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ヘイフリック 第5話

あけまして、おめでとうございます。

今年も、よろしくお願いします。

現実の戦争は、フィクションの世界のように展開はしないですよね。そのあたりを見るにつけて、想像力の限界というものを実感します。


 薄々、気づいていた。

 でも自分で。こうして実際に足を運んでみるまでは。

 それが事実だとは、とても信じられなかった。

 私は、浮浪者連中から教えてもらったとおりに。地下鉄を乗り継いで目的駅にまで行くと。

 整然とした通りを、いくつも横切って。

 目的地となる場所にまで、やってくる。

 そこにあったのは。壮大かつ、威厳をそなえた、えらくリッパな巨大建築物だ。

 昼間の明かりのもとで、見たままを述べるなら。

 スマートで近代的な高層ビルのあいだに、ギリシャ時代の神殿を彷彿とさせる古典的なデザインの建物が。

 高層ビルを凌駕するサイズにスケールアップされて、そそり立っている。

 そのようにイメージしてもらえばいい。

 もちろんそれは、ギリシャ時代の建築物なんかじゃない。

 高名な建築家グループが設計と改修をうけおい。

 ヨーロッパ古代文明の様式とこの国の建築様式をミックスし。権威の象徴となるように改修に改修をかさねたすえに完成にいたったスタイル、なんだそうだ。

 完成時には、この都市の象徴となるべく、街をあげて大々的に宣伝もした、という。

 そこにあるのは。この国の政治家たちが一堂に会し。この国を牽引するまつりごとをおこなうために建設された。〈議事堂〉と名称された建物だ。

 その巨大建築物を前に。私は、驚いて。両目をむくと。大きく顎をひらき。その場に突っ立っていた。

 何度も何度も、かぶりをふりつつ、動揺する自分にいいきかせる。

「知っちゃあいたけど。それでも、信じられなかったけど……。

 八百年もの時間が経過すると。まさかあの〈幽霊館〉が。この〈議事堂〉になっちゃうの?」

 こうして自分の眼で見ていても、やはり信じられない。

 議事堂の正面出入口まで歩き。設置してあった仰々しい記念碑に出くわし。それを読む。

 松明と剣と槍を浮き彫りしてあるリッパな台座にのせてある大きな石板には。だいたい、次のような文句が刻んである。

 いわく。この土地は、建国より以前は、敵国の圧制者が武力で民衆で蹂躙する、恐怖の土地だった。

 しかしついに、一人の英雄のもとに集まった勇気ある人々が立ちあがり。圧制者を打ち倒し。自由と独立を勝ち取ったのだ……。

 つまり、そのような歴史的にも重要な土地であるから。政治と経済の決まりごとをあつかう議事堂を建設するにはふさわしい、とうたっているわけだ。

 なにか言葉にならない呻き声をあげると、ぼさぼさの頭髪をがりがりとひっかく。

 いったいぜんたい、だれにむかって怒りをぶっつければいいのか見当もつかない。

 拳骨をふりあげると。議事堂の建物にむかって、大声でわめいて叫ぶ。

「うううぅっ……。この知ったかぶった顔をした。大嘘つきの、恥知らずめっ!

 勝手なことをいっちゃってっ! 実際に起きた出来事とは、まるで食い違っているじゃないのよっ……!」

 あんまりな出来事のせいで、まわりへの注意がおろそかになっていたらしい。

 背後からいきなり、脅すような大声で、警告されて。私はギクリとする。

「コラッ。いまなんといった! キサマッ、公共の場でくちにしていい言葉じゃないぞっ!」

 おそるおそる、ふりかえると……。折り目正しい制服を身につけて。制帽をかぶり、太いベルトに無線機や手錠や拳銃をおさめた革ケースをとりつけた。きびしい顔つきでこちらをにらんでいる警官が立っていた。

 議事堂付近を巡回中だった、議事堂つきの警官に違いない。

 見かけは街で出会う一般の警官と変わらないが。いっさい容赦などしない、という高圧的でおっかない態度は、ほかの警官たちの比ではない。

 つかまると、面倒なことになる。私はきょろきょろとあたりを見回すと。いけない、すっかり迷子になっちゃった、と口走り、愛想笑いを浮かべる。 

「ああっ。おまわりさん! ちょうどよかった。じつは私、ここにいる知り合いから会いにくるように誘われたんだけど。不慣れなもんで。どうしたらいいのか、わかんなくって。

 お願い、おまわりさん。なかにいる人たちに連絡をとって。入れてくれるように、一言、いってくんない?」

「なかって、おい……。まさか、あの場所のことをいってるのか?」

 警官が議事堂のほうを親指でぐいと指したのを見て。

 私は「ほかになにがあるってのさ」とうなずいてみせる。

 まじめな顔をしてピントがずれたことを訴える私の言動に。もしかしたら解放してくれるかも、と期待したが。さすがに、それは無理だった。

 ぎょろりと鋭い眼つきでにらみつけられ、さっきよりも大声で怒鳴りつけられる。

「知り合いだぁ? おまえ、あそこにいるのは、市民から支持されて選ばれたリッパな議員の方々なんだ。

 おまえみたいのに、知り合いなぞいるものか。だいいち、このあたりは、おまえみたいのが、好き勝手にうろついていい場所じゃない。あんまりふざけたことぬかしていると。この場で、不敬罪で逮捕するぞ。わかったかっ!」

 私は、それで合点がいった、という顔つきでうなずいてかえす。

「なるほどねぇ。どうりで、人通りがないわけだ」

 これ以上、よけいなくちごたえをしようものなら。言葉どおり、後ろ手に手錠で拘束され。置所へ直行、というコースをとるのは、容易に想像できた。

 逮捕され尋問をうけるなんて、まっぴらゴメンだ。

 じつをいうと、こうした危機を脱するための、いい方法を。だいぶ前に、ヘイフリックから教えられていた。

 ひさしぶりに、例の、めくらましを使おうか、と考える。

 この奇妙な病気にかかっている者は、一風変わった特殊能力を使えるようになる。

 精神集中して、思い描いたイメージを。相手の心に焦点をあわせて、ぴったりとかぶせるようにするのだ。

 すると、一時的ではあるけれど。そのまぼろしを相手に見せることができる。

 人の眼とは、あざむかれやすいものだ。

 自分では対象をちゃんととらえているつもりでも。心の内側でその対象への認識が変わると。

 たちまち、それが見えなくなったり。べつのものに見えたりする。

 この方法で、ヘイフリックは。燃える館の屋根からとびおりたり。武器をたずさえた大勢の村人たち相手にゆうゆうと立ち回りを演じたのだ、とあとでわかった。

 ただし、いつも上手くいくとはかぎらない。

 それどころか、この特殊能力は。使いかたをあやまれば、事態をより面倒にしかねない。

 いくら魅力的なまぼろしを見せても。その人間が最初から信じてない内容であれば。相手はそのまぼろしを心から締めだす。

 幻惑するどころではない。逆に警戒心を抱かれてしまい。相手は強く敵対心をむきだし。前よりも攻撃的になる。

 うまくいけば、この警官に、私の姿が突然に暗やみに溶け込むように消え失せる。そんな幻覚を見せることができるかも知れない。

 不意に消え失せてしまった私の姿のかわりに、記念碑にひっかかっているおんぼろの外套をとって。警官は、いまのは自分の眼の錯覚だったのか、と不思議がるはずだ。

 でもしくじれば、えらいことになる。

 恐怖にかられた警官は拳銃を抜き。幻覚を心から締めだし。逃げ去ろうとする私の背中めがけて、化け物めと、銃弾を撃ち込んでくるだろう。

 私は気がすすまなかった。また失敗しそうな気がする。

 だがどうやら、へたくそな幻覚を見せて、よけいに事態をこじらせずにすんだ。

 無線機の通話スイッチを押して、不審者を確保したから応援を頼む、と議事堂の内部にある本部と連絡をとっていた警官は。信じられない、といった表情になる。

「そんな、財団の命令ですか? その人物を発見したら、ヘイフリック氏のもとまで案内しろ、って? まさか……」

 警官はふりかえると。歯をみせてひきつった笑みを浮かべ。両腕をあげて、抵抗の意志なんてないよ、と示している私の姿を、上から下までじろじろと検分する。

 通話スイッチを切ると。驚きを隠しきれない表情で、憎々しげにいいわたす。

「なんてこった。姿格好だけじゃない、年齢も、不審な言動も、ぴったりと当てはまる。くそっ、おまえを連れてこいって命令だ」

「そりゃ、どうも。じゃ、さっそく……。いたたたたっ。なんだよ。もうちょっと、おてやわらかに頼むよっ!」

 私は腕をつかまれると、連行される逮捕者のように乱暴にひきたてられ。どこまでも続くような、議事堂の長大な階段を上りだした。

 思いつくかぎり文句をならべながら。装飾が凝らされた、巨大な円柱が規則的にならんだそのむこうにある。大きくひらかれた、議事堂の正面玄関をくぐる。

 

 ながったらしく仰々しい呼び名がついた議事堂のさまざまな施設のなかで。

 簡潔な名称のくせに、重要で。かつ頻繁に人の出入りがあるのが〈大広間〉だ。

 簡潔なのは、そこが実際的な場所だからだ。

 議会は、その大広間で開催される。

 王政にかわって成立した議会政治は。議長を中心に、各党派の議員たちを一堂に会しておこなう。民衆のための、自由で、民主的で、公平な政治の仕組みになる。

 そうはいっても、大広間でおこなわれている議会の実際をまのあたりにすれば、きっとあっけにとられるだろう。

 審議をおこなう中央の大テーブルをはさんで、大勢の議員たちがやいのやいのとやりあっている。

 まず驚かされるのは、議員たちの姿だ。

 テーブルを拳骨で殴りつけながら、広角泡をとばさんばかりの勢いで。名指しであしざまに論敵をののしるのは、あたりまえ。

 しかも、売られたケンカを買ってやるとばかりに、べつの議員が荒っぽい怒声をはりあげて。頭ごなしにその議員をこきおろしている。

 そこにまたべつの議員が、野次なのか賛同なのかわからない合いの手をかぶせる。

「愚かであるっ。国境地帯から、いますぐに兵隊をよびもどせっ。大勢の兵隊の生命を危険にさらし、多額の税金をつぎこんでおこなう愚行を即刻やめさせろっ!」

「無能な議長は判断をあやまった責任をとって即刻退陣し、新任の選出を行うべし!」

「長期にわたる戦争行為は、国家を滅ぼす悪因ではないか。悪因を取り除くどころか。それを増長するしかない議長に、審議の決断を委ねるわけにはいかないっ!」

 などなど。

 おかげで、議会を開催しているというよりも。大広間は、けんけんごうごうたる大人げない言い争いをする場になってしまっている。

 本当はとても文字には起こせないような、おそろしい罵詈雑言が台詞のあいだにはさまれるのだが。あえて割愛させてもらう。

 はたから見るかぎり、ただもう口ゲンカと揚げ足のとりあいにしか見えないが。そうなってるわりには、議員同士のとっくみあいや、乱闘に発展する気配はない。

 なぜなら、だいぶ以前から、もはや議会は審議の場として機能しなくなっていたからだ。それは、ここにいる議員たちもよく承知していた。

 なんでそんなことになってしまったのかといえば。それは……。


 その人物は、この議事堂を維持運営する費用のうち、かなりの負担分を。この国最大の金融機関名義で融資していた。

 さらには、伸び悩む経済成長のせいで減る一方の歳入をおぎなうために、国庫の負債分を肩代わりし。国家への支援にも協力している。

 そんなことができるのは。この人物が、この国の生命線ともいえる総合的な金融機構の中枢……。

 財団とよばれる、銀行や証券会社を始めとする、金融機関グループの創始者の家系の者だからだ。

(というよりも、設立から二百年以上の歴史を誇る財団の創始者そのものなのだが。事情にくわしい関係者は、よけいな混乱をふせぐためにみなクチをつぐんでいる)

 巨額の資本を流動させて莫大な富を獲得するこの財団は。同時にこの国の政治と経済に積極的に介入している。

 早い話が、財団の協力なしでは。政治家は満足な政治活動ひとつできないのが実情なのだ。

 当然だが、無償ではない。資金を貸し付けることで、その人物は議会の最終的な決定権を掌握しているのだ。

 その黒づくめの男……。当のヘイフリック氏は。怒鳴りあう議員たちがいるテーブルから距離をおいた、大広間の奥まった壁ぎわにぽつんとある、いやに古めかしい肘掛け椅子に腰かけて、白熱した審議を見守っていた。

 いいや、そうではない。組んだ両手を後頭部にやって、さらにそれを背もたれにあずけて、まぶたを閉じている。

 議員たちの怒鳴りあいの応酬も耳にとどかないのか。居眠りをしているのだ。

 話し合いが終わり、やれやれやっと終わった、と議員たちが続々と大広間から退出を始めるなかで。

 議長だけは、これから大仕事が待っている、といった決意の顔つきで議長席から立ちあがった。

 議長は椅子に腰下ろしたヘイフリックのもとに近づくと。

 相手が眠っているのに気づいて、おそるおそる肩先に指を触れて起こそうとする。

 だがその手がまだ肩にとどかないうちに。

 ヘイフリックは議長の手を空中でおしとどめて。まぶたを閉じたままでたずねる。

「で。決定は?」

 議長は、退屈して寝入っているとばかり思っていたヘイフリックからそう問われて。

 すっかり恐縮した顔つきであとずさると、動揺を隠せない口調で、こうかえす。

「たったいま、審議は終了しました……。

 議会の決定は、いますぐ国境線沿いに展開した軍隊を撤兵させること。さらには、平和条約の締結を目標にかかげた敵国へのよびかけ、です。

 我々は、敵国との戦争ではなく。紛争解決のための交渉をおこない。建国以来続いている両国の緊張状態を改善し、将来には両国の統合をも視野に入れて……」

 必死になってそう述べる議長を、ヘイフリックはにべもなく掌をふって黙らせると。

 まぶたをあけて頭を持たげ、議長の考えを否定してみせた。

「だめだ。まだ兵を下げるわけにはいかない。

 いいか、国境地帯へ送り込む兵隊の数をさらに増やし。こちら側に譲歩の意志はないことを、はっきりと示せ」

「ですが。そんなことをすれば。あるいは……」 

「なんだ? 国境線をはさんでの小競り合いの戦闘がきっかけで。一歩間違えば、全面戦争という事態にもなりかねない。だからやめろ、といいたいのか?」

 逆にヘイフリックにそうクギを刺されて。議長は、そわそわと落ち着かない態度で。わかっているようでしたら、ここはやはり平和的な解決を、と必死に訴えた。

 しかし、かえってきた返事をきいて。議長は心底からふるえあがった。

 ヘイフリックは、なにか彼にしかきこえない妙なる音楽の調べをきいているといった様子で。静かに、正確で、はっきりと。こう議長に伝える。

「この世に平和より大切な価値があるといっても。議長、おまえには、きっと理解できないだろうな……。

 いいか、よくきけ。いま戦争をやめると。おれたちの国だけじゃない。敵国もまた倒れる。

 戦争のせいで国が滅びるんじゃない。経済が破綻して、社会制度が機能しなくなり。長く終わらない混乱が始まるんだ。

 この国で、政府が発注する軍需に頼っている企業は二千社あまり。関連企業の数は、その倍もある。

 武器や弾薬をつくってるだけじゃない。燃料、食料、衣料、生活必需用品……。その原料や材料の輸入、製造、加工から始まり。できあがった製品が軍隊に納入され兵隊の手にわたるまで、膨大な人力と費用をついやしている。

 もし戦争が終決すれば。軍需産業に関係しているすべての企業や会社が、軒なみ窮地に立たされる。

 規模縮小で倒産はまぬがれても。工場が続々と閉鎖され。失業者の数が一気にふくれあがり。彼らを吸収する社会の余地が完全になくなる。彼らがどうやって生活の糧を得ようとするか、想像するだけでゾッとするね。

 その余波はほかの分野の企業にまで及ぶ。もとの水準にもどるまで、大変な時間と手間がかかるだろう。

 もちろん。戦争なんて、ろくでもないことは避けるべきだ。しかし、平和条約を結んだあとで、破綻しかけた経済が完全に息の根をとめられることにでもなれば。いまよりも悪くなる。

 経済危機がこれ以上ひどくなれば、恐慌がやってくるかもしれない。それだけは避けなくてはならない。それが政治家のつとめだ。わかってるだろう?」

「ですが」

 議長はくちごもると、それでも必死にくいさがるようにヘイフリックを見て。ようやく、あとの台詞を続けた。

「それでは、この国を守るために兵隊となり。戦場で生命を落とした犠牲者たちは。いったい、なんのために戦ったんでしょうか?」

 議長の。年老いて、心労が隠せない。その沈痛な面持とは対称的に……。

 このヘイフリックという黒づくめの男。信じがたいことに、悪魔と契約でもしたのか、決して年老いることがない。若々しく、力強さにあふれたヘイフリックは。

 ぞっとするような、空恐ろしい無邪気さで。こういってきかせた。

「議長、君は正しいことをやっているんだ。そう気に病むことはない。

 なに、やがては敵国も、経済問題に足をとられないまでに、国内産業を強化できるだろう。

 そうなれば、平和条約を結び。ふたつの国をひとつにまとめることも考えようじゃないか。

 それまでは、どれほどの犠牲者が出ようとも。このやりかたでやるしかない」

「戦争を続けて。犠牲を強いながら。繁栄を求め続けるわけですか? そんな、それでは、あんまりにも……」

 議長はうちのめされた表情で肩を落とすと、救いの言葉を求めるように、とっさに神の名を口走った。

 それをきいたのだろう。ヘイフリックはなにを思ったのか。自分がすわっていた椅子に議長を腰かけさせると。優しくその肩をたたいて、そっといいきかせる。

「議長。おまえにこんなことを話してもしかたないが……。

 資本主義というこの教義は、まだ未完成だ。

 この教義に従えば。いまのままでは、持つ者と持たざる者の格差は大きくなるばかり。会社も企業も成長し、拡大し続けることが必須条件で。利潤をうみだせないこと、それ自体が罪となる。

 しかも、持つ者ばかりに資本が集中し。持つ者はそれを増やすことに専念する。持たざる者は罪人となり、その不幸な境遇に耐えなければならない。

 本来は人間の活動を自由にするはずだったその力が。逆に社会制度を硬化させ。衰退をもたらし。悪いほうにはたらいている。これでは、やがてこの教義が破綻しても、しかたがないだろう。

 だがおれは、この教義が間違っているとは思わない。まだ完成してないだけだ。

 おれは、この教義の欠点を修正し。よりよい教義となるように完成させる努力を続けていこう、と考えている。

 たとえ欠点だらけでも、いまの社会を崩壊させないように維持しつつ。めざすべき完成形へと、この教義を近づける。

 あと数百年はかかるかもしれない。だがそれができるのは、このおれしかいない」

「そのために、必要もない戦争をおこない。民に辛酸をなめさせて。恐怖と危機感をあおり続けさせる、というのですか?」

 議長が訴える、かってない苦しみに満ちたよびかけに。

 ヘイフリックはこともなげに。それじゃ命令どおりに頼む、とかえした。

「戦争じゃない。これは公共事業だよ。そう考えることだ」

 そう告げると、ひらかれた大広間の出入口から外へでて。

 いつものように正面玄関へと通じる通路を行こうとしたヘイフリックは、そこで足をとめた。

 いつのまにか、議事堂つきの警官たちが集まり。自分の行く手をふさぐように、きびしい表情で立っていたからだ。

 ヘイフリックは、背後をふりかえる。

 自分が出てきた大広間の大きなドアが手早く閉じられると。そこにべつの警官が立つのを見て、眉根をひそめる。

 正面玄関までまっすぐに通じた、赤い絨毯をひいた議事堂の広い一本道で。前後を警護役たちにはさまれた格好のまま、ヘイフリックは立往生する。

 警官たちの先頭に立った男が。丁寧だが、はっきりとした命令調で、こう告げる。

「誠に失礼な真似とは存じますが。あなたをこの場で逮捕させていただきます。

 手荒な真似は避けるようにと命令をうけています。どうか、こちらの指示に従ってください」

 そう忠告しながら近づいてくる警官が。しかし、ベルトの後側のポーチから拘束するための手錠をとりだすかわりに。拳銃を抜きだして。安全装置をはずすのを見て。ヘイフリックは遅まきながら事態を理解した。

 とっさに立ちすくんだものの。すぐに牙をむきだし凄惨な笑みを浮かべると。ヘイフリックは閉ざされた大広間の扉をふりかえり。そのむこうにいる相手へよびかける。

「このおれを暗殺して、それで問題が解決すると思ってるなら。考えが足りないぞっ。議長っ!」

 議事堂の通路に響きわたるようなその叫び声が終わるまもなく、轟音のような拳銃の発射音が、立て続けにその声を打ち消す。

 議長は扉に背中をむけた格好で、肩を落としてうつむき。

 はずしたメガネの汚れを、とりだしたハンケチで拭いながら。扉のむこうの騒動をきかないようにしている。

 そうしながら、自身にいいきかせる。

「歴史をつくるなら、それは我々人間の手でおこなう。

 議事堂に棲みついた吸血鬼なぞに勝手をさせるものか」

 メガネをかけると。椅子から立ちあがり。

 議長は、前々からの計画どおりに、財団を運営する権限を議会へと移し。財団の資産を国有化するための審議を次の議会でとりあげるのに必要な手続きをとりはじめる。

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