギ!?」「もう一本の鍵、開と錠、高子が開でアリスが錠。そうお前には魔界大扉を閉じる力があるんだ、急げ封印するんだ魔界大扉を、永遠に!」
黄金色に輝く自分の体を見ながらメリーサの言葉に頷くアリス。壁際に倒れ込んでいたファドラ気づき、もうろうとした顔で、「アリスがもう一つの鍵、・・・封印する!?」状況を把握したファドラ慌てて「やめろー!」と叫び扉の前にいる数千体の亡霊兵に攻撃命令を出す。
一斉にアリスに襲いかかる亡霊兵たち。しかしアリスの体がさらに強烈な光を放つと、その黄金色の光を浴び一瞬で消滅する数千体の亡霊兵たち。
開き始めていた魔界大扉も締まり始める、大扉の前で狼狽するファドラ、完全に閉ざされる魔界の扉。しかしアリスの力は収まらずさらに大扉が音を立ててきしみ始める。メリーサは慌てて叫ぶ「アリスもう良い、やめなさい!」
それでもアリス力はおさまらず、遂に魔界大扉は巨大な光を放ちながら爆発消滅してしまう。
魔界大扉の傍らにいたファドラは爆発に巻き込まれ扉と共に消滅してしまう。
何も無くなった巨大な空間、魔界の大扉の爆風で吹き飛ばされたアリスとメリーサ。
静寂、全てが消滅した空間にアリスとメリーサが起き上がる。
ゆっくりと辺りを見回すメリーサ、全てのものが消滅している。ふと足元に転がる妹ファドラの王冠に気づき拾い上げ、無言で見詰めるメリーサ。
すでに高子に寄り添っているアリス、高子の乱れた前髪を自分の髪留めを外してとめている。
そのイチゴのデザインの乙女チックな小さな髪留めが高子の髪を飾る。微笑むアリス、しかし高子を失った怒りがこみ上げ、ゆっくりと立ち上がり背中越しに「このクソ魔女、高子を生き返らせろ、魔女ならそれくらい出来るだろう!」と振り向くと目の前にいるメリーサ、驚くアリス、その瞬間スッと近づきナイフのようなもので彼女を刺す、メリーサの肩越しにアリスの驚いた顔。
「えっ!?」と小さく声を上げ高子の隣に膝から崩れ落ちるアリス。倒れたアリスを見て薄笑いを浮かべるメリーサ。
床に倒れているアリスと高子。
〇真暗な闇の中に歓声が聞こえる。
試合場の大歓声がアリスの耳に届く、ふと我に返るアリス。傍らのセコンド田崎が両肩を揺らしながら「アリス、なにボーッとしているだ、決勝戦だぞ、決勝、負けたら丸坊主だぞ!」
「あ、あはい!・・・丸坊主?」「どこ、ここ?」と辺りを見回すアリス。「世界 JK格闘技大会・決勝」の文字がアリスのうつろな目に入ってくる。ここは決勝戦の行われていた京都の競技場だ。
試合開始の合図、アリス戦いながらも「ゆ・め?」「・・・魔界?」「メリーサ・・・?」
「あっ、通天閣高子!」と口ずさんだ瞬間に相手のキックが顔面にヒットしダウンするアリス。
マットに倒れているアリスにセコンドについている田崎が目を見開きバリカンで頭を刈る仕草をしている。
「絶対ヤダ、丸坊主なんて、乙女に対して何てことを考えてんだ変態オヤジ」アリス相手を睨み付けながら起き上がり「よくも大事なアリスちゃんのお顔を蹴ったわね!」と蹴りを受けて正気に戻ったアリスは必殺技のアリスキックであっさりと対戦相手を倒してしまう。
デジャブの様に同じ風景で優勝のインタビューを受けているアリス。
インタビューに答えながらも横目で会場の壁に貼られた大会の大きな対戦ボードから通天閣高子の名前を探すがどこにも無い。横にいた田崎に「通天閣高子は?」「つうてんかくたかこ?それ新しい女芸人か!?」ムッとするアリス。
何とかインタビューを無事に終え控室へ移動するアリスに近づいて来る一人の選手。「おめでとう宮原」と変死体で見つかったはずの東京大会の対戦相手が笑顔で握手を求めてきた。「えっ、死んだはずの!?」「死んだ?・・・あー確かにあんたのアリスキックで死にかけだけどね」と笑いながら去って行った。
客席から降りてきた母親と愛犬ママを抱きしめ喜びに浸るアリス。
〇数か月後―春、桜が満開の季節。
海岸線、朝日の昇る砂浜を元気に走る子犬、アリスの愛犬ママである。
キラキラした波打ちぎわを歩くアリスと石原健二「プロテスト合格おめでとう」
「ありがとう。オレ、実は今年からハワイを拠点に活動することになったんだ」
「えっ」一瞬驚くが取り繕って「よ、良かった、良かったね」
「それで、アリス・・・オレ実は・・・」と健二が一大決心を伝えようとした時にさえぎるように愛犬ママの鳴き声がする。
目をやる二人、すると五歳くらいの少女の周りを愛犬ママが走り回っている。
「ママやめなさい!」と言いながら少女に近づく。アリス少女の前にしゃがみこみ頭を撫でながら「ごめんね、怖くなかった?」
「あっ、おねーちゃんおんなじ」とアリスを指さす。
「えっ、同じって何が?」
少女、自分の髪留めを指さす、アリスと同じイチゴの髪留め。
「えっ、同じ!?」自分の髪留めに手をやるアリス。
「何してるの帰るわよー」少し離れたところから少女を呼ぶ母親の声、母親に向かって走り出す少女。
「あっ、待って!」アリス止めようとするが走り去る少女。
両親に追いつき再び振り返り、アリスたちに笑顔で手を振る。
その姿が通天閣高子とオーバーラップする。
深くお辞儀をする少女の両親、ゆっくりと背を向け去って行く。
「た・か・こ、・・・高子」と言いながらゆっくりと立ち上がる。
「誰、知り合いの子?えっ、アリス泣いてるの?」
「えへっ、通天閣高子、先に言っとくけど女芸人じゃないわよ」
「えっ!?」
健二の車の置かれた駐車場の方へ笑顔で走り出すアリス、晴れ渡った春の空に向かって「クソ魔女やるじゃん! ありがとーう!!」と大声で叫ぶ。
「待てよ、アリス!」慌てて追いかける健二。
アリスに追いついた健二、二人はどちらからともなく手を繋ぎ歩き始める。・・・二人は恋人に見える!
春風に吹かれた桜の花びらがふたりを包み込む。