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ヘイフリック 第九話


 議事堂の出入口はすべて、殺気立っている大勢の警官や護衛役たちによって、封鎖されてしまった。

 議事堂の内部も、以下に同じだ。そしていまや。拳銃や短機関銃をたずさえて、防弾ベストを着込んだ警官たちが。各々のグループにわかれて、連絡をとりあいながら、捜索を続けている。

 すでに議員たちは、警官たちに誘導されて、建物から脱出を終えていた。

 議事堂に残っているのは、逃げ遅れて待避所で身をよせあっている職員たちと、いまだに発見されない犯人だけだ。

 なにがあったのか。なにが起きているのかを知るために。チャンネルを共有しあった大勢の警官たちが、無線機越しに、現場からの報告を緊張の面持ちできいている。

「……はい、そうです。爆弾が降ってきました。いいえ、本物の爆弾ではありません。自分は爆発にまきこまれて命を落とした、と思ったのですが。そうではなく……」

 報告をきいている警官たちは皆、ピリピリと不安そうで落ち着かない。

 当然だろう。議事堂が襲撃されるという事件も前代未聞なら。それに輪をかけて、この騒動の犯人の一人が。あのヘイフリック氏らしい、とウワサされているからだ。

 正面出入口をかためている警官隊の主力を指揮している隊長は、気持ちが定まらずにいる部下たちに、無線機を通じて大声で叱咤激励を続けている。

「おまえたち、よくきけよ。現場の状態、および、先刻の報告から判断して、ヘイフリック氏が銃撃をうけて重傷を負っているのは間違いない。本来なら、絶命していてもおかしくないのだが。どうも、そうではないようだ。

 ヘイフリック氏が。いいや、この犯人がなにをするのか、わからない以上、できるだけ、独断は避けろ。

 最終的な判断は、こちらでおこなう。おまえたちは、こちらの指示に従い、慎重に事態にあたれ。現場は混乱している。とにかく、どんなに些細な異常でも逐一報告をして。いいや、ちょっと、待て……」

 無線機のマイク越しに、配置についている各員へ口頭で指示をくだしていた隊長は。驚きを隠せない口調で、「いま、捜索中にあった犯人たちを発見した」と告げて、通話スイッチを切った。

「おまえたち、準備はいいか?」

 隊長のよびかけに応えるように、警官たちは訓練をうけた的確な動作で、拳銃や短機関銃など、手持ちの武器の弾薬の装填を確認すると、かまえて狙いをつける。

 二人組が、通路をこちらにむかってやってくる。

 黒づくめの格好をした、背が高い大柄な男が。ヘイフリックなのは、すぐにわかった。

 撃たれて負傷したのだろう。銃弾にうがたれた銃傷をかばうように、片腕を胴体にまわし、それでもしっかりした足取りで、こちらへむかってくる。

 しかし、もう一人は……。

 ヘイフリックの先に立つ格好で、顎をぐっとひき、肩を怒らせ、挑むような顔つきでこちらをにらみつけているのは、年端もいかない小さな女の子だ。

 その女の子はどうやら、ヘイフリックをかばい、自分が戦うつもりでいるらしい。

 こんな緊迫したやりとりの最中でなければ、笑ってしまうような光景だが。実際に、むきあってみると。まるで現実味がない、薄気味悪いファンタジィのワンシーンのようだった。

 悪い冗談はやめてくれ、と動揺する部下たちを叱咤するために、隊長は声をはりあげて、鋭い警告をくれる。

「まだ発砲するな! これはヘイフリックがまぼろしをこしらえて、それを幻視させているんだ。むやみに撃ちまくって、議事堂の職員や捜索中の仲間たちを誤射していた。そのような失態をおかすことは許されない。

 いいか。確証を得てから攻撃するんだ。ただし、どうしてもよびかけに応じなければ、突破される前に一斉射撃でしとめる。おまえたちは、それができるだけの訓練をうけているはずだ。わかったな!」


 いいや。まぼろしなんかじゃない。正真正銘の本物だ。

 わけは単純。自分が警官たちと一戦まじえて封鎖を突破してやる、といいはるヘイフリックを退けさせて。そのかわりに私が先に立ったからだ。だから、こうなったのだ。

 とはいえ、状況は、よくない。

 正面玄関だけでも、全部で七、八十人はいるだろう。

 いっせいに撃ってこられたら、助からない。大量の銃弾を浴びて、スポンジケーキみたいに全身穴だらけにされてしまう。そうなれば、おとなしくあの世へ旅立つしかない。

 警官たちがかまえる拳銃や短機関銃の銃口を見ている私に、背後からヘイフリックが、怒ったようによびかけてくる。

「やめろっ! 前に出るな。おまえは、おれの後ろへまわっていろっ! おれが助かっても、おまえが殺られちまったら、病気を治療する研究もおしまいだ。そうなったら、もとのもくあみじゃないか。だから……」

「やだね。そんな勝手な命令きかないよ。左右は壁だし、後ろは一本道なんだ。撃ってこられたら、逃げ場なんてない。だったら、あとはもう戦うしかない。まっこうからぶつかって、奴らを蹴散らしてやるんだ。みてろよ……」

 まるで気持ちがひとつになってない私とヘイフリックは、どうでもいいような口ゲンカをしながら、なみいる大勢の敵にたちむかっていく。

 まずい状況なのは、よくわかっていた。

 ヘイフリックという名前は、いまでは隣国の戦争を象徴する、忌むべき災厄の代名詞ともなっている。

 だからこの国全体の怒りと憎しみの対象ともなっている正体不明の怪人物を倒そうと。警官たちはわが身の危険もかえりみず、猛然と攻撃してくるはずだ。それに私たちは戦って勝たなければならない。

 いったん争いの火蓋が切られれば、あとは眼もあてられない惨劇になるだろう。銃弾に撃ち砕かれ、噛み裂かれて、食いちぎられた、大勢の死傷者と負傷者が転がる、そんなおそろしい血みどろの争いになる。

 ところが予想もしてなかった出来事によって、この場の衝突は、寸前でくいとめられた。

「みなさん。どうかきいてください……」

 そうよびかけられた先を見上げれば、議事堂の正面出入口の真向かいに設置してある大型スクリーンに、〈緊急報道〉というテロップつきで、議長が映っていた。

 議事堂から脱出したあと、彼は、ここから遠くない場所に準備しておいた移動式のスタジオのセットに入り、カメラとマイクへむかったのだ。

 議長は、いつもよりもなおいっそう悲壮感をたたえ、使命感に満ちた表情でもって、私たち視聴者にむかって語りはじめた。

「私たちは、これまで幾多の悲劇をのりこえてきました。ですがまた今日、新たな悲劇とむきあう強さを持たねばならないのです。なぜなら、この都市はもとより、この国そのものの発展と進歩に貢献してきた偉大なる人物、ヘイフリック氏が。この国を危機におとしいれた戦争犯罪人として告発されたのです。

 まだ調査中ですが。氏は議会の転覆を狙った襲撃事件への嫌疑だけではなく。財団の創設者としての権限を悪用し、不当な圧力を議会にかけた罪を告発されています。この事実が証明されれば。財団の権限が議会へ移行されるだけでなく。氏がおこなった政策そのものの見直しがはかられるでしょう……」

 よどみなく、滔々と語られる議長の台詞をきいて、その場にいた皆は、そうなるべきだ、戦争なんてゴメンだ、とホッと胸をなでおろした。

 ところが、議長が続いてくちにした決意表明をきいて、きいていた全員が耳を疑う。

 演説用の原稿から顔をあげると、議長ははっきりとした態度と口調で、こう断言する。

「しかし、我々議会は。このような悲劇に屈することなく。わが国の正義をつらぬいて。さらなる発展と進歩をめざす義務と責任があります。

 議会は、国境線沿いに展開中にあるわが国の軍隊に対し。国境線を越えて進撃するように指示をくだしました。わが国は、本日いまより、隣国と戦争状態になったことを、この場で宣言します」

 その場にいた全員が、心臓をつかまれたような恐怖に総毛立った。

 敵国との戦争をやめるどころか、国境線を越えてこちらから侵攻を開始した、というのだ。

 対峙していた警官たちも、銃をかまえるのも忘れて、すっかり顔色を失い、背後の大型スクリーンをふりかえる。

 ポカンとあっけにとられている私のとなりで。大型スクリーンを見るヘイフリックは、しみじみと述懐する。

「議長の奴、おれが射殺されたと早とちりして。よりにもよって、いちばん安易な解決方法をとっちまったな……」

 ようやく事態を理解した警官たちの表情には、当然そうなると期待していたことが裏切られた驚きと衝撃が、隠しきれずにあらわれている。

 我慢できなくなった連中は、かためた拳をふりあげると、大型スクリーンに映った議長にむかって、くちぐちに抗議を始めた。

「ふざけんじゃねえっ。本格的に戦争をおっぱじめるつもりかよっ!」

「戦争なんて、冗談じゃないぞっ!」

「いったいぜんたいっ。和平条約はどうなったんだよ。和平条約はっ!」

「ヘイフリックをやっつけたら、議会は争いをおさめなきゃ、ダメだろうがよっ!」

 だがそんな罵詈雑言に満ち満ちた訴えが、スクリーンのむこう側にとどくわけもない。

 議長はどこ吹く風といった態度で。我々には戦う準備ができている。なにがあろうと必ずやこの戦いに勝利するだろう、とおごそかに開戦の宣言を続けている。

 こうなっては、もう命令を守る者もいない。警官たちは、やってられるか、と職務放棄を始める。

 だが予期せぬ混乱は、私とヘイフリックがこの場から脱出する、絶好のチャンスでもあった。

 私はできるだけすばやく、警官の擬装を私とヘイフリックのそれぞれにほどこす。

 冷静さを失っている警官たちのあいだをすり抜けて。二人は、正面出入口のあけはなたれたドアから外へぬけだす。

 議事堂の長い階段を、手摺りを使いながら。私は、ヘイフリックの腰をささえて下まで降りる。

 とにかく、できるかぎり早く、新たな混乱におちいりつつある議事堂から離れようとする。

 だが追いかけていた人物から背後からよびかけられて。私たちはびくっと身をこわばらせると。おそるおそる、ふりかえる。

「おい、待て。おまえたちに、話がある」

 そいつは警官たちをまとめていた隊長だった。

 もう六十歳は越えているだろう。この初老の男が追いかけてきた理由が、逮捕にしろ、もっと過激な実力行使にしろ。なにか決着を強いるような理由であることは、その表情から読みとれた。

 初老の警官は、憎々しげに、背が高い死人のようなヘイフリックの顔をにらみつけていたが、近づいての胸ぐらをつかむと、グイとひきよせ、おどすようにいいきかせた。

「いいだろう。今回は見逃してやる。そのかわり、なにがあっても絶対にくいとめろよ。どうするべきなのか、さっぱり見当もつかんが、絶対にやめさせろっ。

 それができなかったときは、おれが直々にでむいて、おまえらをしょっぴいてやるからな、わかったかっ!」

 歯をむいて、怒りをあらわにしたその男の顔を見下ろしていたヘイフリックは、静かな口調でききかえす。

「どうしてだ?」

 その男は獰猛な怒りをむきだすと、物凄い眼つきで、ヘイフリックを凝視する。

「どうしてだ、だと? いいか。この町が爆撃されたとき、おれはまだ子供だった。そこにいるチビよりもまだちっさい、物心もつかないようなほんのガキでしかなかった。

 ところがそんな大昔の出来事なのに。いまだに忘れられない。あの日、この街がどんなふうに破壊されたのか。瓦礫だらけの焼け跡から、ここまでやり直すのがいかに大変だったのかをな。あれだけは二度とくりかえしちゃならん。どんな理由があろうと、絶対にだ。いいか、わかったか?」

「わかった」

 そっけなく、冷静にかえされて。その初老の警官は大きく眼をむくと。本気で怒っているとわかる顔つきで、ヘイフリックを突き放すように解放した。

 キズにひびいたのだろう。ヘイフリックは胴体を抱くようにしたまま、顔をしかめる。

 自分の持ち場へ帰ろうとするその男を、ヘイフリックは、無表情のままで、じっと見送る。

 やがて、むずかしい顔で事態を見守っていた私のほうをふりかえると、「もうめくらましを解いてもいいぞ」と伝える。

 私は警官の擬装を解く前に。うかがうようにヘイフリックの見やると、たずねる。

「戦争をやめさせる約束をするのはいいけれど。それじゃぁ、どぉするつもりさ。議長をやっつけるのか? それともほかに、なにかいい解決策があるのか?」

 私の質問にこたえるかわりに、ヘイフリックは負傷した箇所をおさえたまま、なにもいわずに勝手に歩きだしてしまう。

 私は、あわててあとを追いかける。


 地下鉄の駅がある大通りまで出て、わかった。

 いまや街は、煮えくりかえるような熱狂的な戦争ムードにわきかえっている。

 戦争が始まった。ついに開戦した。という知らせは。まるで強力な熱病のように。あっというまに街中の人々のあいだに伝播したのだ。

 テレビやラジオのニュースをきいて、街中の人間が部屋から出てきたんじゃないか、と錯覚しそうになるくらいの、どれほどの人数になるかもわからない群衆で、大通りへ埋めつくされている。

 たがいに肩を組み。熱に浮かされたように。やっつけろ、打ち倒せ、と。怒っているのか喜んでいるのかもわからない大声をはりあげながら。通りをねり歩き、行進していく。

 ヘイフリックはフードつきの上着で顔を隠すようにしていたが、もうその必要はなかった。

 みんな、それどころではなくなっている。自分たちが戦争という恐ろしい災いに呑まれる運命にあると知って、込みあげてきたむけるあてもない激情を、でたらめに発散している。もう、そうするしかないのだろう。

 熱狂する群衆に後押しされるように、しかたなく彼らとともに通りを歩きながら、私はとなりにいるヘイフリックにたずねる。

「私たち、どこにいくんだろう?」

 まだひどく痛むのだろう。負傷した避けた銃傷を掌でおさえた格好で、ヘイフリックはそっけなく答える。

「おれたちがむかうべき場所はわかってる。おまえ自身が、その目で見て。体験をしてきたはずだ。中世の封建世界でなければ、欠点だらけの資本主義世界でもない。その先にあるもの。未来だ。こことは違う世界だ」

 なにもかも知りつくしたような顔をして、おもむろに、そう述懐してみせるヘイフリックの態度に、私は苦笑でかえす。

「ずいぶんと簡単にいっちゃってるけど。ホントに信じてるの。そんなものを?」

 ヘイフリックは、もちろんだ、とかえす。

「私には信じられないな。いったい、どんなところになるのかも、わからないし」

 ヘイフリックは怒るわけでもなく、ひとつうなずくと、私にかえす。

「未来がどうなるか、知りたいか?」

「うん。知りたい……」

 群衆の叫び声にのまれてかき消されそうになっている、私の声をききわけたらしい。

 ヘイフリックは私の方を見ると。唇をつりあげて、尖った歯をむいて、ほんの一瞬だけ、笑う。

 それから、おもむろに、語りだす。

「それじゃ、教えてやろう。未来は、こういうところになるのさ……」


 そしてまた、数百年後……。

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