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ヘイフリック 第7話

そんな理由で戦争は起きない。というのが今回の件でわかりましたよね。


 そこは……。

 燃料に使う石炭の採掘場に近くて。豊富な地下水源と、多くの働き手を確保できる地方都市から遠くない用地に、建設をすすめている、工業地帯だった。

 これは。ヘイフリックが先頭に立って、有名な投資家たちから多額の資金を募って興した、一大事業だった。

 完成したあかつきには、この国始まって以来の、最大規模の生産基地になるはずだった。

 ヘイフリックは、私を連れて。高い煙突がならんだリッパな工場の建物が続く敷地から出ると。

 燃料や原料を運び入れるかわりに、できあがった製品を運びだして陸送するために敷設中にある鉄道の線路のうえを、歩いてわたって。いまはなにもない、荒れはてた丘の上までやってきた。

 そして、下方に広がる、しだいに稼働しつつある工業地帯を見下ろしながら、彼は私に、次のように話してきかせた。

「まだ予定の半分だが。この工業地帯ができあがって。本格的に運転が始まれば。この国の産業構造が……。いいや、おれたちの生活そのものが一変するはずだ……。

 ここでは、まず鉄鋼の生産をする。最初の年だけでも、いままでの年間生産量の十倍以上、年間三千万トンの鉄鋼を造りだす。

 最初は鉄鋼だが。ゆくゆくは、ビルの建築材料から自動車まで、鉄鋼を使ったさまざまな製品を造りだせるようにする。

 それだけじゃない。ほかにも、こうした工業地帯の建設を検討中だ。計画がすべて軌道にのれば。ナイロン、トランジスター、なんだって造れるようになる。

 おれたちが力をあわせれば、このとおり、できないことなんてないんだ。

 みてろ。いまに。誰も彼もが、働いてなんでも欲しいものが手に入れられるようになる。カネが稼げなくても、世の中がもっと豊かになれば。それ以外のやつらだって一人前の暮らしができるようになる。未来は変わる。バラ色の素晴らしいところになる。おれたちは、神様には、絶対にできないことをやってのけたんだ……」

 ヘイフリックはあのとき、眼下の工業地帯を見ながら、いつになく、熱っぽく、そう訴えた。

 力強い言葉をききながら、彼にはきっと見えているのだろう、未来という世界に思いを馳せて、私はその背中にうなずいてかえした。

「そうだね。きっと、すばらしいことになるね」

 だけど、その考えがあまかったことは。わずか五十年足らずではっきりした。

 工業地帯は、有名な商品を造りだす大きな工業都市にはなったけど、地上のパラダイスになることはなかった。

 かわりに、長時間労働にあえぐ労働者たちが暮らす。暗い、不健康な、人口が密集した、ゴミゴミした街となった。

 大量の工業製品は、安い価格でどの街のどの店でも販売されて、豊かな人々はだれでも手に入れられるようになった。

 しかし、カネを持たない貧しい人々には決して施されることはなかったし。もともと手工業で暮らしていた職人たちを全滅させるのに充分な効力を発揮した。

 以前よりも豊かになったのは、この事業に出資した、もともと豊かだった資産家ばかりで、ほとんど大多数の人々は貧しいままだった。

 苦労がむくわれないことに怒った労働者たちがストライキを敢行し、工場の機械の打ち壊しをおこなった。そのたびに警官たちと衝突が起きて、多くの血が流された。

 生産高は工業地帯が建設される以前の十倍にも増加し。農業も機械化による改善と拡大がおこなわれ。そのおかげで人口も爆発的に増えた。

 だけど私たちが望んでいた、輝くような素晴らしい世界はやってこなかった。

 かわりにやってきたのは、戦争という最悪の災禍だった。

 戦争は多くの国々をまきこんで、六年間も続く、おそろしい世界大戦となった。

 どうしてあのような大規模かつ際限ない戦争となってしまったのか。ふりかえって考えれば、もっともな理由をいくつかあげられる。

 いちばんの理由は。とても支払いきれない天文学的な数字の借金を抱え込んだ国家が。追いつめられたすえに独裁制の軍事国家へと走り、ムチャクチャな進撃と占領をくりかえしたことだろう。

 でもそれに輪をかけて事態を悪化させたのは、その独裁国家相手に戦争を始めた、連合国側のどの国も、長引く不況にあえいでいた、という事実だ。

 売ることができない、過剰な商品。

 利潤を目当てに投資できない、過剰な資本。

 工業化によって経済は飛躍的に発達したが。それと同時に、大量の余剰を抱え込み。どの国もデフレと、ふくれあがる失業者の問題を解消する方法を見いだせずにいた。

 経済をもう一度たてなおすには、政府が常に多大な額となる軍需品の注文をだして、経済全体を戦争という大量消費行為にむすびつけるしかなかった。

 気がついたときは、すでに手遅れになっていた。

 工業地帯は活力をとりもどし、不況以前にも増して精力的に運転を始めていた。でもそれは輝く未来にむかって飛躍するためではなく、戦争というこの世の地獄をつくりだし、それを一日でも長く続けるための準備だった。

 ことの重大さを悟ると、ヘイフリックと私はこの災禍をなんとかしてくいとめなければならない、と躍起になった。

 ヘイフリックの提案に従い、私たちは商会の資金力で、独裁者側の軍隊と戦うための私設軍隊を組織しようとした。

「軍隊の侵攻と占領をおしとどめるには、べつの軍隊の力に頼るよりない。おれたちの軍隊で、独裁者たちの軍隊を倒し、戦争がこれ以上拡大しないように力をつくすんだ」

 でも私たちが組織した精鋭軍が、独裁者側の軍隊とあいまみえることはなかった。 

 自由主義をかかげる連合国側が、自分たちの陣営に入ってともに戦ってほしい、と協力をよびかけてきたからだ。

 だいぶあとになって、自由主義をかかげた連合国側は、戦争をくいとめようとする私たちがジャマなので。理由をつけて、手出しさせないようにしているのだ、とわかった。

 それを理解できたときには、しかし、両陣営の衝突によって、すでに本格的な大戦の幕は切って落とされ。世界は未曾有の災禍へと自ら踏み込んでいこうとしていた。


 気がつくと私たちは、明るい陽射しがさす、真昼の街の通りに立っていた。

 そこは、私たちが暮らす、近代的な大都市ではない。

 建物は低く、家並みはまばらで、どの建物も古びている。

 壊れたり破れた箇所を漆喰やペンキでふさいで、見苦しくならないようにとりつくろってある建物ばかりが目につく。

 道路は、でこぼこで、舗装路よりも黒々とした地面がむきだしている。そもそも、車はたくさん走っていない。裸足のやたらと元気な子供たちが道路に出て鬼ごっこをしている。

 すべてが貧しく古めかしいけれど、どことなく街全体がのんびりとして、時間が停まったような穏やかさがある。

 驚きの叫び声がまわりで上がるのをきいたのは、そのときだ。

「ど、どこだ。ここは?」

「なにが起きたんだ? さっきまでいたところとは、また違う場所じゃないか?」

 度胆を抜かれた表情であたりをきょろきょろと見回しているのは、議員と、議員を守るようにそばについた警官たちだ。

 彼らは、大扉の障壁まで行き着いたものの。そこでこの事態と直面して、すっかり混乱しているのだ、とわかった。

 めんどくさいので教えてやらなかったが、私はここがどこだか知っていた。

 ヘイフリックに案内してもらい、二人で散歩したことがある。信じてもらえないだろうが。ここは、いまから六十年ばかりさかのぼった、過去のこの都市の姿なのだ。

 さらにいうとだ、これからなにが始まるのか、だいたいの見当もついた。

 サイレンが鳴りだした。

 町中に響きわたるようなその警報をきいて、住人たちは自分の仕事を途中でおっぽりだし、あたふたと退避を始める。

 急停車した自動車から帽子をおさえて年配の男性が出てくると、赤子を抱いた女性に先導されて、大急ぎで通りをわたってどこかへむかう。

 そこいらで好き勝手に遊んでいた子供たちも、わっとばかりに逃げだした。大きな子が小さな子の腕をひいて。それが間に合わなければ、逃げようとする大人に声をかけて抱きあげてもらい。通りのむこう側へと消えていく。

 さっきまでにぎわっていた通りは、あっというまに、からっぽの、無人の場所となってしまった。

 長く尾をひくサイレンの音だけが、建物のあいだをこだましている。

 通りにとり残された議員や警官たちは、込みあげてきた不吉の予感に、青ざめた表情であたりを見回している。ポツリとだれかがつぶやく。

「みんな、なんで退避したんだ?」

「正体不明のおそろしい怪物でもやってくるのか……?」

 私は、からっぽの通りのまんなかに出ると、頚が痛くなるのを我慢して、澄みわたった青空を見渡した。

 高高度を飛行しているのだろう、機影は見えない。

 もし確認できたとしても、小さな黒い染みのようなものが、間隔をとって飛んでるのを判別できる程度に違いない。

 それでも、それがそこにいるのはわかった。律動する航空エンジンの回転音が空気をふるわせ、こんなところにまで伝わってくる。

 私は眼のうえに掌をかざして、正体不明の怪物を見定めてやろうと、音がきこえてくる方角をじっと見つめる。

「いったいぜんたい、なにが始まるんだ……?」

 つられて私といっしょに頭上を見上げた議員が、そうきいてくる。

 私は青空を見たまま、つまらなそうにかえした。

「ああ。いわゆる絨毯爆撃ってやつよ。……攻撃目標は、爆弾や銃弾や飛行機をこしらえてる軍需工場だけど、それだけじゃない。女子供が働いてる、石けんや歯磨き粉なんかの工場。それにみんなが暮らしてる民家が集まった住宅地。とにかく、みんなまとめておかまいなしに、木っ端微塵にふっとばし、火の海にするつもりなんだ。

 なんで、そんなことをするのかって? 敵であるあたしたちに、本気で戦争してると思い知らせるためよ。まきこまれたこっちは、たまったもんじゃないってのにさ。

 ……こうやって説明してるあいだにも、どうやら爆撃機の弾薬倉がひらいたみたいねぇ」

 議員がヒッと悲鳴をあげるのがきこえたが、私は相手を放っておき、空を見たままでいた。

 投下された旧式の航空爆弾が、ヒュルヒュルとかん高い風切り音をまきあげながら、私たちがいる地上めがけて次々と降ってきた。

 この一度の攻撃だけでも、どれだけの爆弾を使ったのだろうか。尾翼がついた流線型をした大きな鋼鉄製の爆弾は、あまりにもたくさん空から落ちてきたせいで、その一発一発のかたちまでもを見分けられそうだ。

 旧式なくせに、ものすごい破壊力だ。見ている眼の前で、二階建ての頑丈そうなビルに命中した。とたんに大量のがれきとバラバラにちぎれた建築材料をあたり一面に四散させて。建物を、次の瞬間には、土台と壁面の一部だけを残した残骸にしてしまう。

 議事堂の議員や警官たちは大声をあげて、逃げ場を求めて通りを駈けだしたが転倒し。頭を抱えて、きれぎれの救いの声をあげる。

 私は道路の真ん中に一人で突っ立ったままで。ポケットに両手をつっこんで。直撃弾が雨あられと降ってくる、戦慄するような真昼の光景を眺めていた。

 ああ、爆弾が降ってきた。頚をすくめると、まぶたをぎゅっとつむる。

 閃光とともに、すさまじい爆発音と衝撃波に呑み込まれる。心臓がクチからとびだしそうになって。身体を縮めると、思わず言葉にならない悲鳴をあげる。

 おそるおそる、まぶたをあける。

 あいにくと、私は爆風でふっとばされ、ズタズタのぼろきれになって、虫の息で地面に転がってはいなかった。

 もとのとおり、道路に立っている。

 手脚がちゃんと体にくっついてるのをたしかめて。ホッと胸をなでおろすと、あらためて、あたりを見回す。

 町はいまや、熱と炎に灼かれ、爆発音が響き、衝撃波にふるえる。さっきまでとはまったく違う、おそろしい場所になっている。

 数発の着弾にも耐えていた病院の建物が、爆弾の攻撃に耐えきれずに。途中階から炎をまきあげて、崩れるように倒壊する。

 道路に命中すると、地面がふくれあがり、爆発したように大穴があく。あとには大穴から破れた水道管がつきだし、水が噴きだす。

 家屋は、爆弾一発で、まとめて数軒がこなごなに粉砕される。あとには崩れた建物と。散乱したガレキと。ひしゃげてガラクタになった家財道具しか残らない。

 すさまじい破裂音と地響きが、あたり一面を揺るがす。

 空を見上げれば、さっきまでそこにあった青い空も輝く太陽も、そこにはない。まきあがる黒い煙にふさがれたむこうから、弱々しい散光が射しているだけだ。

 町は、そこに住む人々といっしょに、殺されようとしていた。

 爆撃によって、壊され。砕かれ。ちぎりとられ。灼かれ。もとの姿形を失い、痛めつけられたむくろになりつつあった。

 さすがに、もう我慢の限界だった。

 私は怒りの表情であたりを見回すと。爆撃が引き起こす轟音や地響きに負けないように、この大仕掛けな見せ物を演出している相手を怒鳴りつけてやった。

「うんざりだ。あきあきした。八百年前から、たいしてやりくちが変わってないじゃないか。これは、あんたの経験を追体験させられているんだろう? いいかげん、ワンパターンなんだよ。だいたい、六十年前におんなじことをやって、戦争指導者たちの考えをあらためさせようとしてダメだった、あの失敗を懲りてないのか?」

 そいつは爆撃でまきあげられた真っ赤な炎と黒煙のむこうに隠れていて、そこからこちらをじっとうかがっていたらしい。

 爆弾が着弾するたびに生じる爆発音と、地響きと。建物がくずれる音に、ガラスの破砕音と悲鳴がいったんおさまると。どこからともなく、低く押し殺した、あざけるようなふくみ笑いがきこえてくる。

「いいや。おれのやりかたが古くさいんじゃない。こうして何百年たっても、おんなじことがくりかえされるから。だからおれのやりかたも、なかなか更新できないのさ。ワンパターンにあきあきしているのは、こっちのほうだぜ」

 魔術でも見ているようだった。あたり一面に荒れ狂っていた炎と煙が、どこからともなく吹きつけた突風に吹き消されて、気がつくとそのむこうにヘイフリックが立っていた。

 黒づくめの格好をしたその身体の大きな男は、死人のような血の気がない表情で、じっとこちらを凝視している。

 思わず気圧されてあとずさったものの、私は眉根をひそめると、怖じけをふりはらって大声でいいかえしてやった。

「だから今度は、自分がそういうタチのわるい悪事をしでかす側にまわってやろう、って魂胆なわけ?」

「違う。おまえならわかるはずだ。おれがなにをやろうとしているのかを……。

 いいか、世界はいつまた危機的な状況におちいりかねない危うい状況にある。だから、その危機を避けるためには、おれたちのような者が、大局をコントロールする力を手中にしていなければならない。それが世界のためなんだ。わかるだろう?」

 私だって、ヘイフリックが抱えている胸中の怒りを察してやれないわけではなかった。

 ヘイフリックがいいたいことはわかる。

 資本主義とよばれる教義のもとにきずかれた、いまの世界では、デフレと経済恐慌という問題が周期的にめぐってくる。

 その問題を解決しようとして、世界大戦のような大きな戦争さえ起きてしまうのなら、小さな戦争を続けることで、できるかぎり経済を低落させないようにする……。

 大戦の勃発を避けられなかった過去の手酷い失敗の経験から、ヘイフリックがそんな強硬な手段を押し通すようになったのを、私も理解できないわけではない。

 だけどやっぱり、そんなの愚の骨頂だ、やめるべきだ、と私は彼にいいきかせずにはいられなかった。

「いいや。わからないよ。サッパリだ」

「おれだって、この方法が正しいとは思っちゃいない。だがこうするよりないんだ。これがもっとも効果があるんだよ……」

 ヘイフリックがやろうとしていることを理解すると同時に、私は彼の態度の変化について、ようやく思いあたった。うなずくと、大声でいってやる。

「そうか。やっとわかった。もしかしたら危険な精神病になったんじゃないかと心配したけど、そうじゃない。あんたは老いてしまったんだな、ヘイフリック。

 世界大戦のような大きな危機を回避するために、大局をコントロールする力を手に入れるだって? そのために小さな戦争には眼をつぶり、犠牲を強いろっていうのか? 昔のあんたなら、決してそんな世迷いごとをくちにしたりしなかった。

 あんたは年老いてしまい。けっきょく、自分を守るために自己正当化しているんだ。いいか、あんたがやろうとしているそれは間違いだ。あんたは間違ってる」

 よりにもよって、この私からそうはっきりと指摘されて、ヘイフリックはひどくショックをうけたのがわかった。

 表情をゆがめると、ぐいと顔をつきだし、あからさまにこちらを馬鹿者あつかいしようとする。

「このおれが老いた、だと? このおれを耄碌ジジイあつかいするつもりか? 面白い。だったら、自分が正しいことを実証してみるがいい。おまえのような力足らずに、そんな真似ができるのならなっ!」

「いわれなくても、そうするつもりだ。私はそのために、ここまできたんだっ!」

 それから、獣じみた大声をあげると、私はヘイフリックめがけてダッとかけだした。



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