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ヘイフリック 第6話


 場所は、議事堂の内部になる。

 ここまで私を連行してきた警官は、無線機を通し、さっきから、先方と騒々しくやりあっている。

「本部っ。そうはいいますが、こちらは別件で手がはなせない状態ですから……。はいっ。わかりました。わかりましたよ。ええっ。承服します。了解っ!」

 それから警官は、まさかそんなわけあるまい、といった顔で、通路のむこうを見やる。

「嘘だろ? 警戒厳重なこの議事堂で、そんなことが起きるものか。なにかの間違いだ」

 こちらのことなどほったらかしで、議事堂で起きているなにか別件に気をとられている警官にむかって、私は文句をいう。

「ねぇ。早いところヘイフリックのところまで連れてってよ。急がないと、手遅れになっちゃうよ。あたしがあいつをとめなきゃ、大変なことになるんだからさぁ……」

「ちょっとは黙ってられないのかっ。おまえはっ!」

 警官に頭ごなしに怒鳴りつけられて、私はびくっと身をふるわせたが。沈黙するかわりに。

 いますぐにヘイフリックに会わせろ、と大声をあげてわめこうとした。

 私の訴えは、しかし通路の奥からどやどやと騒々しくやってきた大勢の足音や、口々にいいかわす彼らの不平不満の声によってさえぎられる。

 やってきたのは、なんと議員たちだ。

「けしからんっ! この国の行政機関の中枢たる議事堂で騒ぎが起きるなど、前代未聞だ。われわれ議員の安全も保障できんとは、警備担当者の解任も考えんとなっ!」

「ですから、わたくしが前々から提案しているようにですなぁ。福祉を増額する予算があるのなら。警察力の強化にまわすべきなんですわい。治安を第一に考えた安全な社会を実現してこそ……」

「いやいや、それでは民衆の不満は解決しやしません。まず政治に対する信頼を回復することが第一です。そのためには……。ところで、いったい、なにが起きたんです?」

 などなど。

 必死の表情で警護についている警官たちにとりまかれて、状況など考えずに大声で政治談義をかわしながら、大勢の議員たちがどやどやと近づいてくる。

 とっさにひるんだものの、私は意を決すると、連行してきた警官をふりきって、議員たちの人波をかきわけながら、議事堂の奥へむかおうとする。ところが、あっというまに血相変えた警官に肩や腕をつかまれて、乱暴にひきもどされる。

「おいっ。なにしているっ。緊急事態だぞ。さがっていろっ!」

 けっきょく、私は、壁ぎわに押しやられて。イラつきながら指をくわえて議員たちが移動をし終えるのを待つしかない。しかも議員たちのほうは、たまにはこんなのも、趣向が変わっていいですな、とか言っている。

 私はついに我慢できなくなって、拳をふりあげると、はやく退避しろよっ、と大声をはりあげそうになった。 

 そのときだった。

 通路のずっと奥から、とても人の咽喉から出たとは思えない。身の毛もよだつような、怒りと苦しみに満ちたおそろしい咆哮が響いた。

 さらに警官たちが発砲しているとわかる。なにを狙っているとも知れない。ほとんどめくら撃ちのような、立て続けの拳銃の発射音が続く。

 政治家たちは口上を途中で呑み込むと、一様にぴたっと動きを停めて、驚きと恐怖に硬直した表情で、背後を見やる。

「この先は、すぐに正面玄関です。車を用意してあります。パニックを起こさないでください」

 そばについた警官たちが、丁寧だが有無をいわせない口調で、そのようにたしなめたが、その必要もなかった。

 危機が迫っているのを理解すると、行動に移るのも早い。

 議員たちは、くちを動かすよりもずっと早く、いっせいに議事堂の正面玄関にむかって逃げだす。

 私のほうは、議員たちとは反対の方角へ、銃声がきこえた方角にむかって、議事堂の廊下を走りだした。

 じつをいえば、通路の壁をふるわせる、おしころした悲鳴にも似たさっきの雄叫びをきいて、私のほうがパニックを起こしかけていた。

「あの馬鹿ッ。また騒ぎを起こしてっ。なんで、私が行くまで、待てなかったのさ……」

 ここまで私を連行した警官が、アッと声をあげると、息急き切ってうしろから追いかけてきた。

「こらっ。キサマッ! この騒ぎに乗じて逃げるつもりか。そうはさせんぞ。待たんか。停まれっ!」

 あいにく、逃げるつもりはない。だけど、銃声がきこえた場所まで行き着かないうちに、通路に設けられた障壁にぶつかって、またまた私はその先へ進めなくなった。

 あとでわかったが、緊急の場合にそなえて、議事堂の内部には。それぞれの区画ごとに、区画を封鎖するための障壁が部屋の出入り口や扉に設置されていたのだ。

 障壁……。といってもそれは、装飾が凝らされた、分厚くリッパな古めかしい木製の観音開きする大扉である。

 ノブはついてるので。それをガチャガチャと回して。拳骨でガンガンと殴りつけるが。大扉はビクともしない。

 やけくそになった私が、大扉にむかって、力まかせに肩から体当たりをくらわしているのを見て。追いついた警官は、驚いた表情で、息をきらしながら忠告した。

「おい。やめとけ。そんなことをしても、その障壁はひらかんぞ。議事堂内にある障壁はな。すべて電子錠になってる。

 扉はすべて、本部側からの操作で、その解除とロックがおこなわれる仕組みだ。人の力じゃ、どうにもならんよ」

 だったら、その本部に連絡して、扉を開けさせてよ、いますぐに!

 私は警官の胸ぐらをつかんで怒鳴りつけてやろうとしたが、そのとき妙案が閃いた。

「電子錠をはずせるのは、その本部だけなんだね?」

「ああ。そうだよ。だから……」

 説明を始めようとした警官にとびつくと、一瞬の早業で腰のホルスターの留め金をはずし、銃把をつかんで拳銃を引きぬいた。

 血相をかえて、私を制止しようとする警官の腕をかいくぐると、その背後へまわりこむ。私は、右手に握った拳銃の銃口を、相手の背骨の側から心臓のあたりに押しつけると。

 さらに、左腕を警官の頚まわりにまわして逃げられないように締めあげて。耳もとでヒステリックに怒鳴りつける。

「よくきけっ! いますぐに電子錠を解除しろって無線で本部に伝えろ! さもないと銃の引き金を絞って、胸にでっかい風穴をあけるよ! 本気だからねっ!」

 小さな身体からは想像もつかないようなものすごい力で、身体がエビぞるくらいに頚を締めあげられ。それでも警官は苦しげに訴えた。

「いっ、いっておくが、いくらこんな真似をしても無駄だぞ。侵入者の要求をききいれるくらいなら、本部の連中は人質にとられたおれを見殺しにする。それくらい、わからないのか……?」

「うるさいっ! あたしはいますぐに、なかで起きてる騒ぎを停めなくちゃならないんだ。さもないと手遅れになる。ヘイフリックのやつが、戦争を始めちゃうんだっ!」

 警官ははがいじめにされたまま、苦心して背後をふりかえると、歯を食いしばって、泣きそうな表情でいる私をながめた。

 なにがこの警官の気持ちを変えさせたのかはわからない。

 あるいは私が本気なのを、理解してくれたのだろうか。

 無線機をつかむと、通話スイッチを押して、できるかぎり平静をよそおいながら連絡を入れる。

「本部っ。一階の通路中央にある大扉の電子錠を解除してくれないか? ワケだって? 大扉のむこうにまだ議員らしい生存者がいて、いますぐ助けなけゃおれたち全員クビだって騒いでるからだよ。一刻を争う事態なんだ。大急ぎで頼む」

 私がびっくりと驚いた顔で、かえす言葉を失っていると、警官は、いいかげん怒ったように、「締めてるその腕を離せっ。それから拳銃をかえせっ」とわめいた。

 あわてて腕をほどくと、うろたえながら、たずねる。「で、でも、どうして?」 

 警官は痛む頚をさすりながら、。こちらの手から拳銃をひったくってホルスターにしまうと。フンと鼻を鳴らして、私にむかって、憎々しげにこうかえす。

「おれは自分の仕事に誇りをもっている。なんであれ警官としての責任は果たすつもりだ。でもな、それでも、なにをやっちゃいけないかくらいの判断力はある」

 戦争についていってるんだ、と私がハッとなった。

「おれは議員たちの警護につく。あとは勝手にしたらいい」

 それだけ言い捨てると、警官は私に背をむけて、自分の職務にもどるためにその場から立ち去った。


 通路中央の大扉の電子錠が解除された!

 私は嬉々として扉をひきあけようとしたが。そこでとっさに身がすくんだ。

 ……もしも、もしもだ。このむこうで、私の神経じゃとても耐えきれない。眼を覆いたくなる、おそろしい惨劇が起きていたら。そのときはどうする?

 八百年もの長い時間を生きてきて。どれほど人とは異なる経験をつんでも。私は、自分が。しょっちゅう失敗する。立派な人物とは程遠い。至らない奴だ、とわかっていた。

 やたらと長いこの寿命は、いやってほどその事実を、思い知らせてくれる。

 それでも、私は頭をふって。弱気を一蹴すると。自分を叱咤激励した。

「いいや。だめだ。いちばんいけないのは、手遅れになるまで放っておくことじゃないか。

 大丈夫。たいがいのことは耐えられる。様子をうかがっているひまなんてない。いますぐに行動しろっ!」

 大きく息を吸い込むと。なにがあっても対処できるように、全身に緊張をみなぎらせてから。大扉を左右にひきあけると、身を低くしてなかへとびこんだ。

 しかし、私の決意は、あっとうまに散り散りになった。

 議事堂の中央通路の大扉のむこうに展開していたのは、私の予想など上回るとんでもない光景だったからだ。

 私がむかいあうことになったのは、私自身もふかく関わっている過去の記憶だった。

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